ユッシ・ビョルリングのレコード完全ガイド:シェラック78・初期LPから読み解く録音史と収集術
序文:なぜユッシ・ビョルリングの「レコード」を聴くのか
ユッシ・ビョルリング(Jussi Björling, 1911–1960)は20世紀を代表するスウェーデン出身のテノールです。その声は「自然な美しさ(naturally beautiful)」と形容され、レガート、テクスチャー、音色の均衡において多くの聴衆と批評家を魅了しました。本稿では、彼の名唱を「レコード」というメディアに焦点を当てて掘り下げます。CDやサブスクの音源は数多く流通していますが、オリジナルのシェラック盤や初期LPには当時の録音状況や音色、発売時の市場背景といった独特の歴史的価値があります。レコード愛好家、収集家、演奏史に興味のある読者に向けて、録音史的・盤的視点からビョルリングの名曲を紹介します。
ビョルリングとレコード・レーベルの関係(概要)
ビョルリングは少年時代から録音を行い、プロキャリアを通じて複数の主要レーベルと関わりました。特に欧州ではHis Master's Voice(HMV/EMI系)、米国ではRCA Victorが主要なリリース元として知られています。1930年代〜1940年代のシェラック78回転盤(78rpm)が最初の主要メディアであり、戦後のLP化(10インチ、のちに12インチ)を経て、1950年代後半以降はモノラルからステレオ化という技術革新の恩恵を受けることになります。
代表的な録音・名曲(レコードで辿る)
ビョルリングのレパートリーの中で、レコード上でも特に知られる録音を挙げます。ここでは曲目そのものと、レコード媒体・発売形態に関するポイントを併記します。
- 「Che gelida manina」(プッチーニ『ラ・ボエーム』):ビョルリングの代表的なロマンティック・テノールを象徴するアリア。もともとはスタジオでのシングル(78rpm)として複数回録音され、後年LPのコンピレーションにも収録されました。オリジナル78盤の手触りや周縁ノイズは当時の録音技術と演奏習慣を伝えます。
- 「Nessun dorma」(プッチーニ『トゥーランドット』):ビョルリングはこのアリアでも高音の柔らかさと力強さを両立させた歌唱で知られています。戦後のLP化やRCAの編集盤で繰り返し採用され、初期ステレオ期以前のモノラル盤と後年のステレオ再編集盤とで響きの印象が異なります。
- 「E lucevan le stelle」(プッチーニ『トスカ』):感情表現の自然さが際立つ録音で、こちらも1940年代の78盤が存在します。名唱として各種LP、ボックスにも収録されてきました。
- イタリア・オペラの小品やリート集:単独のアリア以外にも、イタリア語の歌曲集やスウェーデン語の民謡、宗教曲など幅広い録音が78〜LP時代に残されており、レコードの編成(片面に1曲入る78rpm時代)から当時の聴取習慣が分かります。
レーベル別の特徴とオリジナル盤のチェックポイント
レコード収集の観点から、主要レーベルごとの特徴とオリジナル盤(=初出盤)を見分けるポイントを整理します。
- His Master's Voice(HMV / EMI系)
欧州録音の多くがHMV名義で出回りました。盤面のラベルやマトリクス刻印、ライナーに記載の録音年・場所などを丁寧に確認してください。HMV初出の78は戦前〜戦後初期に多く、スカンジナビア地域でのリリース形態や盤質(シェラックの配合差)により音質に差が出ます。
- RCA Victor(米国、 RCA/BMG系)
米国市場での主要レーベル。ビョルリングが米国で録音したセッションやメトロポリタン歌劇場の放送録音の一部はRCA経由で流通しました。RCAの78や初期LPは米国国内向けのマトリクスやカタログ番号が付されます。1950年代後半の“Living Stereo”シリーズ(ステレオ化が本格化した時期)でのプレスは高評価のものが多く、初期ステレオLP(1st stereo press)はコレクターに人気があります。
- 後年の再発・編集盤
LP時代以降、EMIやRCA系の編集盤/ボックスセットが多数発売されました。日本盤や英語圏の再発においてはリマスタリングの品質差(ノイズ除去の程度、イコライジング)が音楽性に影響します。第一出のシェラックや初版LPを重視する収集家と、音質の良い再発を好むリスナーとで選択が分かれます。
録音技術と音質の違い(78rpm→LP→ステレオ)
ビョルリングの録音に見られる音質の変遷は、そのまま20世紀中葉の録音技術史を反映します。
- 78rpm(シェラック盤)期:ダイナミックレンジや周波数特性は限定的ですが、演奏の“瞬間”を捉えた歴史的資料としての価値が高い。アタックや息遣いの輪郭が強調されることが多い。
- LP(モノラル)期:長時間収録が可能になり、プログラム編成が変化。モノラルLPは音のまとまりがよく、声のハーモニー感が伝わりやすい。
- ステレオ期:録音現場でのマイク配置やミキシングにより空間情報が加わる。1950年代後半以降のステレオ録音(あるいはステレオリミックス)は現代的な再生での没入感を与えるが、当時のマスターテープの状態や再編集方法により音色印象が変わる。
コレクター向け — 見つけるべき盤と状態の見分け方
レコード収集で重要なのは“盤の由来”と“物理的状態”の両方です。ビョルリングのレコードを探す際の実践的なチェックポイントを示します。
- ラベルとカタログ番号:HMVやRCAのラベルデザインは年代ごとに変遷します。ラベルの色やロゴは初版を見分ける手がかりです。
- マトリクス刻印:盤の内溝(ランアウト)に刻まれたマトリクス番号はスタンパー情報を伝え、初版か再プレスかを判別する重要な情報です。
- 盤面の摩耗・クラック:シェラック盤は割れやすいので、クラックや深いキズがないか確認してください。ノイズがひどい場合は復刻の満足度が下がります。
- スリーブ/ライナーノーツ:初版のジャケットや印刷物が残っていると価値が上がります。録音年・演奏者クレジットを確認することで同一曲の複数録音を識別できます。
- プレスの国別差:英国、米国、スウェーデン、日本などのプレス品質は異なります。例えば日本初期LPはプレス品質が高いことで知られており、コレクター評価が高いことがあります。
再生・保管の実務アドバイス(シェラック盤/LP)
古い盤を良好に再生するための基本的な注意点をまとめます。
- ターンテーブルの速度:78rpmの盤は78回転で再生すること。現代機での再生には専用のモーター速度または可変速機能が必要です。
- 針(スタイラス)選び:78rpm専用のスタイラスを用いること。一般的なLP針では溝形状が合わず、盤を痛めることがあります(シェラック用は直径2.5–3.0 mil前後が目安)。
- クリーニング:柔らかいブラシや専用クリーナーで埃を落とし、深い汚れは専門のクリーニングサービスを利用するのが安全です。
- 保管環境:直射日光や高温多湿を避け、立てて保管。紙ジャケットや外袋での保護を推奨。
音楽的な深堀り:ビョルリングの歌唱の特徴とレコードが伝えるもの
レコードには“演奏の断片”ではなく、当時の芸術観や歌い手の技術が凝縮されています。ビョルリングの特徴を、実際のレコード音源を参照しながら考えます。
- レガートとフレージング:彼の最大の魅力は途切れないレガートです。これは微妙な呼吸配分と滑らかな音色形成に由来し、マイクの近接効果があった78〜初期LP期の録音でも明瞭に伝わります。
- 高音の自然さ:高音域でも力で突き上げず、倍音構成が豊かな声で“伸びる”感覚を与えます。これは録音の歪みやノイズがあっても判別できる特徴です。
- 言語表現:イタリア語の発音、語尾処理の自然さが際立ち、歌曲・アリア双方で感情表現が過剰にならない点が評価されました。レコードはその“抑制された熱情”を記録しています。
おすすめ盤(レコード中心) — 探し方と入手のヒント
「どの盤をまず探すべきか?」という問いに対して、入手難度と楽しみどころを併せて挙げます。
- オリジナル78rpmシングル(HMV/RCAのアリア録音):入手は難しいが、歴史性は高い。オークションや専門店で状態をよく確認して購入すること。
- 初期LP(モノラル編集盤):78からの編集で曲目がまとまっているため、当時のプログラム感を味わえる。比較的入手しやすい。
- RCAのLiving Stereo初期プレス(1950年代後半):ステレオ音場やバランスの良さで人気。1stステレオ・プレスは音質・市場価値ともに高い。
- 日本盤・高品質プレスの再発LP:リリース国によってプレス品質に差があるため、音質重視のリスナーは日本盤初版などを探すのが得策な場合があります。
まとめ:レコードは「時代の音」を伝える生きた資料
ユッシ・ビョルリングの名唱をレコードで聴くことは、単なる音楽鑑賞を超えて録音技術史や当時の音楽文化を体験することに等しいです。オリジナルの78や初期LPは史料的価値が高く、音色の違い、編集のしかた、ライナーノーツの書きぶりに至るまで当時の空気を伝えます。収集にあたっては盤の状態確認と再生環境の整備が重要ですし、名演を良好な状態で次代に残すための配慮も不可欠です。
参考文献
- Jussi Björling — Wikipedia
- Jussi Björling — AllMusic
- The Metropolitan Opera Archives — 検索ページ(公演記録)
- Discogs — Jussi Björling 検索結果
- Gramophone — A Guide to Jussi Björling(記事)
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