ArangoDBとは — マルチモデルDBの特徴・AQL・ArangoSearchから導入・クラスタ運用まで徹底解説
ArangoDBとは — マルチモデルDBの概観
ArangoDB(アランゴDB)は、ドキュメント、グラフ、キー・バリューという複数のデータモデルを単一のデータベースエンジンでネイティブに扱える「マルチモデル」データベースです。JSONドキュメントを中心に、グラフのエッジをドキュメントとして管理し、1つのクエリ言語でそれらを横断的に扱える点が最大の特徴です。Webアプリケーションのバックエンド、ナレッジグラフ、レコメンデーション、リアルタイム分析、全文検索といった用途で利用されています。
設計コンセプトと強み
- ネイティブなマルチモデル:ドキュメント(JSON)、グラフ(頂点/辺)、キー・バリューをひとつのストレージ・エンジン上でネイティブに扱います。異なるDBを組み合わせる必要が少なく、データ複製や整合性のオーバーヘッドを減らせます。
- 統一クエリ言語(AQL):ArangoDB Query Language (AQL) はSQL風の構文で、ドキュメント検索・集計・結合・グラフトラバースル(深さ優先/幅優先など)を同じ言語で記述できます。
- 拡張機能の統合:全文検索・スコアリングなどを担う ArangoSearch、分散グラフ処理のためのPregel実装、サーバサイドJSでのマイクロサービス(Foxx)などが統合されています。外部ツールに頼らずワンストップで構築可能です。
- スケーラビリティとクラスタリング:シャーディング/レプリケーションによる水平スケールをサポート。クラスタ管理はAgency(分散合意)により運用されます。
主要コンポーネントと技術要素
以下に、ArangoDBを理解するうえで重要な技術要素を整理します。
AQL(ArangoDB Query Language)
AQLはJSONドキュメントを対象にした宣言的クエリ言語で、SELECTに相当するRETURN、イテレーションのFOR、FILTER、JOIN相当の処理、ネストしたサブクエリ、グラフトラバース(TRAVERSAL)やパス検索などを備えます。複雑な結合やグラフ解析を一貫した文法で記述できるため、アプリケーション側の複雑な結合ロジックをデータベース側に移せます。
ストレージエンジンとインデックス
ArangoDBは現在 RocksDB を主要なストレージエンジンとして利用しています(過去には MMFiles を用いていましたが、RocksDB に移行)。インデックスはプライマリ(_key)、ハッシュ、スキップリスト(範囲)、Persistent(RocksDB向け)、ジオインデックス、TTL、全文検索用のインデックス(ArangoSearchの逆インデックス)など多彩です。
ArangoSearch(全文検索・スコアリング)
ArangoSearchはArangoDB組込みの全文検索エンジンで、逆インデックス、テキスト解析(アナライザ)、ブーリアン検索、スコアリング、ベクター類似検索などをサポートします。外部にElasticSearchを用いずに全文検索機能を統合できる点が利点です。
グラフと大規模グラフ処理
ArangoDBはプロパティグラフをサポートし、グラフトラバースや最短経路、中心性などのアルゴリズムを実行できます。加えて、分散環境での大規模グラフ計算のためにPregel API互換の実装を提供しており、PageRankやカスタムアルゴリズムを分散処理で実行可能です。
トランザクションと整合性
単一ノード上ではACIDトランザクションをサポートし、複数コレクションにまたがるトランザクションもAQLやサーバサイドAPIで利用できます。クラスタ環境ではシャーディングやレプリケーションの設計により分散トランザクションに制約があるため、要件に応じた設計(シャードキー設計やSmartGraphの活用など)が必要です。
拡張・運用機能(Foxx、UI、ツール)
- Foxx:組み込みのマイクロサービスフレームワークで、JavaScriptでREST APIをデータベース内に実装できます。外部アプリ不要でビジネスロジックを近接配置できます。
- Web UI / arangosh:管理用のWebインタフェースや対話シェル(arangosh)により、クエリ実行やプロファイリング、統計確認が行えます。
- ツール群:データのインポート/エクスポート(arangoimport, arangodump/restore)、ドライバ(公式・コミュニティ)も充実しています。
クラスタリングとスケール戦略
ArangoDBのクラスタは主に Coordinator、DBServer、Agency の役割に分かれます。Agencyは分散合意(Raft)でクラスタメタデータを管理します。シャーディングはコレクション単位で設定でき、SmartGraphsやSatelliteコレクションといった機能によりグラフ操作や小規模参照テーブルの効率化(コロケーション、全レプリケーション)を図れます。
大規模トラバースを行う場合は、シャード配置やSmartGraph設計によってネットワーク越えのトラバースを抑えることが重要です。バックアップやフェイルオーバ、監視機能も運用設計に含めて検討します。
使われる場面(ユースケース)
- ナレッジグラフ・ナビゲーション(属性豊富なノード/エッジの管理)
- ソーシャルグラフやフォロー関係の解析、レコメンデーション
- JSONベースのアプリケーションデータ管理(柔軟スキーマ)
- 全文検索を含むコンテンツ検索エクスペリエンス(ArangoSearch)
- マイクロサービスのデータレイヤや組み込みAPI(Foxx)
他DBとの比較・選定ポイント
ArangoDBを選ぶかどうかは以下の観点で判断します。
- マルチモデルを単一基盤で扱いたい:ドキュメント+グラフ+検索をまとめて運用したい場合に有利。
- 一貫したクエリ言語:SQLライクなAQLで複雑な結合やグラフトラバースをサーバ側で完結したい場合。
- 運用とスケール:クラスタ運用やシャード設計に知見が必要。非常に大規模で専用グラフDB(例:Neo4jの一部機能や特化した分散グラフソリューション)が適する場合もある。
- エコシステム:公式ドライバ、Kubernetesオペレータ、マネージドサービス(ArangoDB Oasis)などが揃っており、導入パスは整っています。
導入時の実務的なポイント
- データモデル設計:グラフをどのようにシャードするかはパフォーマンスに直結します。SmartGraphやシャードキーの設計を検討する。
- クエリチューニング:AQLのプロファイラを活用し、インデックスやクエリ書き換えでボトルネックを解消する。
- バックアップ・リストア:arangodump等で定期バックアップを行い、クラスタ構成に応じた復旧手順を確立する。
- 運用監視:クラスタのヘルス、レプリカ同期、Agencyの状態などを常時監視する。Kubernetes環境ではオペレータを利用すると運用を簡略化できる。
まとめ
ArangoDBは「一つのエンジンで複数のデータモデルをネイティブに扱える」ことを最大の売りにするデータベースです。ドキュメント指向の柔軟性とグラフ解析能力、組み込みの全文検索やサーバサイドマイクロサービス機能を組み合わせることで、アプリケーション側の複雑さを減らしつつ多様な要件に対応できます。一方で、クラスタ構成やシャーディング設計、分散トランザクションの取り扱いなど運用面の設計課題が存在するため、要件に応じた評価と検証が必要です。
参考文献
- ArangoDB 公式サイト
- ArangoDB ドキュメント(stable)
- AQL(ArangoDB Query Language)ドキュメント
- ArangoSearch ドキュメント
- ArangoDB アーキテクチャ概要
- トランザクションに関するドキュメント
- ArangoDB - Wikipedia
- ArangoDB Oasis(マネージドサービス)
- Kubernetes デプロイ(オペレータ)ドキュメント


