rkt(ロケット)とは何か:デーモンレス設計と強力な隔離を実現するコンテナランタイムの全貌と現状

rkt(ロケット)とは

rkt(発音:rocket)は、CoreOS が開発したアプリケーションコンテナランタイムのひとつです。Docker のデーモン中心の設計に対する代替として提案され、設計上は「デーモンレス」「組み合わせ可能(composable)」「セキュアな隔離」を重視していました。2014年に公開され、App Container(appc)仕様の実装や、後に OCI(Open Container Initiative)イメージのサポートなどを通じてコンテナの実行基盤として注目を集めました。

背景と目的

rkt の登場背景には、コンテナ技術が普及する中での運用面・セキュリティ面の課題がありました。Docker は非常に普及しましたが、長く稼働するデーモン(dockerd)に依存する設計や、初期のセキュリティ実装に対する懸念が指摘されていました。CoreOS はシンプルで小さく、OS レベルでの安全な実行を志向しており、rkt は以下のような設計原則で開発されました。

  • デーモンレス(デーモンを常駐させず、プロセスモデルに沿って単発の実行を行う)
  • イメージ仕様や実行層の分離(appc/ACI と後の OCI をサポート)
  • 強い隔離(namespaces、ユーザー名前空間、KVM ベースの隔離など)
  • 署名・検証を含むサプライチェーンの安全性

アーキテクチャの概要

rkt の特徴的な概念に「pod」と「stage」があります。rkt は Kubernetes の pod に似た単位でコンテナ群をまとめて実行します。また、実行時にはいくつかの「stage1」実装を選べる設計で、用途に応じて隔離レベルやホスト統合方法を切り替えられました。

  • Stage0 / Fetch:イメージを取得して検証する段階。
  • Stage1:ランタイムの実行コンテナ環境を提供するレイヤ。代表的な実装は以下の通りです。
    • stage1-fly:ホスト上でそのまま実行(最小限の隔離)
    • stage1-coreos:systemd と統合して実行(CoreOS 向け)
    • stage1-kvm:KVM を使って仮想化レベルで隔離
  • Stage2:実際のアプリケーションコンテナ(イメージ内のプロセス)を実行。

この分離により、rkt は「どうやって隔離するか(stage1)」と「何を実行するか(イメージ)」を柔軟に切り替えられる点が設計上の特徴です。

イメージフォーマットと対応

rkt は登場当初、CoreOS が提唱した App Container Image(ACI)フォーマットと appc(App Container)仕様を主要な対象としていました。ACI は Docker イメージと異なる仕様ですが、rkt は Docker レジストリからイメージを取得して実行する機能も備えており、Docker イメージの実行も可能でした。

その後、OCI(Open Container Initiative)イメージ仕様が標準化されると、rkt も OCI イメージをサポートするようになり、OCI と appc の両面に対応する形で互換性を拡張しました。

セキュリティと隔離機能

rkt はセキュリティ面で以下のような機能を提供していました。

  • プロセスベースの実行(デーモンではなく個別プロセス)により最小権限での実行を促進
  • 名前空間(namespace)や cgroups を利用した分離
  • ユーザー名前空間のサポートによる UID マッピングでの権限低減
  • KVM ベースの stage1 による強力な VM レベルの隔離(より高いセキュリティ要求向け)
  • イメージの署名と検証機構(GPG 署名など)によるサプライチェーンの保護

これらは、マルチテナント環境や高セキュリティを要求する場面で評価されるポイントでした。

Kubernetes との連携

Kubernetes との統合に関して、rkt は独自の方法で連携を試みました。rkt のために開発されたプラグイン「rktlet」は、Kubernetes の kubelet と連携して rkt をコンテナランタイムとして利用するためのコンポーネントでした。rktlet は Kubernetes の CRI(Container Runtime Interface)を使う形ではなく、Kubernetes への統合を行っていましたが、Kubernetes の標準ランタイム群が containerd / CRI-O に収斂する中で rkt の採用は限定的でした。

使い方(簡単なコマンド例)

※以下は歴史的な rkt の基本的な使い方例です。実際の環境や rkt のバージョン、OS によって動作やオプションは異なります。

rkt fetch docker://alpine:latest
rkt run --insecure-options=image docker://alpine:latest -- echo hello
rkt run --stage1-name=coreos docker://nginx:latest
rkt image list
rkt image cat-manifest sha512-xxxxxxxx

比較:rkt と Docker(および他ランタイム)

rkt と Docker(dockerd)との主な違いは設計哲学にあります。

  • デーモンの有無:Docker は常駐デーモンによりイメージ管理や API を提供する。一方 rkt はデーモンレスで、個々の実行プロセスとして動く。
  • 柔軟な隔離:rkt は stage1 を切り替えることで VM レベルから軽量な chroot まで柔軟に選べる。Docker は主に Linux 名前空間と cgroups に依存。
  • イメージ仕様:登場時は appc/ACI を前提としていたが、OCI の登場により両対応になった。
  • エコシステム:Docker は広いエコシステムとツールチェーンを持つ。rkt は特定用途での優位はあるがエコシステムは限定的。

現在は containerd や CRI-O、Podman といった別のランタイム/実行モデルが広く使われており、これらが企業の標準実装になっています。

プロジェクトの現状(非推奨化・アーカイブ)

歴史的に重要なプロジェクトであったものの、CoreOS の買収(Red Hat による買収)やコンテナランタイム界隈の標準化・収斂に伴い、rkt の開発は徐々に停止し、プロジェクトのリポジトリやドキュメントはアーカイブ状態になっています。つまり、新規プロジェクトでの採用や運用に当たっては、継続的にメンテナンスされるランタイム(containerd、CRI-O、Podman など)を選ぶことが推奨されます。

rkt が残した影響と学び

rkt は短期的に広く普及したわけではありませんが、コンテナランタイムに関する設計の多様性やセキュリティ重視のアプローチを提示した点で重要です。具体的には:

  • デーモンレス実行の有用性(プロセスモデルのメリット)
  • VM ベースの隔離(KVM ステージ)という選択肢の提示 — 後のプロジェクト(例:Kata Containers 等)が注目した領域と重なる部分があります
  • イメージ署名・検証の重要性を推進

現実的な選択肢と移行

既存で rkt を使っているケースや、過去に rkt を評価していた読者に対しての現実的なアドバイス:

  • 新規プロジェクトでは、積極的にメンテナンスされているランタイム(containerd、CRI-O、Podman)を選択する。
  • rkt 特有の強い隔離(KVM)を要件にしている場合は、Kata Containers のような VM ベースのコンテナソリューションを検討する。
  • イメージ署名やサプライチェーンの保護は、rkt に限らず現在のランタイムでも重要。Notary, cosign などの現代的ツールの採用を検討する。

まとめ

rkt は CoreOS によって提唱されたコンテナランタイムで、デーモンレス設計、柔軟な隔離機構、イメージ署名といった特徴を持ち、コンテナ技術の発展に対する重要な示唆を与えました。一方で、プロジェクト自体は現在アーカイブされており、新規導入には向きません。過去の設計や考え方(セキュリティ優先、実行環境の分離と柔軟性)は、今日のランタイム選定やコンテナ運用設計を考える上で参考になります。

参考文献