ピエール・シェフェール入門ガイド|ミュジーク・コンクレートの歴史・代表作品と聴き方・おすすめ盤
イントロダクション — ピエール・シェフェールとは何者か
ピエール・シェフェール(Pierre Schaeffer, 1910–1995)は、音響素材を録音し、編集・加工して音楽作品として組立てる「ミュジーク・コンクレート(musique concrète)」を確立したフランスの作曲家・理論家です。楽器音や環境音、機械音など「具体音(objet sonore)」を素材として扱い、テープ編集やループ、スピード操作、逆回転などの手法を用いることで、従来の楽器中心の音楽とは異なる音響表現を生み出しました。
コラムの狙い
ここでは、シェフェールの仕事を聴く上で重要かつ入門にも適したレコード(CDや配信で入手できる主要音源を含む)を厳選して紹介します。各作品の成立背景、聴きどころ、代表トラック、そしてどのようなリイシュー/音源で聴くと良いかを解説します。理論書やエッセイにも触れつつ、音像の聴き方に重点を置きます。
おすすめレコード(主要作品と解説)
「Étude aux chemins de fer」ほか(初期ノイズ・スタディ群 / 1948)
概説:シェフェールの代表的な初期作品群。列車音や日常音を素材に「音の素材そのもの」を音楽に変換した画期的な実験が見られます。特に「Étude aux chemins de fer(鉄道の研究)」は、具体音を素材にした最も有名な例の一つです。
聴きどころ:
- 音の切り貼りやテンポ操作で、機械音がリズムやメロディ的機能を帯びる過程を聴く。
- 音響の重なり、フェード/カットによる連続性の破壊と再構築に注目する。
おすすめ音源:INA-GRM系の収録を含む初期音源集。複数のコンピレーションで収録されているため、INA/GRMの信頼できるリイシューで聴くのがよいでしょう。
「Cinq études de bruits」(5つのノイズ研究 / 1948)
概説:ノイズ(騒音・物音)を主題化した5曲からなる連作。日常的な「物音」を抽出し、それぞれの「研究(étude)」として構成したものです。音の生成源が意識される一方で、文脈によっては純粋な音のテクスチャーとしても聴こえます。
聴きどころ:
- 物音の出所と「音そのもの」の分離/再結合、聴覚の慣れによる意味変容を感じ取る。
- 各 étude の対比(鉄道、器具、声など)を通じて素材選択の思想を探る。
おすすめ音源:シェフェールの初期研究をまとめたコンピレーションまたはINA-GRMのアーカイブ収録盤が良い。音質補正のあるリイシューを選ぶとディテールが明瞭になります。
「Symphonie pour un homme seul」(ピエール・シェフェール & ピエール・アンリ / 1950)
概説:シェフェールとピエール・アンリの共作による大型作品。声・体音・日常音を多用し、コンクレートの手法で「一人の人間」の心理や行為を音で描く試みです。サウンド・コラージュ的な展開と組織的な構成が同居する名作として評価されています。
聴きどころ:
- 音のモティーフ化(短い物音が反復され意味を獲得する過程)を追う。
- 楽章構成と場面転換のタイミング、声と物音の境界の曖昧さ。
おすすめ音源:この作品は多数のリイシューが存在しますが、史料的信頼性の高い版(INA-GRMの収録や、信頼あるレーベルのリマスター)を選ぶと楽曲の構造が聴き取りやすいです。
「Études de bruits / Œuvres 1948–1953」などの総合盤(初期作品集)
概説:初期の一連の実験を通して聴くのに最適な編集盤。単発作品では掴みきれないシェフェールの方法論(音の素材選択、編集手法、音響美学)の発展を俯瞰できます。
聴きどころ:初期の技法的発見がどのように成熟していくか、作品同士の関連性と反復要素に注目して聴いてください。
おすすめ音源:年代順に整理されたCDやストリーミングのコンピレーションを推奨。解説書きのある版だと背景情報と照らし合わせて聴けます。
理論的補助資料:「Traité des objets musicaux(音楽的対象論)」等の解説音源や朗読版
概説:シェフェールは作品だけでなく、音楽論・音響理論でも重要な貢献をしました。テキストやその朗読・講義録音を併せて聴くことで、作品の意図や「対象音」概念の理解が深まります。
聴きどころ:作品と理論を交互に参照することで、素材選択の規準や編集上の判断の理由が明確になります。
おすすめ:シェフェール自身の解説や、INA-GRMが提供する講義アーカイブを探すと良いでしょう。
どの盤(版)で聴くべきか — リイシューと音質に関する指針
シェフェールの初期音源は録音・保存状態や転写の手法で聴こえ方が大きく変わるため、次の点を意識してください。
- INA-GRMのアーカイブ由来のリイシューは史料的に信頼でき、解説も充実していることが多い。
- 近年のデジタル・リマスター盤はノイズ除去やEQ調整が施されているため、細部の聴き取りやすさが向上する反面、オリジナル感が損なわれる場合もある。目的(原典に近いか、聞きやすさ重視か)で選ぶ。
- 解説ブックレットが付いている盤や年代順収録のコンピレーションは、学習用途に便利。
聴き方ガイド — 注意して聴くべきポイント
- 「音の出所」を追う:どの音が何に由来するのかを想像しつつ、素材が音楽的文脈でどう変化するかを確認する。
- 編集の痕跡を探す:カット、クロスフェード、速度変化などの手技が楽曲の構成をつくっている。
- 繰り返しと変化:短い音が繰り返されることで「動機化」される過程を聴く。
- 歴史的文脈を想定する:当時の録音技術やラジオ・放送文化、第一次・第二次世界大戦後の都市環境などを思い浮かべると、素材選択の意味が見えてくる。
影響と系譜 — ここから何が広がったか
シェフェールの仕事は、後の電子音楽、現代音楽、ノイズ音楽、ポップのサンプリング技術、サウンドアートなどに大きな影響を与えました。音響を素材として扱うという考え方は、レイ・カワサキ以降のエレクトロニカ、アンビエントやヒップホップのサンプリング文化にまでつながります。
入門者向けプレイリスト(簡易)
初めて聴く人は、以下のような順序で聴くとシェフェールの発想が理解しやすくなります。
- Étude aux chemins de fer(単発の代表作)
- Cinq études de bruits(初期研究群をまとめて)
- Symphonie pour un homme seul(大作での様式の成熟を確認)
- 理論テキストの朗読や解説(作品の意図を補強)
楽しみ方の提案
・ヘッドフォンで細部を追いかける聴き方と、スピーカーで部屋全体に広がる音像を体験する聴き方を切り替えてみてください。
・作品に出てくる「音源」を想像あるいは録音して、自分なりの「ノイズ研究」を試作することで理解が深まります。
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参考文献
- ピエール・シェフェール — Wikipedia(日本語)
- Pierre Schaeffer — Encyclopaedia Britannica
- INA-GRM(Groupe de Recherches Musicales)公式サイト


