ラスタ化(ラスタライズ)の基礎から応用まで:ベクトル→ラスタの変換、アルゴリズム・アンチエイリアシング、フォント・Web・印刷・GISまで
ラスタ化(ラスタライズ)とは何か
ラスタ化(英: rasterization)とは、数学的な幾何情報(点・線・多角形・ベジェ曲線などのベクトルデータ)を、ピクセルやサンプルといった離散的な格子(ラスタ)上の画素値に変換する処理を指します。コンピュータグラフィックスやフォントレンダリング、印刷、地理情報システム(GIS)、Webブラウザの描画など、2次元/3次元のベクトル情報を表示媒体に適したビットマップに変換する際に中心的な役割を果たします。
ラスタ化とベクタレンダリングの違い
- ベクタ表現:位置や形状が数学的に定義され、スケーラブル(解像度非依存)。例:SVG、TrueTypeフォント、CADデータ。
- ラスタ表現:ピクセル単位の色値(固定解像度)。例:PNG、JPEG、ディスプレイのフレームバッファ。
ラスタ化は「ベクタ→ラスタ」の変換であり、最終的な表示や出力(ディスプレイ、プリンター)で必須になります。逆にラスタ画像をベクトル化する処理(ベクタライズ)は別問題です。
グラフィックスパイプラインにおけるラスタ化の位置
リアルタイム3Dレンダリング(OpenGL/Direct3Dなど)の標準的なパイプラインでは、ラスタ化は次の段階の後に行われます:頂点処理(座標変換・投影)→クリッピング→プリミティブ生成(トライアングルなど)→ラスタ化(スキャンコンバージョン)→フラグメントシェーダ(ピクセルシェーディング)→テスト&ブレンディング(深度テスト、ステンシル、アルファ合成)。
ラスタ化の役割は、投影された三角形がどのスクリーンピクセルを覆うかを判定し、それぞれのピクセルに対する補間値(テクスチャ座標、法線、色など)を生成することです。これらの補間にはバリセントリック座標や透視補間(パースペクティブ補正)が使われます。
代表的なラスタ化アルゴリズム
- スキャンライン法:各水平ライン(スキャンライン)ごとに交差するプリミティブの区間を求め、走査してピクセルを塗る古典的手法。
- ブレゼンハムの直線描画法:整数演算で効率的に直線をラスタ化するアルゴリズム。主に2Dライン描画で利用。
- エッジ関数(バリセンタ法):三角形内判定をエッジ関数(符号付き距離)で行い、バリセントリック座標で属性を補間する。GPUで一般的。
- モデリング的手法(サブピクセル処理):アンチエイリアシングのために各ピクセルを複数サンプルに分割して評価する方式(MSAAなど)。
アンチエイリアシングと品質改善
ラスタ化は離散格子化に起因するエイリアシング(ジャギー)を生みます。代表的な対策:
- SSAA(スーパサンプリング):高解像度でレンダリングして縮小する。品質は高いがコストも高い。
- MSAA(マルチサンプリング):ピクセルごとに複数サンプルで深度/カバレッジを取るが、シェーダ実行は隣接共有。比較的効率的。
- ポストプロセス系(FXAA、SMAA、TAA):ピクセルベースのエッジ検出や時間的フィルタでジャギーを目立たなくする。高速だがぼやけることがある。
- サブピクセルレンダリング(フォント):LCDのRGBサブピクセルを利用して水平解像度を向上させる技術(例:ClearType)。
精度、補間、視差(透視補正)
透視投影後の補間は注意が必要です。テクスチャ座標や深度を単純に線形補間するとパースペクティブ歪みが生じるため、1/w(逆深度)を使った透視補正が必須です。これにより、テクスチャが正しく貼られ、遠景での歪みが防がれます。
深度・オクルージョン処理とテスト
ラスタ化の後に各フラグメント(ピクセル候補)に対して深度テストやステンシルテスト、マスク(scissor)、ブレンド処理が行われます。最も一般的なのはZバッファ(深度バッファ)による可視性決定で、これにより前面のピクセルだけが最終フレームバッファに残ります。
ハードウェア/最適化技術
- ピクセルパイプラインとタイルベースレンダリング:多くのモバイルGPU(ARM Mali、Imagination PowerVRなど)はタイルベースでレンダリングし、オンチップメモリでタイルごとに処理することで帯域幅を節約。対照的にNVIDIAやAMDのGPUはフォワードパイプライン(イミディエイト)を採ることが多い。
- 早期Zテスト(Early-Z):フラグメントシェーダを実行する前に深度テストを行い、不要なシェーダ実行を回避。
- バッチングとインデックス化:描画呼び出しをまとめ、頂点データやステート変更を減らすことでCPU/GPUのオーバーヘッドを削減。
- SIMD/並列化:フラグメント処理は高い並列性があり、SIMDやGPUコアによる並列実行で高性能を実現。
フォントとベクタ図形のラスタ化
フォントレンダリングはラスタ化の特殊分野です。アウトラインフォント(TrueType、OpenType)はベジェ曲線や輪郭で記述され、これをピクセルに変換する際にヒンティング(グリッドフィッティング)やサブピクセルレンダリング、グレースケールアンチエイリアシングなどが用いられます。FreeTypeのようなライブラリはこれらの技術を実装しており、可読性向上のために輪郭調整(hinting)を行います。
WebブラウザとSVG/Canvasのラスタ化
ブラウザはDOMやSVGといったベクタ情報を画面に表示する際にラスタ化を行います。SVGはベクタデータとして保持され、必要に応じてディスプレイ解像度やデバイスピクセル比に合わせてラスタ化されます。Canvas APIは即時モードでビットマップを生成・操作するインターフェースで、内部ではソフトウェアラスタライザやGPUアクセラレーションを使って描画します(MDNやW3Cの仕様参照)。
印刷・DPI・カラーマネジメント
印刷ではラスタ化は印刷機の解像度(dpi)に合わせて行われます。高DPIプリンター向けには異なるハーフトーン処理やカラーマネジメント(ICCプロファイル)と組み合わせてラスタ化が行われ、色の再現性や滑らかさが重要になります。PDF/PostScriptからのラスタ化はプリンタのレンダリングエンジンが担当します。
GIS(地理情報システム)におけるラスタ化
ベクトル地物(境界線、ポイント、ポリゴン)を格子状セルに落とし込んでラスタ地図やラスタ解析(高度モデル、土地被覆など)を生成することもラスタ化に含まれます。解像度(セルサイズ)や投影法、サンプリング方法が結果に大きく影響します。GDALのgdal_rasterizeなどが実用ツールです。
ラスタ化の利点と限界
- 利点:計算コストが比較的低く、ハードウェア(GPU)で高効率に並列処理できるため、リアルタイムレンダリングに適している。
- 限界:グローバルイルミネーションや正確な反射・屈折の表現には向かない。解像度依存でスケーリング時に劣化する。エイリアシング対策が必要。
近年のトレンド:ラスタ化とレイトレーシングの共存
近年はレイトレーシング(光線追跡)をハードウェアで加速する機能を持つGPUが普及し、リアルタイムにおける照明表現はレイトレーシングの採用が増えています。ただしラスタ化は依然としてジオメトリ処理や大量のオブジェクト描画で効率的であり、ハイブリッド手法(ラスタ化でジオメトリを高速に描画し、レイトレーシングで反射やシャドウを補完)として広く使われています。
実装やデバッグ時の注意点
- ピクセル中心(sample position)の定義(OpenGLとDirect3Dで微妙に異なる)は正確な比較や移植時に重要。
- 深度バッファの精度(16/24/32ビット)や透視補正の誤差はアーティファクトの原因になる。
- ガンマ補正と色空間:線形空間でのブレンドが望ましく、ガンマを無視すると色が暗く/明るく不自然になる。
まとめ
ラスタ化は、ベクトル的に記述された形状をピクセルに変換する基本技術で、GPUハードウェア・ソフトウェア両面で長年最適化されてきました。リアルタイムレンダリング、フォント表示、印刷、GIS、Web表現など幅広い分野で不可欠な役割を担います。一方でエイリアシングやグローバル照明表現の限界もあり、現在はレイトレーシング等と組み合わせるハイブリッドアプローチが主流になりつつあります。用途に応じてアルゴリズムやアンチエイリアシング手法、ハードウェア特性を理解して選ぶことが重要です。
参考文献
- Rasterization — Wikipedia
- MDN Web Docs — Canvas API
- The OpenGL® Specification — Khronos Group
- Microsoft ClearType — Typography
- FreeType — FreeType Project
- Midpoint circle algorithm / Bresenham — Wikipedia
- Depth buffer — Wikipedia
- Tile-based rendering — Wikipedia
- Scratchapixel — Rasterization: a practical implementation
- gdal_rasterize — GDAL


