『ニキータ』全史:映画からTVへ、女性アクション像の現在地を読み解く
イントロダクション — 『ニキータ』とは何か
『ニキータ』は、1990年にフランスの映画監督リュック・ベッソンが脚本・監督を務めた映画『ニキータ』を起点とする作品群の総称として用いられることが多い。原作映画の核となる「犯罪から強制的に政府の暗殺者へと仕立て上げられる若い女性」という設定は、その後アメリカでのリメイクや2本のテレビシリーズへと展開され、世界的なポップカルチャーの一角を占めるまでになった。本コラムでは、オリジンとなる映画の背景と演出、登場人物の解釈、派生作との比較、そして現代におけるフェミニズム的読み替えまでを詳しく掘り下げる。
オリジナル映画(1990年) — 作家としてのリュック・ベッソンと映像美
リュック・ベッソンの『ニキータ』は、ジャンル的にはスリラー/クライム映画だが、同時に主人公の内面や変貌を描く心理劇でもある。ベッソンは当時すでに若手監督として注目を集めており、冷徹でありながら詩的な映像表現、エリック・セラによる電子音楽寄りのスコア、そして編集のテンポ感を駆使して独特のムードを作り上げた。
主演のアンヌ・パリロー(Anne Parillaud)は、非行から国家の機関に囚われるニキータを生々しく演じ、感情の揺れや孤独、反抗心と従順の狭間を体現した。この演技は高く評価され、パリローは後にフランス映画界の主要な栄誉の一つであるセザール賞を受賞している。
物語の骨子と主要テーマ
- アイデンティティと再生: 主人公は犯罪者として人生の底辺にいたところを「使い捨ての兵器」へと再プログラムされる。外面的な変身(メイク、衣装、訓練)は内面の再構築と常に対比される。
- 国家と個人: 物語は国家の論理が個人を如何に消耗し、利用するかを描く。ニキータは任務遂行者であると同時に、自己の主体性を取り戻そうともがく存在だ。
- 暴力と倫理: 暴力はプロフェッショナルの道具として描かれるが、監督はその結果として生じる精神的コストに光を当てる。
1993年のアメリカ映画『アサシン』(リメイク)とトーンの差
オリジナルの成功を受けて、1993年にアメリカで『Point of No Return』というタイトルでリメイクが制作された(監督:ジョン・バダム、主演:ブリジット・フォンダ)。ハリウッド版は原作の核を維持しつつ、よりアクション志向でスピーディーな演出に振られている点が特徴だ。商業性を強めるためにドラマの語り口やキャラクター描写の重心が多少変化したが、根底にある「自由か、任務か」という葛藤は引き継がれている。
テレビシリーズ化 — 長期物語化による設定の拡張
『ニキータ』は二つのテレビシリーズを生んだ。ひとつは1997年から2001年にかけて放送されたカナダ制作・米配給の『ニキータ』で、主演はペタ・ウィルソン。もうひとつは2010年から2013年に米CWで放送された『Nikita』で、主演はマギーQである。両者は映画と別の連続ドラマフォーマットに適応させることで、キャラクターの背景や組織の構造、主人公の成長を長期に渡って掘り下げることに成功した。
テレビ化によって得られる利点は、エピソディックな任務の描写を通じて道徳的ジレンマを反復的に提示できる点と、登場人物間の関係性を丁寧に構築できる点だ。シリーズは単発の暗殺任務だけでなく、裏組織の政治、裏切り、信頼の再構築といったテーマを壮大なアークで描いていく。
演技とキャラクター考察
- アンヌ・パリロー(映画版): 内面の崩壊と復興を極めて繊細に表現し、観客に同情と緊張を同時に抱かせる。
- ペタ・ウィルソン(1997 TV): 長期シリーズに適した抑制された演技で、冷静さと人間味のバランスを取る。キャラクターの倫理観が回を追って深められていく。
- マギーQ(2010 TV): 武術経験を活かしたアクションの説得力が印象的で、肉体性と芯のある意志を併せ持つ現代的なヒロイン像を提示する。
映像表現と音楽の役割
オリジナル映画ではエリック・セラのスコアが重要な役割を果たし、都市の冷たさや登場人物の孤独を音で補強する。ショット選びはしばしばクローズアップと静的な構図を重ね、主人公の内面を映像的に翻訳する。一方、アメリカ版やTVシリーズはよりダイナミックなカメラワークと編集を用い、アクション性とテンポ重視の演出にシフトしている。
ジェンダーとフェミニズム的読み解き
『ニキータ』は単なる女性暗殺者の物語を超え、女性の主体性の回復や社会的役割の問い直しという観点から議論されてきた。オリジナルは被害者が〈国家の道具〉にされる構図を提示するが、物語は最終的にその主体性を取り戻すプロセスでもある。テレビシリーズではこのテーマがさらに掘り下げられ、権力構造に対する批評性や、女性同士の連帯と確執が丁寧に描かれることで現代的なフェミニズムの文脈にも接続される。
社会的影響とレガシー
『ニキータ』というブランドは、女性アクションヒロイン像の定着に寄与した。90年代以降、女性が主体的に暴力を行使し、同時に感情的複雑さを持つキャラクター像は映画やドラマで増えていった。ニキータはその先駆けとして、アクション映画の性別規範を揺るがし、制作側に女性主人公の商業的可能性を示した点で重要である。
比較考察 — 各媒体の長所と短所
- 映画(オリジナル): 密度の高い情緒表現と映像美。短時間で強い印象を残すが、キャラクターの長期的変化を描く余地は限定的。
- ハリウッド・リメイク: 商業性とアクションの強化。序盤の設定を保ちつつ、大衆向けのテンポに合わせた改変がある。
- テレビシリーズ: 長期アークにより人物像と組織の政治性が深まる。視聴者との関係性構築が可能だが、制作状況やシーズンごとの変化でトーンが揺れることもある。
結論 — 『ニキータ』の現在地とこれから
『ニキータ』は一つの物語枠を越えて、映画・リメイク・テレビという異なるフォーマットで繰り返し再解釈されてきた。その都度、時代の感覚やメディアの特性を反映してキャラクター像やテーマが変容している。重要なのは、原点である〈被抑圧者の反逆と自己回復〉というモチーフが普遍的であり、多様な表現の中で新たな問いを投げかけ続けていることだ。今後も社会的議題やジェンダー観の変化に応じて『ニキータ』は再解釈され続けるだろう。
参考文献
- La Femme Nikita - Wikipedia
- Point of No Return (film) - Wikipedia
- La Femme Nikita (TV series) - Wikipedia
- Nikita (2010 TV series) - Wikipedia
- Luc Besson - Wikipedia
- Anne Parillaud - Wikipedia


