分割時系列解析(分割・変化点検出)の理論と実務:手法・実装・運用の最前線

はじめに:分割時系列解析とは何か

分割時系列解析(セグメンテーション、変化点検出)は、時系列データの性質がある時点で変化する点(変化点:change point)を検出し、データを複数の均質な区間に分割してそれぞれを解析・予測する手法群を指します。製造の異常検知、経済の構造変化検出、Webトラフィックやセンサーデータのレジーム(状態)識別など応用領域は多岐にわたります。ここでは基礎理論から代表的アルゴリズム、実務的な実装例、注意点、評価法まで詳しく解説します。

基本概念と問題設定

分割時系列解析にはいくつかの設定があります。主に「オフライン(バッチ)検出」と「オンライン(逐次)検出」です。オフラインは全データを用いて過去の変化点を解析する場合で、複数変化点の精密検出に向きます。オンラインはリアルタイムに変化を検知することが目的で、検出遅延や誤報(false alarm)とのトレードオフが重要になります。

モデル的には以下のように表現されます。時刻 t の観測 y_t は区間 k により異なる生成過程(平均や分散、自己回帰係数、季節構成など)を持つと仮定し、変化点 τ_1, τ_2, ... により分割されます。目的は τ_i の推定と、各区間のモデル推定(例:区間ごとの ARIMA、回帰モデル、平均の差の検定など)です。

主要な手法の分類

  • 分割(セグメンテーション)最適化法:分割点の組合せを最適化する方法。総和最小化+ペナルティ(MDL/AIC/BIC等)で最適分割を求める。代表例:動的計画法、PELT(Pruned Exact Linear Time)、Binary Segmentation。
  • 累積和・統計的検定ベース:CUSUM 検定や Chow 検定のように、特定の統計量の極値で変化を検出する手法。単一の変化点検出に強いが多重変化点や複雑なノイズに弱い。
  • ベイズ的変化点検出:事前分布を置いてポスタリオリ確率から変化点を推定する。ベイズ推論により不確実性情報が得られる(例:bcp パッケージ、Bayesian online change point detection)。
  • 状態空間・隠れマルコフモデル(HMM):異なる“レジーム”を潜在状態として扱い、状態遷移確率と観測過程を同時に推定する。マルコフ切替モデル(Markov-switching)やHMMはレジーム検出に有効。
  • スパース回帰・L1トレンドフィルタ:TV(Total Variation)正則化や L1 ペナルティにより分割(段差)を推定する手法。連続的なトレンドの中の急激な変化を捉える。

代表的アルゴリズムの特徴

  • Binary Segmentation:最も単純で高速。再帰的に最も顕著な変化点を見つけるが、複数近接変化点の検出性能は劣る。
  • PELT:適切なペナルティ関数のもとで正確解を線形平均時間で求められるアルゴリズム。多くの実装で使われている(R の changepoint 等)。
  • Pruned Dynamic Programming:動的計画法を枝刈りして高速化。局所最適に陥りにくい点が利点。
  • CUSUM / Page’s CUSUM:平均の突然の変化に敏感で、オンライン検出に向く。閾値設定が検出性能を左右する。
  • ベイズオンライン変化点検出(BOCPD):逐次更新で変化点確率を計算し、オンラインでも不確実性を出力できる。計算負荷は事前モデル次第。

モデル選択とペナルティの扱い

オフライン最適化法では、分割数を直接指定するか、情報量基準(AIC, BIC, MBIC 等)やカスタムのペナルティ関数で自動決定します。ペナルティが小さいと過分割(オーバーフィッティング)、大きいと過少分割(アンダーフィッティング)になります。PELT や動的計画法では「コスト関数+ペナルティ」という枠組みを明示的に設計するため、コスト(例:各区間の残差平方和)とペナルティ構造を検討することが重要です。

季節性・トレンド・自己相関のある時系列への対応

実務データは季節成分や自己相関を持つことが多く、単純な平均の変化のみを検出する手法では誤検出が起きます。対処法としては次の通りです:

  • 季節成分やトレンドを事前に分離(差分、季節調整、STL 等)してから変化点検出を行う。
  • 各区間で自己回帰モデル(AR, ARIMA)をあてはめ、その適合度変化をコスト関数にする。
  • 状態空間モデルで観測ノイズと状態の変化を同時にモデル化する。

多変量時系列と共同変化点

複数系列が同じタイミングで変化する「共同変化点」を検出する場合、各系列を独立に処理すると見逃したり誤検出しやすい。共変量行列や多変量コスト関数(例:多変量残差平方和)を用いるか、各系列の情報を統合するベイズモデル・HMMを使うのが一般的です。計算量とモデル解釈のトレードオフに留意します。

実装とツール(R / Python など)

代表的なライブラリ・パッケージ:

  • R: changepoint, strucchange, bcp, segmented — PELT や動的計画法、Bai–Perron 型の分割検定を提供。
  • Python: ruptures(多様なアルゴリズム実装)、numpy/scipy/statsmodels(状態空間・ARIMA モデル)、bayesian_changepoint_detection(BOCPD 実装の例)

選択のポイントはデータ特性(ノイズ・季節性・自己相関)、オフライン/オンライン、計算資源、解釈性です。プロトタイピングには ruptures(Python)や changepoint(R)が便利です。

ワークフロー:実務での進め方

  • 1) 可視化:時系列プロット、移動平均、自己相関(ACF)や偏自己相関(PACF)を確認。
  • 2) 前処理:欠損・外れ値の処理、季節成分の除去・差分化。
  • 3) 手法選定:オンライン/オフライン、単純検定/モデルベース/ベイズのいずれかを選択。
  • 4) ハイパーパラメータ調整:ペナルティ、最小区間長、閾値などを交差検証や情報量基準で決定。
  • 5) 区間モデル構築:各区間に適切な時系列モデルを適合させ、区間ごとの特徴を比較。
  • 6) 検証:既知の事件との整合性、シミュレーションによる検出率・誤検出率の評価。
  • 7) 運用:オンライン検出なら閾値や抑制ロジック(スループット制御、二段階検出)を導入。

評価指標と検証方法

検出精度は単に検出数では測れません。代表的な評価は以下です。

  • 検出率(True Positive Rate)と誤検出率(False Positive Rate)。
  • 検出遅延(オンライン検出の場合、実際の変化点から検出までの平均遅延)。
  • 分割の情報量指標(AIC/BIC)、あるいは再現性(異なるノイズ実験での頑健性)。
  • シミュレーション:既知の変化点を持つ合成データで手法を比較するのが有効。

実運用での注意点と落とし穴

実務でよく遭遇する問題:

  • ノイズや外れ値による誤検出:ロバストなコスト関数や外れ値フィルタを導入。
  • 漸進的(スムーズな)変化と突発的変化の混在:スムーズ変化は変化点ではなくトレンドと捉える方が良い場合がある。
  • 複数頻繁な変化点:過分割を防ぐためのペナルティ設計が重要。
  • 因果解釈の安易な飛躍:変化点が観測されたからといって自動的に因果関係を主張してはいけない。ドメイン知識と合致させること。

応用例

金融市場でのボラティリティ変化、製造ラインの異常検出、Webトラフィックの構造変化、医療センサーデータの生理学的変化検出、政策変更による経済指標の構造変化検出など多様です。用途に応じてオンライン検出のしきい値設定やアラート設計、ヒューマンインザループの検証プロセスを組み合わせます。

まとめ:実務的な勧め

分割時系列解析は強力だが、手法選定と前処理、ペナルティ設計が結果を大きく左右します。まずは可視化と単純手法で概況を把握し、疑わしい変化領域に対してより精密な手法(PELT、ベイズ、HMM)を適用する段階的アプローチが安全です。オンライン運用時は検出遅延・誤報の管理を明確にし、運用ルールを定めてください。

参考文献