スタジオと現場で活かすルームトーン入門:録り方・活用法・ミックス術
ルームトーンとは何か
ルームトーンとは、ある空間に固有の静的な環境音のことを指します。映画や映像制作の用語としてよく知られていますが、音楽録音やポストプロダクション、ポッドキャストやナレーション制作など、あらゆる音制作現場で重要な役割を持ちます。厳密には「会話や楽器演奏などがないときにその場に残る背景音」であり、空調や機材のハム、外部の環境音、室内の残響感などが含まれます。
ルームトーンとインパルス応答(RIR)の違い
ルームトーンは継続的なノイズや空間の“色”であるのに対し、インパルス応答(RIR: Room/Impulse Response)は短いインパルス(スイープやクリック)に対する空間の反射特性を記録したものです。RIRはリバーブ特性やRT60(残響時間)を数値的に把握/再現するのに適しており、コンボリューションリバーブで空間を模倣する際に使います。一方でルームトーンは編集時の音のつながりや自然感の保持、音声の継続成分として使われます。
なぜルームトーンが重要か
- 編集でのつなぎを自然にする:会話や歌のカット間に同じ ambient を挟むことで違和感を抑える
- ミックスの統一感:トラック間の空気感を揃えることでバラバラ感を減らす
- ポストプロダクションでの欠落部分補填:録音ミスやノイズ除去で生まれた「穴」を埋める
- 立体感の演出:楽器の遠さや空間のサイズ感を表現する素材になる
ルームトーンの取得方法(実践手順)
ルームトーンを正しく記録するには、単に録音を始めて放置するだけでは不十分な場合があります。以下は実践的な手順です。
- 録音長さ:一般的には30秒〜2分程度を目安に複数箇所で録る。プロダクション現場では30〜60秒がよく使われる
- ゲイン設定:本番と同じマイク、同じプリ、同じゲイン設定で録る。録音レベルはソフトクリップしない範囲で十分な余裕を持たせる(録音の目安は-18dBFS付近を中心に)
- サンプルレートとビット深度:プロジェクトと同じフォーマットで録る。映像制作なら48kHz、音楽なら44.1または48kHz、ビット深度は24bit推奨
- 機材の状態を揃える:空調や照明、機材の電源などは本番時と同じ状態にする。ノイズ環境を意図的に変える場合はメモを残す
- 位置を変えて録る:演者の近く(オンマイク近傍)と部屋全体(ルームマイク位置)、ドアや窓付近など複数を録っておく
- ステレオ/サラウンド取得:ステレオペア(ORTF/XY/AB)やサラウンドが必要ならそのフォーマットで取得する
- ファイル管理:トラック名、位置、時間、機材情報などメタデータやファイル名で管理する
マイクと配置のポイント
ルームトーン取得にはいくつかのマイク選択肢があります。用途に合わせて選んでください。
- コンデンサ単一指向性(カーディオイド):演者の近傍や小〜中規模の室内での雰囲気取得に適する
- 大型ダイアフラムコンデンサ(ルームマイク):低音の空気感まで捉えたいときに有効
- ステレオペア(ORTF/XY):空間の左右情報を得たい場合に有効。収録場所の空気感をそのまま残せる
- ラベリアやブロードキャストマイク:音声主体の収録で近接ノイズと背景を分けた取得が必要なときに併用
信号チェーンと設定注意事項
プリ、ケーブル、インターフェースは本番の信号チェーンと同一にすることが望ましい。ノイズフロアや特性が変わるとルームトーンの色が変わってしまうためです。低域の濁りが気になる場合、録音時にはハイパスを入れずに生の状態で保存しておき、編集段階で調整するのが安全です。
編集・ミックスでの使い方
録ったルームトーンは以下のように活用します。
- フェードとクロスフェード:ループさせる際は短いクロスフェードを入れてクリックやループ感を消す
- ゲインとEQでの整合:複数の素材を合わせる際にはEQでスペクトルを整え、レベルを揃える
- ノイズリダクションとマッチング:ノイズプリントを作り、除去後の違いが目立つ箇所にはルームトーンでつなぐ
- デエッサやマルチバンド処理:周波数帯で不自然さが出る場合は局所的に処理して自然さを保つ
- パンとステレオ幅:楽曲内での位置関係に合わせてパンやステレオ幅を調整する
ルームトーンとコンボリューション/人工リバーブ
実空間の特性を忠実に使いたい場合はRIRを計測してコンボリューションリバーブに使うのが効果的ですが、RIRはインパルス特性であり環境ノイズは含みません。ルームトーンは逆に持続的な「空気」を与えます。実践ではRIRで残響のキャラクターを与えつつ、ルームトーンを薄く重ねてリアリティを出す手法がよく使われます。
トラブルとその対処
- ループ感が出る:長めに録ってランダムな箇所を使うか、クロスフェードで目立たなくする
- 電源ハムやドアの人の出入り:可能なら電源系を安定させ、ノイズが避けられない箇所はメモを残しておく。編集で除去や差し替えを行う
- 位相の問題:ステレオや複数マイクの合成時は位相を確認し、必要なら微調整や位相反転で解決する
- ノイズ除去の過剰適用:ルームトーン自体を過度に処理すると人工的な感じになるため、必要最小限にとどめる
音楽制作におけるルームトーンの応用例
音楽制作ではルームマイクを用いて空間感を積極的に取り込むことがあります。アコースティック楽器やドラムのルーム録り、ボーカルのアンビエンスとして少量混ぜることで“ライブ感”や“奥行き”が生まれます。また、録音後にEQとリバーブを組み合わせて、異なるテイク間の空間感を統一することもよく行われます。
ポッドキャスト/ナレーションでの注意点
ポッドキャストやナレーションの場合、ルームトーンは自然な聴取感を保つために極めて重要です。編集でカットが多いと不自然な無音ゾーンができるため、同じルームトーンを素材として用いることで均一感を維持します。録音時は可能な限り静かな環境を作り、必要なルームトーンを複数取りしておくと後で便利です。
実務上のチェックリスト
- 本番と同じ機材/設定で録音したか
- 複数の位置と長さでルームトーンを取得したか
- ファイル名やメタデータをきちんと記録したか
- ノイズ源のオンオフを本番同様にしているか(空調など)
- ループ用にクロスフェードを施して保存しているか
まとめ
ルームトーンは単なる「無音」ではなく、その場の空気感や連続性を担保する重要な素材です。収録段階での丁寧な取得と、編集段階での最小限の処理と組み合わせることで、作品全体の自然さやプロフェッショナルさが格段に向上します。音楽制作でも映像制作でも、ルームトーンを戦略的に扱うことで小さな違和感を消し、リスナーにとって心地よい一貫性を提供できます。
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参考文献
- Room tone - Wikipedia
- Impulse response - Wikipedia
- Reverberation time - Wikipedia
- iZotope RX(ノイズリダクションとスペクトル修復の代表ツール)
- Audio Engineering Society(AES)
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