プロが教えるEQ（イコライザー）完全ガイド：基礎から実践テクニック、マスタリングまで
エバープレイ編集部はじめに：EQとは何か
EQ（イコライザー）は、音声や音楽の周波数スペクトルを操作して音色を整えるためのツールです。単に「高音を上げる」「低音を下げる」といった操作に留まらず、特定の帯域を削る（カット）ことで混雑したミックスを整理したり、狙った楽器の存在感を際立たせたりと、ミキシングとマスタリングにおいて最も頻繁に使われる重要な処理の一つです。本コラムでは、EQの理論的な基礎から実践的なテクニック、注意点、そしてマスタリングでの使い方まで詳しく解説します。
EQの基本構成要素
一般的なパラメトリックEQの操作項目は以下の三つです。
- 周波数（Frequency）：操作したい中心周波数（Hz）を指定します。
- ゲイン（Gain）：その周波数帯を増幅（ブースト）するか減衰（カット）するかをdB単位で指定します。
- Q（帯域幅、Quality factor）：中心周波数周辺の帯域の広さを示します。Qが高いほど狭い帯域に作用し、低いほど広帯域になります。
加えて、フィルタータイプ（ローカット＝ハイパス、ハイカット＝ローパス、シェルビング、ベル、ノッチなど）やスロープ（dB/オクターブ）といった要素があり、これらの組み合わせで多様な音作りが可能です。
代表的なEQの種類と特性
- パラメトリックEQ：周波数、ゲイン、Qを独立して調節できる最も柔軟なタイプ。トラックごとの細かい調整に向く。
- グラフィックEQ：固定された周波数バンドごとにフェーダーでブースト/カットするタイプ。ライブや正確なプリセット調整でよく使われる。
- シェルビングEQ：ある周波数から上（あるいは下）を平坦にブースト/カットする。ハイシェルフ、ローシェルフがある。
- ノッチフィルター（帯域除去）：極めて狭いQで特定の不要なピーク（ハム、共振）を削る。
- 線形位相EQ：位相変化を最小化して処理する。マスタリング用途で位相のずれを避けたい場合に好まれるが、プリリンギング（前方のわずかな鳴り）が発生することがある。
- 最小位相（通常の）EQ：処理に伴って位相変化が生じるが、一般に自然に聴こえる。低レイテンシーでライブやトラッキングに向く。
Q（帯域幅）の理解：なぜ重要か
Qは同じ増減量でも結果が大きく変わるため重要です。高いQ（狭帯域）は鋭いピークや共振を狙ってカットするのに適し、低いQ（広帯域）は楽器のキャラクター全体を滑らかに整えるのに向きます。一般的な実践則は「問題は狭く、音楽性は広く」。つまり、共振や不要な帯域は狭くカットし、音楽的な色付けは緩やかに広く行う、というアプローチです。
位相（Phase）と線形位相EQのトレードオフ
最小位相EQは周波数を調整すると位相も変わり、複数のトラックを重ねた時にわずかな位相干渉が生じ得ます。一方、線形位相EQは位相を保つため、位相干渉を避けられる反面、プリリンギング（処理前にわずかな音の“前鳴り”）が発生することがあります。マスタリングで微妙な音像や定位を崩したくない場合は線形位相EQが有効ですが、トラックのアタック感や自然な響きを優先したい場合は最小位相EQを選ぶことが多いです。
実践テクニック：ミックスでのEQ運用
- サブトラクティブEQ（削る方針）を基本にする：不要な低域や共振をカットしてから必要に応じてブーストする。カットでスペースを作ることで全体の透明感が増します。
- ハイパス（ローカット）を積極的に使う：太い低域が不要なトラック（ボーカル、ギター、シンセの一部など）には20〜200Hz付近でハイパスを入れて低域の積み重なりを防ぎます。
- ソロではなく“文脈で聴く”こと：EQの効果はソロでの印象とミックス全体での印象が異なるため、必ず他の楽器と一緒に聴いて調整します。
- 共振は狭くカット：ピーキーな共振はQを高めにして-3〜-6dBで削ると効果的です。
- ブーストは幅広く：音色を美しく整える目的でブーストする場合はQを低め（広帯域）にして柔らかく持ち上げるのが定石です。
楽器別の周波数目安（概算）
以下は一般的な目安です。楽曲ジャンルや楽器の演奏法で変わるため、必ず耳で確認してください。
- キック：アタック感は2–5kHz、ローエンドの重さは50–100Hz
- ベース：押し出しは700Hz付近、低域の存在感は40–120Hz
- スネア：ボディは150–250Hz、スナップは2–4kHz
- アコギ/エレキ：低域のもたつきは100–250Hz、明瞭さは2–5kHz
- ボーカル：明瞭さは1–3kHz、シビランス（歯擦音）は5–8kHz付近で処理
- ハイハット/シンバル：煌めきは8–12kHz以上
ダイナミックEQとマルチバンド処理
通常のEQは常に一定のゲイン変化を適用しますが、ダイナミックEQは入力レベルによって動作し、特定の帯域が一定のレベルを超えたときだけ削るといった柔軟な処理が可能です。これにより、例えばボーカルの一時的なシビランスやベースの急激なピークをよりナチュラルに抑えることができます。マルチバンドコンプレッサーも帯域ごとのダイナミクス制御を行うため、EQと併用することで強力なミックスコントロールが可能です。
視覚化ツールの活用：スペアナとコルレションメーター
耳を第一にするのは当然ですが、スペクトラムアナライザー（スペアナ）で周波数分布を視覚的に確認することは有用です。特にマスタリング時はリファレンストラックと比べてどの帯域が過剰または不足しているかを数値的に見ることで判断が早くなります。また、位相関係をチェックするためのコルレションメーターやステレオイメージャーも活用しましょう。
よくある誤解と注意点
- 「たくさんブーストすれば良くなる」は誤り：過度なブーストはクリッピングや不要な歪み、マスキングを招きます。まずはカットで調整する。
- ソロでの最終判断は危険：ソロでは効果的でもミックスではバランスを崩すことがあります。
- 線形位相EQは万能ではない：位相の整合性を保てるが、プリリンギングや処理負荷、音色の変化に注意。
- アナログサチュレーションの代替にならない場合がある：一部のアナログEQはトランスや回路特性で独特の倍音やコンプレッションを与え、それが音楽的に有利に働くことがあります。デジタルEQとアナログEQの選択は目的次第です。
マスタリングにおけるEQの使い方
マスタリングでは、トラック全体のバランスを整えるために少量のEQを用います。大きなカットやブーストはミックスの問題を隠してしまうため、通常は±1〜2dB程度の微調整を行うことが多いです。線形位相EQが選ばれることもありますが、最終的にはモニタリング環境と楽曲の性格に合わせて選択します。ステレオイメージに対してMid/Side（中央/側面）EQを使い、中央のボーカルをクリアにしたり側面の空間感を調整したりするのも有効です。
ワークフローの提案
- トラックの録音・トラッキング時に可能な限りクリーンな音を得る（不要な帯域を録音段階で排除）。
- まずはハイパスなどで不要な低域を削る。
- 問題となるピークを狭帯域でカットする（Q高め）。
- 音楽的に必要な色付けは広帯域でゆるやかにブーストする（Q低め）。
- ミックス全体でのバランスを確認し、必要であればダイナミックEQやマルチバンドで微調整する。
まとめ
EQは単純に見えて奥が深く、理論と耳の両方で判断するスキルが求められます。基本原則は「問題は切る、音楽性は広く持ち上げる」「文脈で調整する」「視覚ツールは補助」といった点です。さらに位相や線形位相処理、ダイナミックEQといった進化した手法を理解することで、ミックスとマスタリングの幅が大きく広がります。
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参考文献
- Equalization (audio) — Wikipedia
- iZotope — EQ Guide for Mixing
- FabFilter — Equalizer Tutorial
- Sound On Sound — EQ Techniques
- Waves — What is EQ?
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