モルデント完全ガイド:記譜・歴史・演奏法と現代的解釈

モルデントとは何か

モルデント(mordent)は西洋音楽における代表的な装飾音(オーナメント)の一つで、主音(主となる音)とその隣接音(上または下の補助音)を素早く行き来して音楽に短い装飾的効果を与えるものです。日本語では「モルデント」「下モルデント」「上モルデント(反モルデント/inverted mordent)」と呼ばれることが多く、バロックから古典派、ロマン派に至るまで様々な時代の楽譜に登場します。

記譜と記号

モルデントは通常、小さな波線(〜)により表されます。波線だけが付される場合、多くの楽典・編集では「下モルデント(lower mordent)」を意味することが一般的です。一方、波線に縦一本の縦線や斜線が加わる記号は「上モルデント(inverted mordent/Prallmordent)」を示すことが多く、主音の上の補助音を用いて動きます。ただし、この記号解釈は時代や国、版により異なるため、原資料や版注を確認することが重要です。

歴史的背景と文献に見る扱い

モルデントの実践はバロック期に詳細に論じられ、その解釈は作曲家や地域、時代で変わりました。18世紀の演奏法書は装飾音の速度や始め方・終わり方について具体的な指示を残しており、代表的な文献にクヴァンツ(Quantz)やC.P.E.バッハ(Carl Philipp Emanuel Bach)の著作があります。これらはモルデントを含む装飾音を楽曲に即して柔軟に扱うことを推奨しており、単に定型的に演奏するだけではなく調性・拍節感・テンポに応じた変化が必要であると示しています。

下モルデントと上モルデントの違い

簡潔に言えば下モルデントは主音とその下の近接音(例えば主音がCならB)との往復を行い、上モルデントは主音と上の近接音(CならD)との往復を行います。音楽理論的には、どちらを使うかで和声感が変わるため、和声進行や旋律線の方向性に合わせて選ぶ必要があります。具体例:主音Cの下モルデントならC–B–C、上モルデントならC–D–Cと短く動きます。

拍とリズム上の位置(拍頭/拍裏)

モルデントの開始位置(主音の直前か同時か)は時代や楽器により異なります。バロック期には装飾が拍頭に掛かる場合が多く、装飾が拍の先行音として聞こえることもありました。古典派以降は拍の中での位置付けがより整理され、拍に対する装飾の発音が明確に管理されるようになりました。実践上は楽曲の拍感を崩さないよう、テンポに応じて「一回の往復で終える短い形(主-補-主)」か「複数回往復する(遅めのテンポで)」かを判断します。

和声的配慮と不協和音への影響

モルデントは隣接音を瞬間的に含むため、和声の性格を一時的に変化させます。例えば下モルデントで補助音が和音の外側の不協和を生む場合、和声進行によっては装飾が不自然になることがあります。したがって、編集や実演時には和声的に不自然でないかを確認し、必要ならば上・下どちらの補助音を選ぶ、あるいは装飾を省く判断も必要です。

楽器別の奏法差

  • 鍵盤楽器(ハープシコード・チェンバロ・ピアノ):ハープシコードでは音量の変化が乏しいため、短く明瞭に行うのが基本。ピアノでは指の独立性やダンパーで色彩を付けられるため、モルデントを短く刻むか、やや長めに反復して装飾的効果を出すことが可能です。
  • 弦楽器(ヴァイオリン等):弓遣いで表現する。ブレスや弓の方向転換を用いて素早く隣接音を含めることで、音色の違いをつけられます。
  • 管楽器・声楽:呼吸や舌の使い方で短い装飾を行う。声の場合は音の滑らかさを損なわないよう注意し、言葉の語尾やアクセントと干渉しないようにします。

他のオーナメントとの比較

よく比較される装飾にトリル(trill)やターン(turn)があります。トリルは主音と上の補助音を中心に素早く反復する長めの装飾を指し、ターンは主音周辺を順に動く4音程度の装飾です。モルデントは一般に短く瞬間的であり、トリルよりも簡潔な形として機能します。

表記上の注意点(臨時記号の扱い)

補助音が半音変化する(臨時記号が付く)場合、古典・バロックの実践では長年にわたり議論がありました。現代の校訂では補助音に小さな臨時記号を装飾符の上、あるいは主音の上に示すことが一般的です。原写本に臨時記号が明記されている場合はそれに従い、記載が無い場合は調性や和声上自然な音を選ぶのが通常です。

時代別・地域別の慣習

バロックイタリアでは装飾に自由度が高く、奏者の判断で変化させるのが普通でした。ドイツ系の鍵盤家(C.P.E.バッハら)は装飾の記述を比較的体系化しており、フランスバロックにはフランス特有の発音感や遅延(agréments)が存在します。古典派以降、楽譜に書かれる装飾の意味が編曲・校訂によって標準化されるケースが増えましたが、それでも作曲家ごとの慣習差は残ります。

演奏者のための実践的アドバイス

  • 楽譜の版や原典を確認する:記号の意味(下/上)や臨時記号の表記を確認する。
  • テンポに応じて長さを決める:速いテンポでは1往復(主-補-主)で済ませる、遅いテンポでは2往復以上用いることを検討する。
  • 和声と調和させる:補助音が和声上で問題を起こさないか必ず耳で確かめる。
  • 楽器に応じたアーティキュレーションを工夫する:ピアノなら指の重みと解放、弦は弓の方向転換、管は舌のアタックを活かす。
  • 文献を参照する:C.P.E.バッハやQuantzの演奏法書は時代的慣習を理解するうえで有益です。

校訂と現代演奏の実例

現代のウルテクスト出版社(Henle、Bärenreiterなど)は原典に基づいた注記を付け、装飾の解釈ガイドを示すことが多いです。学究的な演奏では原典に忠実であることが重視されますが、同時に現在の楽器奏法・聴衆の感覚を考慮してバランスを取ることが重要です。例えばバッハの鍵盤作品で下モルデントと上モルデントが混在する場合、奏者は局所のフレージングと和声を優先して解釈を決めることが多いです。

練習法と具体的エクササイズ

モルデント習得のための基本練習は以下の通りです:ゆっくりとしたテンポで主音→補助音→主音の形を均一に反復し、徐々に速度を上げる。拍の上での位置を変えながら練習し、拍頭・拍裏での響きの違いを体感する。また、臨時記号や和声が変化する箇所では補助音の選択が変わるので、和声を同時に確認しながら練習することが有効です。鍵盤奏者は指順(フィンガリング)を工夫して均一な音価を出す練習を重ねてください。

装飾の現代的応用と注意点

現代の古楽復興運動以降、歴史的慣習に基づく実演が広まりましたが、同時にコンテンポラリーな解釈も許容されています。重要なのは装飾が音楽的に説得力を持つことです。過度に装飾を加えすぎるとフレーズの明瞭さを損なうため、用法と量のバランスを常に意識してください。

まとめ

モルデントは短く効果的な装飾で、記譜・演奏・解釈には時代的・地域的差異があります。原典や演奏法書を参照し、和声・拍感・楽器の特性を踏まえたうえで柔軟に解釈することが望ましいです。具体的な実践では、テンポに応じた長さ、補助音の選択、演奏技法の最適化が鍵になります。

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参考文献