ボサノヴァ入門:歴史・音楽理論・名盤・演奏のコツまで徹底解説
ボサノヴァとは
ボサノヴァは20世紀半ばにブラジルで生まれた音楽スタイルで、サンバのリズム感とジャズの和声感覚を融合させたものです。ポルトガル語で「新しい傾向」「新しい感触」を意味する言葉が示す通り、従来の大衆舞踊音楽とは異なる洗練された美意識と内省的な表現を持ち、静かな歌唱と繊細なギター・コンピング(伴奏)を特徴とします。
歴史と誕生の背景
ボサノヴァは1950年代後半、リオデジャネイロの中産階級の若者たちの間で誕生しました。都市化と近代化が進むブラジルの社会で、モダニズム的な美意識を反映する新しい音楽として育まれました。重要な出発点として広く挙げられるのが、ジョアン・ジルベルトによる1958年〜1959年の初期録音で、特にシングル/アルバム『Chega de Saudade』がしばしば“最初のボサノヴァの記録”と見なされています。
作曲家としてのアントニオ・カルロス・ジョビン(トム・ジョビン)と詩人ヴィニシウス・ヂ・モライスは、このジャンルを形作る上で決定的な役割を果たしました。1960年代初頭にはアメリカやヨーロッパでも注目を集め、スタン・ゲッツとチャーリー・バードの『Jazz Samba』(1962)や、スタン・ゲッツとジョアン・ジルベルトによる『Getz/Gilberto』(1964、アストラッド・ジルベルトの参加で「イパネマの娘」が世界的大ヒット)によって国際的なブームが起きました。
音楽的特徴:リズム
リズム面ではボサノヴァはサンバの影響を受けつつ、より内向的で控えめな表現を取ります。サンバが強烈な打楽器群とダンス寄りのビートを特徴とするのに対して、ボサノヴァはブラシや軽いパーカッション、あるいはギターだけでも完結するような繊細さを持ちます。拍子は伝統的に2/4の感覚を残しつつ、楽譜上では4/4表記されることも多く、重要なのは“スウィングするような微妙なズレ”と“シンコペーション”です。
音楽的特徴:和声とメロディ
和声(コード進行)はジャズの影響が強く、メジャーセブンス、マイナーセブンス、ディミニッシュやテンションを含む和音が頻出します。コードの動きはしばしば円運動や半音進行を含み、短いフレーズのなかで豊かな色彩を作り出します。メロディは派手さを避け、語りかけるような自然体の歌い回しが好まれます。歌詞のテーマは恋愛、郷愁(サウダージ)、自然や都市の情景など感覚的・詩的なものが中心です。
ギター・テクニック(ジャオ・ジルベルト様式)
ギターはボサノヴァの核です。代表的なスタイルは、親指でベース音を弾き(オンビートとオフビートを交互に保つことが多い)、人差し指・中指・薬指で高弦を弾いてシンコペーションのコードを入れるというものです。音色はミュート気味で、サステインを抑え、パーカッシヴなタッチを交えて“語るように”伴奏するのが特徴です。具体的な練習ポイントは次の通りです:
- 親指でベースライン(ルートと5度やオン・ザ・オフのアクセント)を確実にキープする。
- 右手の指の独立性を鍛え、ベースとコードを同時に安定して鳴らす。
- コードボイシングはテンションを含めた開放弦とポジションコードを組み合わせる。
- 軽いブラッシングやパーカッシヴなタッチ(掌や指での軽い打鍵)でダイナミクスを作る。
代表的な曲・アルバム・人物
必聴の人物と作品を挙げると:
- ジョアン・ジルベルト(João Gilberto)—『Chega de Saudade』ほか。ギターと歌のスタイルを確立した人物。
- アントニオ・カルロス・ジョビン(Antônio Carlos Jobim)—『Wave』『The Girl from Ipanema(作曲者)』など。作曲家として国際的に知られる。
- ヴィニシウス・ヂ・モライス(Vinícius de Moraes)—詩人/作詞家。多くの名曲でジョビンと共作。
- スタン・ゲッツ/チャーリー・バード—『Jazz Samba』(1962)。米国でのボサノヴァ普及に貢献。
- Getz/Gilberto(1964)—スタン・ゲッツとジョアン・ジルベルト、およびアストラッド・ジルベルト参加のアルバム。国際的ヒットを生んだ作品。
- エリス・レジーナ&トム・ジョビン—『Elis & Tom』(1974)。ブラジル音楽の深みを示す名盤。
歌詞・表現の特徴
歌詞はしばしば“サウダージ(saudade)”という感情をテーマにします。これは単なる郷愁ではなく、失われたものへの深い想いと穏やかな切なさを含む概念です。歌唱法は抑制的で、余韻や間(マタイム)を大切にします。録音・マイクワークでも“近接して囁くように歌う”スタイルが好まれ、リスナーとの親密さを重視します。
ボサノヴァが世界にもたらした影響
ボサノヴァは1960年代にジャズやポップスへ大きな影響を与え、ウェストコースト・クールジャズとも親和性が高いことから多くのジャズ・ミュージシャンが取り上げました。また、1990年代以降のエレクトロニカやラウンジ系の流行とも結びつき、“ニュー・ボサ(Nu Bossa)”や“ボサ・トロニカ”的な派生を生みました。現代でもベベル・ジルベルトやマリーザ・モンチ、ロバート・グラスパーなど多様なアーティストがボサノヴァの要素を取り入れ続けています。
演奏と練習の実践アドバイス
ギター奏者向け:
- まずテンポを遅くして親指のベースと右手のシンコペーションを分けて練習する。
- メトロノームやドラムトラックに合わせ、スウィング感よりも“微妙な押し引き”を体得する。
- 和声に関しては、ルート音に対するテンション(9th、13th等)を使ったボイシングを学ぶと表現の幅が広がる。
歌手向け:
- 歌詞を口語的に“語る”練習をし、過度なビブラートや強い発声を避ける。
- マイク技術でダイナミクスをコントロールし、近接唱法を活かす。
簡単なコード例(練習用)
典型的なボサノヴァ進行に多いのは、II-V-Iの連結や長七・短七を多用するパターンです。例えばキーCの簡単な例:
- Dm7 | G7(alt) | Cmaj7 | Cmaj7
- Am7 | D7 | Dm7 G7 | Cmaj7
このような進行で親指のベース(ルートと5度)と右手のシンコペーションを組み合わせて練習してください。
現代のボサノヴァとリバイバル
近年は復刻盤やデジタル配信を通じてクラシック期の名盤が再評価されるほか、エレクトロニカやヒップホップとのクロスオーバー作品も増えています。ブラジル国内ではトロピカリアやMPB(Música Popular Brasileira)と共に進化を続け、国際的にはジャズやポップの一ジャンルとして定着しています。
まとめ
ボサノヴァは「控えめでありながら深い表現」「サンバのリズム感とジャズの和声感覚の融合」という2つの対比を内包する音楽です。スタイルを習得するには、まずリズムの感覚(ベースとシンコペーション)を身体に落とし込み、次に和声の色彩(テンションやボイシング)を学ぶことが近道です。名盤を繰り返し聴き、歌詞の言葉遣いや発音、呼吸の使い方も観察すると良いでしょう。
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参考文献
- Britannica - Bossa nova
- Wikipedia - Bossa nova
- AllMusic - Bossa Nova Overview
- Wikipedia - João Gilberto
- Wikipedia - Antônio Carlos Jobim
- Wikipedia - Getz/Gilberto
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