サウンドスケープ入門:音の風景を読み解き、設計するための理論と実践
サウンドスケープとは何か
サウンドスケープ(soundscape)は、人間を含む生物と人工環境が作り出す「音の風景」を指す概念です。視覚的な風景(ランドスケープ)と同様に、特定の場所や時間における音の総体をとらえ、その質や機能、受け手の認知的・感情的反応までを含めた広い意味をもっています。単に音圧レベルや周波数成分を測るだけでなく、音が文化や記憶、行動に与える影響を含めて評価する点が特徴です。
起源と歴史的背景
「サウンドスケープ」という語と概念は、カナダの作曲家で音響学者のR. Murray Schafer(R・マレー・シェーファー)によって広められました。彼は1970年代にワールド・サウンドスケープ・プロジェクト(World Soundscape Project, WSP)を立ち上げ、都市や田園の音環境を記録・分析する活動を通じて、音環境の保存と改善の重要性を提唱しました。以降、音響生態学(soundscape ecology)という学際分野が生まれ、生態学、音響工学、都市計画、心理学、デザインが結びついて発展しています。
サウンドスケープの構成要素
音響的な要素は一般に以下のように分類されることが多いです。
- ジオフォニー(geophony):風、雨、川の流れなどの自然の非生物起源の音。
- バイオフォニー(biophony):動物や昆虫など生物由来の音。鳥のさえずりやカエルの鳴き声などが含まれます。
- アンスロポフォニー(anthrophony)または人為的音:交通音、機械音、音楽、会話など人間活動に起因する音。
これらが重なり合うことで場所固有のサウンドスケープが形成され、各要素の比率や時間変化がその印象を大きく左右します。
測定と分析手法
サウンドスケープ研究では、物理的測定と人間中心の評価を組み合わせることが重要です。物理的な測定には、音圧レベル(dB)、スペクトラム解析、時間領域の指標(最大値、平均値)などの定量データが含まれます。一方で音の質や心地よさを評価する際は、サウンドウォーク(現地で音を聴きながら記録・議論する手法)、アンケート、主観評価尺度(快適性、賑やかさ、自然感など)といった人間中心の手法が用いられます。
音響生態学ではさらに、録音データに基づく自動解析指標が発展しています。代表的な指標にはAcoustic Complexity Index(ACI)、Bioacoustic Index(BI)、Normalized Difference Soundscape Index(NDSI)などがあり、特に生物音と人為音のバランスを数値化して生態系の健全性や人間活動の影響を評価するために使われます。スペクトログラムやメル周波数ケプストラム(MFCC)などの音響特徴量も、機械学習と組み合わせての解析に有効です。
ISOと標準化
近年、サウンドスケープは国際標準化の対象にもなっています。ISO 12913シリーズはサウンドスケープの定義、概念枠組み、データ収集・解析方法についての国際的なガイドラインを提供しており、音環境の評価と管理を体系化するための重要な参照となっています。これにより、研究者や実務者が共通のフレームでデータを共有し、比較可能な知見を蓄積する基盤が整いつつあります。
知覚・心理への影響
音は注意や情動、認知機能に直接的な影響を及ぼします。自然音(流水、鳥の声など)はストレス低減やリラクゼーション効果をもたらし、集中力や創造性を向上させるという研究もあります。一方で騒音(高レベルの交通音や重機音)は健康被害や睡眠障害、認知機能の低下を引き起こすことが示されています。したがってサウンドスケープの評価は、音圧の許容値だけでなく「どのような音か」「いつ、誰が、どのように聴くか」といった文脈を考慮する必要があります。
都市計画・建築での応用
都市や建築の設計においてサウンドスケープを積極的に取り入れる動きが進んでいます。騒音対策としての遮音・吸音にとどまらず、音のポジティブなデザイン(サウンドマスキング、音の誘導、景観音の創出)が注目されています。公園の水景を利用した騒音遮蔽、街路樹による生態音の復元、建物配置やファサード設計による反響の制御など、音の質を向上させる設計手法は多岐にわたります。
文化と記憶としてのサウンドスケープ
サウンドスケープはその土地の歴史や文化、記憶とも深く結びついています。伝統的な市街地の鐘の音や祭りの太鼓、地域固有の生物音はコミュニティのアイデンティティを形成します。一方で都市化や環境変化により失われる音(消えゆく声、消えゆく生物音)を記録・保存することは、文化遺産の一部としての価値を持ちます。サウンドアーカイブやサウンドマッピングは、こうした音の記憶を未来へ伝える手段です。
技術とツール
フィールド録音用の高品質なレコーダーやステレオ/バイノーラルマイク、音圧レベル計、スペクトラム解析ソフト(R、Pythonのライブラリ、専用ソフトウェア)などがサウンドスケープ研究で用いられます。近年はIoTデバイスや低コストのセンサーを用いた長期モニタリング、クラウドでのデータ共有、機械学習を用いた自動分類・異常検知が普及し、スケールの大きな環境監視が可能になってきました。
実践的なアプローチ:サウンドウォークとサウンドマッピング
実務では、まず現地でのサウンドウォークを行い、録音と同時に参加者の主観的評価を収集します。その後、録音データを時間・空間で可視化するサウンドマッピングを行うことで、問題点や改善余地が明らかになります。サウンドマップは都市計画会議や住民ワークショップでの共有ツールとして有効で、具体的な設計提案(音のバッファー帯の設置、ランドスケープデザインの変更、イベントスケジュールの調整など)に結びつきます。
事例と応用分野
サウンドスケープの応用は多岐にわたります。都市環境における居住性向上、観光地での環境音保全、自然公園での生態モニタリング、病院や福祉施設での療養環境改善、博物館・展示での音による演出、ゲーム・VRでの臨場感設計などです。たとえば、自然音を意図的に導入して市街地のストレスを軽減する事例や、道路計画の際に音の可視化を用いて住民合意形成を図るなど、政策・設計レベルでの実装が進んでいます。
課題と今後の展望
サウンドスケープ研究にはいくつかの課題があります。第一に主観評価の文化差や個人差が大きく、普遍的な評価基準の設定が難しい点。第二に大量の録音データの解析と長期モニタリングに伴うデータ管理の問題。第三に都市開発や気候変動による生態系変化が音環境に与える影響を長期的に追跡する必要性です。しかし、センサーネットワークとAI解析の進歩、ISOなどによる標準化の進展により、政策決定や設計への実装はさらに加速すると見られます。また、サウンドスケープは人間中心の持続可能な都市づくり(人に優しい都市設計)や生物多様性保全の新たな指標としての役割が期待されています。
実践のためのチェックリスト
- 現地調査を行い、短期録音と長期モニタリングを組み合わせる。
- 物理指標(SPL、スペクトル)と主観評価(アンケート、ワークショップ)を併用する。
- ジオフォニー、バイオフォニー、アンスロポフォニーの比率を把握し、改善目標を明確にする。
- 設計介入(植栽、水景、構造物の配置)を試験的に行い、効果を測定する。
- コミュニティと連携し、文化的価値の保全を図る。
まとめ
サウンドスケープは、単なる騒音管理を越えた「音の環境」として、人間の健康・福祉、文化、自然環境の保全に深く関与する領域です。物理的計測と人間中心の評価、そして設計的介入を組み合わせることで、より良い音環境を作り出すことが可能です。都市の持続可能性や生物多様性の指標としての応用も進んでおり、今後ますます実務と研究が連携する重要な分野となるでしょう。
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参考文献
- Soundscape - Wikipedia
- R. Murray Schafer - Wikipedia
- World Soundscape Project - Wikipedia
- Pijanowski, B.C. et al. (2011) "Soundscape Ecology: The Science of Sound in the Landscape" — BioScience
- Bernie Krause / The Great Animal Orchestra - Wikipedia


