RS-485入門と実践ガイド:規格・配線・トラブル対策を徹底解説
はじめに
RS-485(EIA/TIA-485、ANSI/TIA/EIA-485-A)は、産業機器のシリアル通信で広く使われる差動伝送の物理層規格です。長距離・多点接続・ノイズ耐性を求められる環境での利用に適しており、ModbusやBACnet、Profibus(歴史的には)など多くの上位プロトコルで採用されています。本コラムでは規格の基本から配線・設計の実務、トラブルシューティングまでを深掘りします。
RS-485の基本仕様と特性
RS-485は差動(バランスド)信号を1対のツイストペア線で送ります。差動伝送によりコモンモードノイズに強く、長距離伝送が可能です。代表的な仕様は次の通りです。
- 物理層:差動双方向(2線=半二重、4線=全二重)
- 電気的特性:受信器のコモンモード範囲は規格上約-7V〜+12V(実装により差異あり)
- 受信閾値:受信器は通常、差動電圧VA−VBが+200mV以上を論理“1”(マーク)、−200mV以下を論理“0”(スペース)として判定します
- ドライバ出力:負荷(典型54Ω両端終端)に対して最低1.5Vの差動電圧を出力できることが求められます
- ノード数:規格上は最大32ユニットロード(標準トランシーバでの理論値)。ただし低ユニットロード(1/8ULなど)デバイスを使用すれば128台や256台以上の接続が可能
- 伝送距離と速度のトレードオフ:短距離では数Mbps〜10Mbpsクラスでの伝送が可能、長距離(1.2km程度)では100kbps程度が実用的
差動伝送とコモンモード
差動信号はライン間の電位差で情報を伝えます。これにより、両線に等相で重畳するノイズ(コモンモードノイズ)は差として打ち消され、受信器が正しいデータを復元できます。RS-485の受信器はかなり広いコモンモード範囲を許容するため、接地差やノイズの多い環境でも安定化しやすいのが利点です。
トポロジと配線のルール
RS-485は原則としてバス(デイジーチェーン)接続を採ります。スター接続や長いスタブ(枝線)は反射や信号歪みを招くため避けるべきです。典型的な配線ルールは次の通りです。
- ツイストペアの使用:線間の特性インピーダンスはおおむね100〜120Ωのケーブルを用いる
- 終端抵抗:バスの両端に特性インピーダンスと等しい終端抵抗(典型120Ω)を装着し、反射を抑える
- スタブ長の最小化:分岐(スタブ)は極力短く(数十cm以下が目安)する。長いスタブは反射源となる
- 接地:1点アースまたは適切な接地設計を行う。複数箇所での直接接地はグランドループを招き干渉や高電流を引き起こす可能性がある
終端とバイアス(フェイルセーフ)
無通信状態のバスでラインの状態を確定させるため、終端に加えてバイアス(プルアップ/プルダウン)を設けます。送信が無い時に受信器がフローティングにならないよう、A線側をVCCへ、B線側をGNDへ軽く引っ張る(あるいはその逆)構成で、受信のデッドゾーン(差動電圧が±200mV付近)に入らないようにします。バイアス電流は終端抵抗と組合せたときに通信への影響(過度の電流消費やドライバの負担)を生じさせない値に設定する必要があります。
半二重と全二重
RS-485は2線で半二重通信を行うのがコスト・配線数の面で一般的です。マスター/スレーブ方式でトランシーバの送受切替(DE/REピン)を制御します。全二重が必要な場合は送信用と受信用にそれぞれ対線を用いる4線方式(送信対・受信対)を採用します。
データレートと距離の実用指針
伝送速度と距離はトレードオフの関係にあります。目安としては次のようになります(環境や機器、ケーブル品質により変動します)。
- 10 Mbps前後:短距離数メートル〜数十メートルで実現可能
- 1 Mbps:数十〜数百メートルで実用的
- 100 kbps:1.2 km(1200 m)程度までの運用が一般的な目安
実際の設計では、ケーブルの減衰特性、反射、伝送波形の歪み、ノイズ環境、コネクタや分岐の影響を評価して余裕を持った速度設定をすることが重要です。
ノード数とユニットロード
規格上の“32ユニットロード”は古い規格に基づく制約で、現代のトランシーバは低ユニットロード(1/4UL、1/8UL等)を実現しています。これにより理論的には多くのノードを並列接続できますが、実際には終端や配線、ノイズ耐性の観点から上限を設けるのが望ましいため、設計時にはメーカーの推奨や実環境での試験を行ってください。
代表的な上位プロトコル
RS-485は在来の通信物理層として多数のプロトコルで使われています。代表例:
- Modbus RTU:産業用機器で非常に広く使われるマスター/スレーブ型プロトコル
- BACnet MS/TP:ビルオートメーション向けのトークンパッシング系プロトコル
- Profibus(一部仕様):歴史的にRS-485物理層を採用したフィールドバス
実務的な設計のポイント
以下は現場で役立つチェックリストです。
- ケーブル選定:シールド付きツイストペア(シールドは片側接地または機器側のみ接地)を推奨。特にノイズ源近傍ではシールドが有効
- 終端の配置:バスの両端だけに終端抵抗を配置する。複数終端や不適切な値は信号劣化を招く
- バイアスの設置:マスター側など一箇所でバイアスを設定し、複数個所での固有バイアスは避ける
- 接地とサージ保護:外部雷やサージが想定される場合はコモンモードサージ保護やアイソレーションを検討する
- 電源・アイソレーション:異なる電源系統にまたがる場合は光絶縁やトランス絶縁を利用してグランドループを低減する
- ドライバの選定:短絡保護・過電流保護・低パワーモード・低ユニットロードなど、用途に応じたトランシーバ選定を行う
代表的なトラブルと対処法
よくある問題とその対策は次の通りです。
- 通信断:A/Bのラインが入れ替わっていないか、終端が交換されていないかを確認する
- ノイズによる誤動作:シールドや適切な接地、サージプロテクタを導入する。差動バランスが崩れていないか確認
- スタブやスター接続による反射:可能であれば配線をデイジーチェーンにし、スタブは短くする。終端の有無を確認
- バスのフローティング(アイドル時の不安定):適切なバイアス回路(プルアップ/プルダウン)を導入する
- グランドループでの高電流:アイソレーションや適切な接地方式(単点接地など)を採用する
まとめ
RS-485は産業用途での堅牢な物理層として非常に有用です。差動伝送による耐ノイズ性、長距離通信、複数ノードの接続といった利点がある一方で、終端、バイアス、配線トポロジ、接地などの設計上の落とし穴に注意が必要です。設計段階でこれらのポイントを押さえ、現場での試験を十分に行うことで安定した通信システムが構築できます。
参考文献
- RS-485 - Wikipedia
- Modbus over Serial Line V1.02 (Modbus Organization)
- Understanding Multipoint RS-485 (Texas Instruments, アプリケーションノート)
- RS-485 and Differential Signal Routing (Analog Devices)
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