オールドハリウッドとは何か——黄金期の成立・仕組み・遺産を読み解く
序文:オールドハリウッドをどう理解するか
「オールドハリウッド(Old Hollywood)」は一般に1920年代末のトーキー化以降から1950年代〜60年代初頭にかけてのアメリカ映画の時代を指し、制作体制、興行慣行、スターシステム、ジャンルの確立といった映画産業の様相が定着した時期を意味します。本稿では時代背景、仕組み、代表的な人物・作品、技術的進歩、社会的影響、衰退とその遺産までを史実に基づいて整理し、現代の映画文化へとつながる論点を丁寧に解説します。
起点:サイレントからトーキー、産業としての転換
オールドハリウッドの始まりは、一般的に1927年のジャズ・シンガー(The Jazz Singer)の公開に伴う「トーキー(音声映画)」の普及を重要な転換点と見なします。音声の導入は撮影・配給・興行の全体構造を変え、技術投資のできる大手資本が台頭しました。映画が娯楽産業として全国的に均一な文化を形成する基盤がここで整ったのです(出典参照)。
スタジオシステムと垂直統合
オールドハリウッドを語る上で不可欠なのが「スタジオシステム」です。MGM、Paramount、Warner Bros.、20th Century Fox、RKO などの主要スタジオは制作(プロダクション)、流通(配給)、興行(自社館による上映)の垂直統合を進め、契約俳優(契約プレイヤー)・監督・脚本家を抱え込みました。これにより大量生産的な制作が可能となり、毎週のように新作が公開されるサイクルが形成されました。
特徴的な運用方法には以下がありました:
- 長期独占契約:スターやクリエイターを長期で囲い込み、スタジオがイメージ管理を行った。
- ブロックブッキング:複数作品をパッケージ化して興行館に販売する手法で、新作の上映機会を保証した(反トラスト訴訟の争点となる)。
- 社内分業体制:脚本、演出、セット、衣装、撮影が組織的に分業され、効率的な映画製作が行われた。
検閲とモラル:プロダクションコード(ヘイズコード)
1930年に定められ、1934年に厳格に運用が始まったモーション・ピクチャー・プロダクション・コード(ヘイズコード)は、映画内容の自主規制基準でした。犯罪や性、道徳観に関する描写が制限され、スタジオは検閲を前提に脚本を改訂しました。このコードは物語の作劇やキャラクター造形に大きな影響を与え、暗示的表現やジャンル的な工夫が発達する要因ともなりました(出典参照)。
スターシステムと映画文化
オールドハリウッドのもう一つの柱がスターシステムです。スタジオは俳優を商品とみなし、徹底したイメージ戦略と広報で観客の支持を組織化しました。例としては、ルドルフ・ヴァレンティノからグレタ・ガルボ、クラーク・ゲーブル、キャサリン・ヘプバーン、バード・デイヴィスなど多様なスターが、個々の魅力とスタジオのブランド力で興行を牽引しました。
スターは映画そのものの価値を超え、雑誌・新聞・宣伝ポスターを通じて大衆文化の象徴となりました。同時に契約や私生活の管理といった側面で個人の自由は制約されることが多く、スターとスタジオの力関係は時に摩擦を生みました。
ジャンルの成熟と代表作
この時代に多くの映画ジャンルが完成形に近い様相を見せます。ミュージカル(『雨に唄えば』)、ウェスタン(ジョン・フォード『拳銃~』など)、フィルム・ノワール(1940年代の犯罪劇)、ロマンティック・コメディ、歴史大作といったジャンルが定着し、それぞれに洗練された語法と星の組み合わせが生まれました。スタジオはジャンルをテンプレート化してヒットを量産することでリスクを分散しました。
技術革新:カラー、スコープ、音響の進化
技術面ではサウンドの普及に続き、テクニカラーによるカラー撮影、ワイドスクリーン(シネマスコープなど)や立体映像の実験が進みました。テクニカラーは1930年代から40年代にかけて着実に作品に取り入れられ、1950年代にはテレビへの対抗としてワイドスクリーンや大画面・大音響化が進行しました。これらの技術は映画の視覚表現を拡張すると同時に、製作コストと資本集約度を高めました(出典参照)。
政治・社会的な影響:黒人表象、黒listing、検閲の政治化
オールドハリウッドは同時に社会的な矛盾も抱えていました。アフリカ系アメリカ人や有色人種の表象はステレオタイプに限定されることが多く、出演の機会も制限されていました。また第二次大戦後の共産主義恐怖症(McCarthyism)によるハリウッド・ブラックリストは、脚本家・監督・俳優のキャリアを断つ事態を生み、芸術的自由と政治の関係を深刻に揺るがしました(出典参照)。
衰退の要因:反トラスト判決、テレビ、国際化
オールドハリウッドの体制が揺らぎ始めるのは1948年の米国最高裁判所による「United States v. Paramount Pictures」判決です。この判決ではスタジオの映画館所有やブロックブッキングが反トラスト法に抵触するとされ、垂直統合の解体が始まりました。さらに1950年代にテレビが急速に普及し、家庭での娯楽が拡大すると劇場映画の観客数が減少。これらに加え制作コストの高騰や観客の嗜好変化が相まって、従来のスタジオシステムは崩壊していきます。
遺産と再評価:保存・復元と現代映画への影響
オールドハリウッドの作品群は現在、映画史・文化史の重要な財産として保存・復元が進められています。アメリカではアメリカン・フィルム・インスティテュート(AFI)や国立フィルム登録簿、図書館・アーカイブによる保存活動が活発で、多くの古典が高品質に復元され復映されています。またオールドハリウッドのジャンル/語法、スター表現、撮影技法は現代の映画作りに継承され、リメイクやオマージュを通じて生き続けています。
評価の分裂:栄光と問題点を併せて見る
オールドハリウッドは映画産業の黄金期としてしばしば賛美されますが、同時に人種・性別の格差、表現の制限、スターの私人生活の管理といった負の側面も伴いました。歴史的・文化的文脈に照らして作品と産業慣行を再評価することが、現在の映画史研究における重要な課題です。
結び:現代との接点
オールドハリウッドは単なるノスタルジアの対象ではなく、映画産業の制度、ジャンル、マーケティング、観客文化が形成された基本構造を提供しました。今日のフランチャイズ文化、大手スタジオの興行戦略、スターのブランド化といった諸相は、オールドハリウッドの遺産を引き継ぎつつ変容したものと見ることができます。歴史的事実を踏まえた上で、その光と影を公平に理解することが重要です。
参考文献
- Britannica: Golden age of Hollywood
- Britannica: Motion-Picture Production Code (Hays Code)
- Oyez: United States v. Paramount Pictures, Inc. (1948)
- Britannica: The Jazz Singer (film)
- Britannica: Technicolor
- Britannica: Hollywood anti-communist blacklist
- American Film Institute (AFI)
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