Cloud-native Network Function(CNF)徹底解説:アーキテクチャ・導入・運用のベストプラクティス

はじめに:CNFとは何か

Cloud-native Network Function(CNF)は、ネットワーク機能をクラウドネイティブ設計原則に基づいて実装したソフトウェアコンポーネントを指します。従来の専用ハードウェアや仮想ネットワーク機能(VNF: Virtualized Network Function)がVM単位で提供されてきたのに対し、CNFはコンテナ化・マイクロサービス化され、Kubernetes(K8s)などのクラスタ上で稼働することを前提としています。主に通信事業者(Telco)における5Gコアやエッジサービス、企業ネットワークの高度化において注目されています。

VNFとの違い(なぜCNFに移行するのか)

CNFとVNFの主な違いは設計哲学と運用モデルです。

  • 軽量性と起動時間:コンテナはVMより小さく、起動・スケーリングが高速です。
  • マイクロサービス化:機能を小さなサービスとして分割し、独立してデプロイ・スケールできます。
  • Kubernetesネイティブ:ライフサイクル管理やサービスディスカバリ、自己回復をK8sの機能で賄えます。
  • CI/CDとの親和性:イミュータブルなコンテナイメージを利用した継続的デリバリが可能です。

これらにより運用効率、デプロイ速度、リソース利用効率が向上しますが、一方でリアルタイム性や高性能IOの確保、状態管理などで課題も生じます。

クラウドネイティブ原則とCNF設計

CNFでは以下のクラウドネイティブ原則が重要です。

  • コンテナ化:アプリケーションはコンテナイメージとして配布・実行されます(例: OCIイメージ)。
  • マイクロサービス:機能を分割し、小さなサービス単位で開発・デプロイ。
  • 宣言的なインフラ管理:KubernetesのマニフェストやHelmチャート、Operatorパターンで管理。
  • 自動化:CI/CDパイプライン、インフラのIaCで反復可能なデプロイ。
  • 観測性:メトリクス、ログ、トレースの一貫した収集と可視化。

主要コンポーネントと技術スタック

CNFを構成する代表的な要素と推奨される技術は次の通りです。

  • コンテナランタイム:containerdやCRI-O。
  • オーケストレーション:Kubernetes(K8s)— ネットワークポリシー、Podライフサイクル管理、スケジューリングを提供。
  • ネットワークプラグイン:CNI(Calico、Cilium、Flannel など)。特にCiliumはeBPFを活用した高性能なパケット処理とセキュリティを提供します。
  • ストレージ:CSIドライバで永続ボリュームを管理。ステートフルCNFはデータの永続化設計が重要。
  • サービスメッシュ:IstioやLinkerdなど。通信の可観測性、mTLS、トラフィック管理に有効です(ただし高スループット経路には注意)。
  • 高速IO技術:DPDK、SR-IOV、DPDKとK8sの統合手法やNUMA配置。ユーザープレーンの高スループットには不可欠。
  • オブザーバビリティ:Prometheus(メトリクス)、Grafana(可視化)、Jaeger/Zipkin(トレーシング)、ELK/EFK(ログ)。

ネットワーク性能の確保(DPDK、SR-IOV、eBPF)

通信設備向けのCNFではパケットスループットと低遅延が重要です。一般的なKubernetesのソフトウェアラウティングだけでは不足するため、以下の技術を組み合わせます。

  • DPDK:ユーザー空間で高速パケット処理を行い、パケット処理性能を大幅に改善します。コンテナ内で動作させる際はHugepages設定やCPUピニングが必要です。
  • SR-IOV:NICの仮想関数を直接Podに割り当ててバイパスI/Oを実現します。これによりVM並みの性能が期待できますが、移動性やマルチテナンシーの制約が生じます。
  • eBPF:カーネル内で高速にパケットフィルタリングやトレースを実行。CiliumのようなプロジェクトはeBPFを使って高効率なネットワークとセキュリティポリシーを実現します。

これらはトレードオフがあり、性能最優先ならSR-IOVやDPDKの導入を検討しますが、運用性や移植性の観点からはeBPFベースのアプローチが近年注目されています。

ライフサイクル管理とオーケストレーション

CNFはKubernetesのオブジェクトとしてデプロイしますが、Telco固有の要件(ライフサイクル、スケール、フェイルオーバー、リリース管理)を満たすためにOperatorパターンやCNF向けのMANO(NFV Management and Orchestration)との連携が鍵になります。

  • Operator:CRD(Custom Resource Definition)でCNF固有の操作を自動化します。スケール、セルフヒーリング、アップグレード手順をコード化できます。
  • CI/CD:イミュータブルイメージ、イナーバーティングテスト、Canary/Blue-Greenデプロイメントを活用して安全にリリースします。
  • NFVとの連携:ETSI NFVの概念(MANO)とKubernetesを統合するアプローチが増えており、ONAP、O-RANのようなエコシステムでもK8sとの連携が進んでいます。

観測性とトラブルシューティング

CNFは分散アプリケーションの集合であるため、以下の観点で設計・運用する必要があります。

  • メトリクス収集:PrometheusでPod/Node/CNIのメトリクスを収集し、アラートルールを定義。
  • ログ管理:Fluentd/Fluent Bitでログを集約し、Elasticsearchやクラウドのログ基盤へ転送。
  • 分散トレーシング:JaegerやOpenTelemetryでリクエストトレースを実装し、遅延やエラーの起点を特定。
  • ネットワークトポロジとパケットキャプチャ:必要に応じてtcpdumpやAF_XDPなどで低レイヤの解析を行う。

セキュリティと信頼性設計

Telco環境ではセキュリティ要件が厳しいため、下記を考慮します。

  • ゼロトラスト:mTLSやRBACで通信を保護し、認証・認可を厳格に実施。
  • ネットワーク分離:ネットワークポリシーやマルチテナント設計でトラフィックを隔離。
  • 脆弱性管理:コンテナイメージのスキャン(Snyk、Trivy)やランタイム保護を導入。
  • 障害対策:ステートフルなCNFはレプリケーションやデータ同期、チェックポイント機能を備え、フェイルオーバー計画を作成。

導入戦略とマイグレーションのベストプラクティス

既存のVNFからCNFへ移行するには段階的なアプローチが有効です。

  • 評価フェーズ:性能要件、依存関係、ステートの扱いを評価して適合性を判定。
  • プロトタイプ:重要なワークロードを小規模でCNF化し、性能・運用性を検証。
  • ハイブリッド運用:KubernetesとVMが混在する環境で徐々に移行。サービスメッシュやAPIゲートウェイで互換性を確保。
  • 自動化の構築:CI/CD、IaCを整備して再現性あるデプロイを実現。

テストと検証

CNFは通信品質やスループットが重要なため、以下のテストが必須です。

  • ロードテスト:スケールアウト/スケールイン時の挙動と性能を検証。
  • フォールトインジェクション:K8sのChaos Engineeringで障害時の回復性を評価。
  • ネットワークパフォーマンステスト:DPDK/SR-IOV有効時のレイテンシ・スループット測定。
  • 相互接続性テスト:他のCNFやコアネットワーク機能との相互運用を確認。

課題と将来動向

CNF導入には多くの利点がありますが、以下の課題があります。

  • 状態管理:ステートフルなネットワーク機能の配置・移動・スナップショットは依然難しい。
  • リアルタイム制約:Kubernetesの抽象とガーベジがレイテンシに影響する場合があるため、ハードウェア支援の併用が必要。
  • 運用の複雑さ:多様なコンポーネント(CNI、CSI、ServiceMesh、Operator等)の相互作用管理が求められる。

一方で、eBPFの成熟、KubernetesのSIG-TelecomやCNCFのCNF関連活動、O-RANや5Gのオープン化によりエコシステムは急速に進化しています。将来的にはさらに多くのTelcoワークロードがクラウドネイティブへ移行すると予想されます。

まとめ

CNFはネットワーク機能をより俊敏に、効率的に運用するためのアプローチです。設計にはクラウドネイティブ原則の適用、Kubernetesの活用、パフォーマンス要件に応じたハードウェア支援やeBPFの採用、そしてセキュリティと観測性の確保が不可欠です。導入は段階的に行い、十分なテストと自動化を通じて運用を安定化させることが成功の鍵となります。

参考文献