音圧処理の完全ガイド:ラウドネス、メーター、マスタリング実践と配信最適化
音圧処理とは何か — 背景と定義
音圧処理とは、楽曲の音量感(ラウドネス)やダイナミクスを意図的に調整する一連の工程を指します。主にミックスやマスタリング段階で行われ、コンプレッサーやリミッター、サチュレーションなどのエフェクトを用いて、曲の聞こえ方を最適化します。目標は単に“大きくする”ことではなく、楽曲の持つ表現や明瞭さを保ちながら再生環境や配信プラットフォームに合わせて調整することです。
なぜ音圧処理が重要か — ラウドネス戦争の教訓
1990年代から2000年代にかけてのいわゆる「ラウドネス戦争」は、単純に最大音圧を上げるために過剰な圧縮を行い、ダイナミクスが失われた結果、音質の低下や疲労感を招きました。近年はストリーミングサービスのラウドネス正規化(normalized playback)が普及したため、極端な音圧追求は逆効果になりつつあります。正しく音圧処理を行えば、再生環境での聞こえ方をコントロールでき、曲の意図や感情を忠実に伝えられます。
ラウドネスの測定単位と基準
音圧処理で基礎となる計測指標にはいくつかあります。主要なものを挙げます。
- LUFS(Loudness Units relative to Full Scale)/LKFS:ITU-R BS.1770規格に基づくラウドネス単位で、統合ラウドネス(Integrated Loudness)や短時間ラウドネス(Short-term、S)などの測定が可能です。放送や配信での基準として広く使われます。
- ピーク(Peak):サンプルごとの最大値を示す従来の指標。デジタル領域では0 dBFSが上限です。
- True Peak(真のピーク):デジタル信号をD/A変換した際に発生しうるインターサンプルピーク(再合成時のサンプル間での超過)を予測して測るピーク値。AACやMP3などのエンコードで頭打ちや歪みを避けるため重要で、ITU-R BS.1770では真のピーク計測法が取り入れられています。
- RMS(Root Mean Square):一定期間のエネルギー平均で、主観的な“音の強さ”に近い指標として使われます。
- Crest Factor(クレストファクター):ピーク値とRMS値の差で、ダイナミクスの幅を示します。値が小さいほど圧縮が強くなっていることを意味します。
主要規格と配信プラットフォームの目標値
いくつかの基準と現実的な配信目標を理解しておくことは重要です。
- 放送用基準:EBU R128は欧州放送向けに統合ラウドネス-23 LUFSを推奨しています。放送ではこのような厳格な基準が採られることがあります。
- ストリーミング:多くのストリーミングサービスは独自にラウドネス正規化を行います。一般的にはSpotifyが-14 LUFS(統合ラウドネス)付近を目標にノーマライズを行う旨のガイドラインを示しており、また真のピークの上限を-1.0 dBTP前後にすることが推奨されるケースが多いです。YouTubeも同様に正規化を行い、おおむね-13〜-14 LUFS付近に調整されると言われています。各サービスの挙動は変わるため、最新情報を確認してください。
音圧処理の主要テクニックとその使い分け
ここでは実際に現場で使われる代表的な処理とその目的、注意点を整理します。
- コンプレッション:ダイナミクスの範囲を狭めて平均音量を上げる。アタック/リリース/比率(ratio)を楽曲の性格に合わせて調整する。ドラムやボーカルの存在感を出すために使われる。過度な設定は音を潰すので注意。
- マルチバンドコンプレッション:周波数帯ごとに独立して圧縮できる。低域だけを抑えてボンつきを防ぐ、または中域の突出を和らげるといった処理に有効。ただし帯域分割による位相に注意。
- パラレル(ニューヨーク)コンプレッション:原音と強く圧縮した信号を混ぜることで、パンチ感を保ちながら密度を上げる。自然な表現を残せるため多用される。
- リミッティング(ブラickwall limiter):ピークを物理的に制限して音量を上げる最終段の処理。設定は目標LUFSと真のピークを両立させるように慎重に行う。スレッショルドとアウトプットゲインのバランス、及びリリース挙動が重要。
- アップワードコンプレッション:小さな信号を持ち上げる方式で、ダイナミクスを保ちつつ低音量を明瞭にするのに有効。
- サチュレーション/テープエミュレーション:倍音を加えて知覚上の音圧感を向上させる。過度に用いると歪みになるが、適度な彩りはミックスを豊かにする。
- 自動化(ボリューム/プラグインパラメータ):静的なワンセットの処理だけでなく、楽曲構成に合わせて部分ごとに調整することで表現力が高まる。
- ディザリング:ビット深度を下げる際に不可欠。16ビット配信用にマスタリングする際は、最後に適切なディザを施す。
実務的なワークフロー例
以下は一つの実践的な流れの例です。
- ミックス段階できちんとゲインステージングを行い、トラックごとのヘッドルームを確保する(‑6〜‑12 dBのマスター出力を目安)。
- 参照曲(リファレンス)を用いてスペクトルやラウドネスの目標を確認する。
- マスターチェーン:イコライザー(不要帯域の整理)→ マルチバンド/パラレルコンプレッサー(必要に応じて)→ サチュレーションで彩り → 最終的にリミッターで音量を揃える。
- メーターで統合LUFSと真のピークを確認。ストリーミングターゲットに合わせて調整する(例:Spotify向けであれば統合LUFS目安-14、真のピーク-1 dBTPなど)。
- エクスポート時に適切なビット深度/サンプルレートとディザを選択する。配信サービスに合わせたファイル形式(WAV/FLAC)で保存する。
よくある落とし穴と回避法
- 単純にRMSを上げるだけでダイナミクスが失われること。主観的な迫力は必ずしも数値と一致しないため、耳での確認が必須。
- 真のピークを無視して0 dBFS近辺まで上げると、コーデック変換でクリップが発生する可能性がある。リミッターのアウトプット上限は通常-1.0 dBTP程度を目安にする。
- 過度なマルチバンド処理は位相問題や不自然な響きを生む。必要最小限で行う。
- 配信後に正規化されることを想定して、配信プラットフォーム別の挙動を理解しておかないと意図した音量で再生されない。
メータリングと耳の使い分け
良い音圧処理はメーターと耳の両方が必要です。LUFSや真のピークは客観的な指標を与える一方、音色やパンチ感、聞き疲れのしやすさなどは耳で判断します。異なる再生環境(スマホ、ラジオ、車、ヘッドフォン)でテスト再生する習慣をつけてください。
ストリーミング時代の新常識
配信サービスのラウドネス正規化により、過度に音圧を稼ぐメリットは薄れました。むしろダイナミクスや音像の明瞭さを保ちつつ、ターゲットLUFSに収めることが重要です。今は“平均的に良く聞こえる”仕上げが重視され、ジャンルや曲調に応じた適切なダイナミクス管理が評価されます。
まとめ — 技術と感性の両立
音圧処理は数値(LUFS、真のピーク)に基づく技術的判断と、楽曲の表現を損なわない感性的判断を両立させる作業です。正しい測定方法と配信プラットフォームの挙動を理解し、メーターと耳の両方で確認しながら処理を進めることが成功の鍵です。
エバープレイの中古レコード通販ショップ
エバープレイでは中古レコードのオンライン販売を行っております。
是非一度ご覧ください。

また、レコードの宅配買取も行っております。
ダンボールにレコードを詰めて宅配業者を待つだけで簡単にレコードが売れちゃいます。
是非ご利用ください。
https://everplay.jp/delivery
参考文献
- ITU-R BS.1770: Algorithms to measure audio programme loudness and true-peak audio level
- EBU R128: Loudness normalization and permitted maximum level of audio signals
- Spotify for Artists — Loudness normalization(公式FAQ)
- YouTube Help — How loudness normalization works on YouTube
- Apple Support — Use Sound Check to adjust playback volume
投稿者プロフィール
最新の投稿
全般2025.12.26aikoの音楽世界を深掘りする──歌詞・サウンド・ライブが紡ぐ普遍性と個性
お酒2025.12.26ドライ系ビール徹底ガイド:歴史・製法・味わいと楽しみ方を深掘り
全般2025.12.26UNICORN(ユニコーン)徹底解剖:音楽性、歴史、再結成以降の歩みとその影響
お酒2025.12.26辛口ビールとは何か?味わい・造り方・歴史・選び方まで徹底解説

