EQプリセット徹底解説:使い方・落とし穴・プロの設定術
EQプリセットとは何か — 定義と役割
EQ(イコライザー)プリセットは、特定の楽器やボーカル、ジャンル、目的(明るくする・こもりを取る・パンチを出す等)に合わせてあらかじめ設定されたフィルターの集合です。DAWやプラグイン、ハードウェアEQには数十〜数百のプリセットが付属し、ユーザーはそれをクリック一つで適用できます。プリセットは時間の節約や学習の補助、あるいはミックスのスタートポイントとして有用ですが、万能ではありません。
EQの基本要素の復習
プリセットを有効に使うにはEQの基本を理解することが重要です。主な要素は以下の通りです。
- 周波数(Hz) — 音がどの帯域を強調/削除するかを決める。
- ゲイン(dB) — その帯域をどれだけ上げるか、下げるか。
- Q(帯域幅、幅/鋭さ) — 効く帯域の広さ。Qが高いほど狭い帯域に作用。
- フィルタータイプ — ローカット(HPF)、ハイカット(LPF)、シェルビング、ベル、ノッチ等。
- 位相特性 — 最小位相(minimum phase)か線形位相(linear phase)かで音の時間特性が変わる。
プリセットの利点
プリセットの主なメリットは次の通りです。
- スピード:基本的な問題を短時間で改善できる。
- 学習補助:どの周波数がどの音に効くのかを視覚的・実践的に学べる。
- 一貫性:複数プロジェクトで統一した音作りがしやすい。
- クリエイティブな出発点:予期しない設定から新しいサウンドが生まれることがある。
プリセットの限界と落とし穴
しかし、プリセットをそのまま鵜呑みにすると問題が発生します。主な注意点は以下です。
- 環境依存性:モニター、部屋の音響、他トラックとの兼ね合いで同じプリセットが別の結果を生む。
- 音源依存性:収録のトーン、マイク、演奏ニュアンスが違えば同じ設定は使えない。
- 過信のリスク:プリセットは“解答”ではなく“ヒント”。耳で判断することが最優先。
- 位相・遅延:線形位相EQやグラフィックEQの遅延がプラグインによって異なり、位相変化やタイミングに影響を与える場合がある。
実践:プリセットをうまく活用するワークフロー
以下は現場で使える具体的な手順です。プリセットを単なるショートカットではなく賢く活かすための流れを示します。
- 1) バイパスで比較:まずプリセットを適用する前後をA/Bで確認する。導入効果の実測が重要。
- 2) スタートポイントとして使う:プリセットをロードしたら、まず大きな不具合(過剰なブーストや不自然なこもり)を取り除く。
- 3) ルームと音量を整える:モニターレベルを基準に戻し、小さな変化も聞き取れる状態にしておく。
- 4) スウィープ法で周波数を探す:Qを狭めにしてブーストし、こもりや嫌な倍音がどの周波数かスウィープして特定する。特定したらカットする。
- 5) 広いQで音楽的に補正:大域的なバランスは広めのQで調整する(+/-1〜3dB程度が基本)。
- 6) 他トラックと合わせる:ソロでの良さがミックス全体では悪化することがあるため、必ずバッキングと合わせて微調整する。
- 7) 必要なら別のプリセットを試す:ジャンルや曲の展開に合わせて複数プリセットを比較し、最も自然なものを選ぶ。
代表的な楽器・パートの周波数ガイド(目安)
プリセットはこのような帯域感に基づいて作られていることが多いです。以下はあくまで目安。
- キック:アタック 2–5kHz、ロー(パンチ)40–100Hz、ボディ100–250Hz
- ベース:基音 40–200Hz、存在感 700–1.2kHz、潰れ対策 200–400Hzを調整
- ギター(電気):ボディ 100–300Hz、明瞭感 1.5–4kHz、きらめき 6–10kHz
- アコースティックギター:低域200–500Hz注意、スナッピーな中域 2–5kHz
- スネア:ボディ 150–250Hz、スナップ 3–6kHz、シズル 7–10kHz
- ボーカル:低域のこもり 80–250Hz、存在感 1–3kHz、エア 8–12kHz
具体的なプリセット編集のテクニック
プリセットを読み込んだあとに行うべき、実践的な編集テクニックを紹介します。
- サブトラクティブEQ(引き算):まず不要な周波数をカットしてから、必要ならブーストする。これにより位相の乱れや過剰な飽和を避けられる。
- 狭いQでの削り:問題の帯域を探し、-3〜-8dB程度の削りで解消する。狭いQで削れば周囲への影響を最小化。
- 広いQで音楽的ブースト:音色を“作る”際はQを広くして+1〜+3dB程度に留める。
- ブースト量は慎重に:+6dB以上の持続的ブーストは自然さを失うことが多い。
- ダイナミックEQの活用:常に現れるピークにはダイナミックEQを使うと、過剰補正を避けつつ問題だけを抑えられる。
- ミッド/サイド処理:ステレオの広がりに関するプリセットではMS処理が使われることがあり、中央の明瞭さを保ちながらサイドにエアを足す等が可能。
ジャンル別プリセットの考え方
ジャンルによって求められる帯域バランスは異なります。例えばEDMやポップでは低域のパンチと上域の明瞭さが重要ですが、ジャズやアコースティック系では自然な中低域の充実が重視されます。プリセットを選ぶ際はジャンル名だけで判断せず、曲の意図(例:温かさ、アグレッシブさ、透明感)を軸に選ぶこと。
プリセット作成と管理のベストプラクティス
自分用プリセットを作るときのポイントです。
- テンプレート化:ベースとなるトラック(ボーカル、スネア、ギター等)ごとに1〜3の“汎用プリセット”を作る。
- プリセット名に用途を明記:例「Vox_Clean_HP80_Presence+2_2kQ1.2」など、何をしたか分かる名前にする。
- バージョン管理:DAWやプラグインのプリセットエクスポートを利用してバックアップする。
- 対象音源のコメントを残す:どのマイクや処理に対して作ったかをメモしておくと再利用が容易になる。
プラグインの選択と注意点
EQプラグインには多くの種類があり、機能や音質、CPU負荷が異なります。以下の点に注意してください。
- 線形位相EQはマスタリングで有利だが遅延が大きい。ミックスの途中で使うなら位相やレイテンシーを確認すること。
- プラグインごとにフィルター特性(シェルビング曲線の傾き等)が異なり、同じ数値でも聴感は変わる。
- サイドチェインやダイナミック機能を持つEQは負荷が大きくなるが、問題解決には有効。
実例:ボーカル用プリセットをカスタマイズする手順
1) HPFを80–120Hzに設定して低域のマッドネスを排除。2) 200–400Hzを軽くカットしてこもりを取る(-1.5〜-3dB)。3) 1–3kHzで存在感を調整(+0.5〜+2dB)。4) 6–10kHzでエアを足す(+1〜+3dB、Qは広め)。5) 気になるピークがあれば狭めのQで-2〜-6dB。最後にA/Bで全体バランスを確認。これはあくまで出発点で、曲によって大きく変わる。
耳と視覚の両方を使う — スペクトラム表示の活用
プリセット適用時にはスペクトラムアナライザーを併用すると便利です。視覚的に不要なピークや帯域の偏りを確認し、耳で最終判断を行ってください。スペクトラムは補助ツールであり、最終的な基準はリスナーにとっての聴感です。
まとめ — プリセットは出発点、最終判断は耳
EQプリセットは生産性と学習を助ける強力なツールですが、万能の解ではありません。各楽曲の録音状態、アレンジ、モニタリング環境に応じて必ず調整し、サブトラクティブな考え方、Qの使い分け、他トラックとの整合性を重視してください。適切に管理されたプリセットライブラリは制作の効率を大きく高めますが、耳を鍛え、状況に合わせて編集する習慣が最も重要です。
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参考文献
- Equalization (audio) — Wikipedia
- FabFilter Pro-Q (公式)
- iZotope (Ozone等、公式)
- Waves EQ プラグインページ
- Sound On Sound(EQやミキシング関連記事)
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