ジェリー・ゴールドスミス:映画音楽の革新者 — 生涯・作風・代表作と遺産

序章:映画音楽史に残る革新者

ジェリー・ゴールドスミス(Jerry Goldsmith、1929年2月10日 - 2004年7月21日)は、20世紀後半から21世紀初頭にかけて映画音楽界を牽引したアメリカの作曲家です。映画・テレビの両面で幅広く活躍し、実験的な音響や合唱、電子音響とオーケストラを組み合わせる独自の手法で知られます。鋭い劇的感覚と器楽法への深い造詣により、数多くの名作に欠かせない音楽を提供しました。本稿では生涯、代表作、作風・技法、作曲プロセスの解剖、そして後世への影響までを詳しく掘り下げます。

生涯とキャリアの概略

ジェリー・ゴールドスミスはロサンゼルスで生まれ、若い頃からラジオ、テレビの音楽制作に携わりながらキャリアを築きました。1950年代から60年代にかけてはテレビの仕事で精力的に経験を積み、やがて映画音楽へと進出します。長年にわたり多くの監督とコラボレーションを行い、クラシックなオーケストレーション技法と現代的な音響実験を融合させたスコアで注目を集めました。

アカデミー賞には多数回ノミネートされ、最終的に『オーメン』(1976年)でアカデミー作曲賞を受賞しました。生涯のノミネート数は多く(生前に18回のノミネートを受けたと報告されることが多い)、受賞以外でも業界から高い評価を受け続けました。2004年に没するまで、映画・テレビ・ゲーム音楽を含む幅広い作品を残しました。

代表作とその特徴

  • Planet of the Apes(猿の惑星、1968年):非対称リズム、金属的な打楽器、金管の鋭い断片を用いた前衛的なスコア。異世界感と不安を音で具現化する代表作。
  • Chinatown(チャイナタウン、1974年):叙情的ながらもどこか陰影を帯びた旋律で、フィルムノワールの雰囲気を強化。
  • The Omen(オーメン、1976年):合唱を主題に据えた不穏な音楽。『Ave Satani』と称される主題は、ディスソナンスと宗教的暗示により強烈な印象を残した。
  • Star Trek: The Motion Picture(スター・トレック:映画版、1979年):壮大かつ叙情的な主題を提示し、その後のシリーズ音楽に影響を与えた。電子音とオーケストラの融合が顕著。
  • Alien(エイリアン、1979年)・Total Recall(トータル・リコール、1990年)など:SF作品における音響による恐怖や奇異の演出に秀で、サウンドデザイン的要素をスコアに取り込んだ。
  • Mulan(ムーラン、1998年):ディズニー大作での実力を示す叙事的なオーケストレーション。

作風と技法:伝統と実験の両立

ゴールドスミスの音楽の特徴は以下の点に集約されます。

  • ハイブリッドな編成:古典的なフルオーケストラに、合唱や民族楽器、電子音響を持ち込み、多層的なテクスチャを作り上げる。
  • リズムと打楽器の創造的使用:不規則なリズムや強烈な打楽器アーティキュレーションで緊張感を生み出す手法がしばしば用いられる。
  • 音色の実験:弦の拡張奏法(コル・レーニョ、ハーモニクスなど)、金管のミュート、多様な合唱技法を活用し、音そのものによる物語性を重視した。
  • 電子音の統合:1970年代以降、シンセサイザーや電子処理を導入し、SFやホラーの異質感を強調した。電子音は単独で目立たせるのではなく、オーケストラと滑らかに結びつけられる。
  • 旋律とモチーフの扱い:劇中では大胆な主題や繊細なモチーフを使い分け、場面の心理や物語の展開に対応してテーマを変奏させることが多い。

具体的な作曲プロセスと作品分析

ゴールドスミスは監督との密接なコミュニケーションを重視し、映像のリズムや演出意図を丁寧に読み取ってスコア化しました。以下に代表的作品のポイントを挙げます。

『オーメン』における合唱と不安の音響

『オーメン』は合唱を主軸に据えたスコアが特徴です。ラテン語風の語句を配した『Ave Satani』は、宗教音楽の慣習を逆手に取り、不気味さと荘厳さを同時に表出させました。和声的にはディソナントなクラスタや増和音を多用し、聴き手に終始落ち着かない感覚を与えます。この楽曲での創意は、ホラー音楽の表現を転換させ、アカデミー賞受賞へと結び付きました。

『猿の惑星』における音響的前衛性

『猿の惑星』では、従来の叙情的主題をあえて排し、断片的なモチーフ、金属音や尖った打楽器で構築された音響風景が支配します。これにより未知の世界観と社会的不安を音楽で具現化しました。非調性的な色彩、時にモードやペンタトニックを交える手法など、場面の視覚と同期する音響構成が見られます。

『スター・トレック:映画版』のテーマ作法

壮大な宇宙叙事詩を要する本作でゴールドスミスは、オーケストラの豊かな色彩を最大限に活用して大河的な主題を提示しました。ここではシンセサイザーを補助的に使用し、オーケストラの響きと融合させることで異星的でありながらも感情に訴える響きを実現しています。この映画のテーマは、その後のシリーズで参照されるなど長期的な影響を残しました。

コラボレーションと業界での評価

ゴールドスミスは多くの監督と緊密に仕事をし、監督の演出意図に寄り添ったスコアを提供することで定評がありました。映画音楽界では作曲家としての汎用性と独創性が高く評価され、生涯にわたってアカデミー賞や各種映画音楽賞の候補・受賞歴を持ちます。彼の手法は後続の作曲家たちに大きな影響を与え、合唱や電子音の映画音楽への積極的導入はその代表例です。

受賞歴の概要

  • アカデミー賞:生涯多数のノミネート(資料によって数の表記差異あり)、『オーメン』(1976年)で作曲賞を受賞。
  • ゴールデン・グローブやグラミーなどでもノミネート・受賞歴あり。映画音楽界での影響力は計り知れないものがあります。

遺産と後世への影響

ジェリー・ゴールドスミスのスコアは、映画音楽の語法において新たな可能性を拓きました。伝統的なオーケストラ技法を踏襲しつつ、合唱・電子音・非西洋的楽器などを組み合わせた音響は、その後のSFやホラー、サスペンス映画のスコアに広く影響を与えています。また、映像への即応性を重視する姿勢は、現代の映画音楽制作のスタンダードにも影響を与えました。多くの音楽愛好家や専門家が彼の録音を研究対象とし、リバイバル盤や分析書が出版されています。

作曲家としての人格と仕事の流儀

現場では誠実かつプロフェッショナルな姿勢で知られ、監督や音響チームと綿密に連携して最適な音楽表現を追求しました。映像と音楽の関係性を重視し、シーンの解釈に基づくテーマ展開や効果音的な楽器選定を行うなど、きめ細かな作業を惜しみませんでした。また後進の育成にも関心が強く、多くの作曲家に影響を与え続けています。

終章:聴き継がれる遺産

ジェリー・ゴールドスミスは単に多数の名曲を残しただけでなく、映画音楽の表現領域そのものを広げた作曲家でした。彼の音楽は時代を超えて新たな解釈と再評価を受け続けています。映画音楽を学ぶ者にとって、ゴールドスミスの作品群は技法と創造性の教科書であり、聴く者に強烈な印象を残す芸術作品群です。

参考文献