ベルナルド・ベルトゥッチの芸術と論争:視覚美学・政治性・遺産を読み解く

導入 — イタリア映画界の異才

ベルナルド・ベルトゥッチは20世紀後半から21世紀初頭にかけて、映画表現の可能性を追求し続けたイタリアの映画監督である。映像美への執着、政治的テーマへの果敢な取り組み、そしてしばしば論争を呼んだ性的描写によって、彼は国際的な評価と批判を同時に集めた。ここでは彼の生涯・代表作・作風・論争・評価・遺産を丁寧に掘り下げる。

略歴と出自

ベルナルド・ベルトゥッチは1941年3月16日、イタリアのパルマで生まれた。父は詩人のアッティリオ・ベルトゥッチで、文学的な家庭環境の影響を受けて育った。若年期から映画と文学に親しみ、映画制作に進む。1960年代初頭に短編や初期の長編を手がけ、成長していく過程でピエル・パオロ・パゾリーニなど同時代の作家や映画人との接点を持った。

初期作と台頭

ベルトゥッチの長編初監督作は『ラ・コミューレ・セッカ(La commare secca)』(1962) とされる。この時期の作品群はネオレアリズモや新しい映画言語との対話の中で生まれ、実験的な試みや社会描写が特徴だった。1970年に発表した『コンフォーミスト/服従する者』(原題: Il conformista)は、アルベルト・モラヴィアの小説を原作に、ファシズム期のイタリアを背景にした心理劇として国際的評価を確立した。特に映像設計と構図に対する美的志向が際立ち、撮影監督ヴィットリオ・ストラーロとの協働は以後の重要なパートナーシップとなった。

代表作とテーマ分析

  • 『コンフォーミスト/服従する者』(1970)

    モラヴィアの原作を基に、同化や個の喪失、権力の虚構性を描いた作品。斬新な照明とカメラワーク、時間軸の操作を用いて個人の内面と政治的背景を交錯させる点が評価された。ヴィットリオ・ストラーロの色彩設計と構図はこの作品で国際的に注目された。

  • 『ラストタンゴ・イン・パリ』(1972)

    マーロン・ブランドと若きマリア・シュナイダーを主演に迎えたこの作品は、性的描写と精神的荒廃を露わに描いたことから大きな論争を呼んだ。公開当時は検閲や激しい批判に直面した一方で、表現の自由や映画における演出の倫理を巡る議論を巻き起こした。後年、主演女優が撮影時の扱いに関して苦しみを語ったことで、作品の倫理的評価はさらに複雑なものとなった。

  • 『1900年(ノヴェチェント)』(1976)

    アルチンプ史詩的なスケールでイタリアの20世紀前半を描いた大作。ロバート・デ・ニーロとジェラール・ドパルデューら豪華キャストを配し、階級闘争や歴史の時間性を長尺で編み上げる。政治と個人の交錯を主題とし、映画的語法の総力を結集した野心作である。

  • 『ラストエンペラー』(1987)

    中国最後の皇帝溥儀の生涯を描いた国際共同制作の大作。本作はアカデミー賞で複数部門を受賞し、ベルトゥッチ自身も監督として世界的な栄誉を受けた。大規模なセットやロケ撮影、文化史を映画化する手腕が高く評価された。

  • 晩年の作品群

    1990年代以降も『シェルタリング・スカイ』(1990)、『リトル・ブッダ』(1993)、『スティーリング・ビューティー』(1996)、『ドリーマーズ』(2003) など多様な題材に取り組んだ。これらは時に個人的な内省、時に文化比較、若者の性と政治的覚醒をテーマにし、成熟した映画語法で観客に語りかけた。

作風の特徴

ベルトゥッチの映画は以下の要素で特徴づけられる。

  • 視覚美への徹底的なこだわり: 構図、色彩、光の運用が作品価値の中心にあり、画面を詩的に整える。
  • 歴史・政治と個人史の接合: 個人の感情や選択が国家や歴史の大きな流れと絡み合う構造を好んだ。
  • 性的描写と官能性: 性を通じて主体性や権力関係をあぶり出すことが多く、これが賛否を呼んだ。
  • ジャンルや様式を横断する柔軟さ: 社会派から個人の心理劇、歴史叙事詩まで幅広い主題を扱った。

主要な協働者

撮影監督ヴィットリオ・ストラーロとは長年のパートナーであり、『コンフォーミスト』『ラストタンゴ』『ラストエンペラー』などで強いシナジーを生み出した。演技陣も国際的スターと協働することが多く、ブランド、デ・ニーロ、ドパルデューらとの仕事は作品に国際的な広がりを与えた。

論争と倫理的検討

ベルトゥッチのキャリアには常に論争が伴った。とりわけ『ラストタンゴ・イン・パリ』は性的暴露の描写と演出過程について長年にわたり批判対象となった。主演のマリア・シュナイダーは後に、撮影当時に完全な説明や同意がなかったと告白し、2016年にベルトゥッチ自身が撮影中の扱いについての発言を謝罪するなど、作品と制作過程の倫理が再検討される契機となった。これにより、映画表現の自由と撮影現場の倫理、被演者の権利という問題が改めて問われるようになった。

受賞・評価

ベルトゥッチは国際映画祭や映画賞で多数の評価を受けた。なかでも『ラストエンペラー』での成功は国際的な到達点となり、同作はアカデミー賞で複数部門を受賞した。批評家からは映像詩人としての高評価を得る一方で、倫理的問題に関する批判や政治的読み替えの要求も根強く、学術的にも映画史的にも論争的な対象になっている。

晩年と死去

晩年は体調を崩し、活動は次第に減少した。2018年11月26日にローマで亡くなり、世界中の映画関係者から追悼の声が寄せられた。死後も作品は映画史や映像表現論の重要な議論材料となり続けている。

遺産と今日的意義

ベルトゥッチの遺産は単に映像美の伝承にとどまらない。彼の作品は歴史と私的経験の絡み合いを映画的に表現する手法を示し、また映画制作における倫理の重要性を巡る議論を促した。若い映画作家や研究者にとって、彼のフィルモグラフィは表現技法と政治的コミットメント、そして撮影現場の倫理の交差点を学ぶための重要な事例を提供している。

結論 — 批判と賛辞の両義性

ベルナルド・ベルトゥッチは、視覚的な冒険心と政治的・心理的な深掘りを映画に持ち込んだ監督であり、その功績は計り知れない。しかし同時に、製作過程や表現方法における倫理的問題が彼の評価に影を落とすことも事実である。彼の作品群は、映画が持つ力と責任を同時に示すものであり、今日においても複層的な読み直しが必要とされる。

参考文献