パゾリーニとは何者か｜映画・詩・政治を貫いた異才の全貌

2025年12月15日 最終更新日時 : 2025年12月15日 エバープレイ編集部

はじめに：異端の芸術家、ピエル・パオロ・パゾリーニ

ピエル・パオロ・パゾリーニ（Pier Paolo Pasolini, 1922–1975）は、20世紀イタリアの映画監督、詩人、作家、評論家であり、その作品は文学的・政治的・宗教的論争を巻き起こし続けた。貧困層の視点から都市の変貌を描き、神話や聖書、古典を現代社会へと翻訳する独特の手法で知られる。ここでは生涯、主要作品、テーマと作家性、論争と死の問題、そして現代への影響までを丁寧に掘り下げる。

生涯と経歴の概略

1922年3月5日、パゾリーニはボローニャで生まれた。父は軍人、母は教師という中流の家庭だが、幼少期からイタリア北東部フリウリ地方カザルサ（Casarsa）で育ち、そこで地元の方言や下層民の生活に触れた経験が後の作品世界の礎になった。第二次大戦後は教師を務める一方、詩作や批評を発表し、1940年代末から1950年代にかけて詩人としての名声を確立する。

1950年代半ばには小説『Ragazzi di vita』（1955）や『Una vita violenta』（1959）などで都会の下層青少年を題材にし、物議を醸す。一方で映画の世界には1961年の長編処女作『Accattone（乞食男）』で登場。以降、『Mamma Roma』（1962）、『Il Vangelo secondo Matteo（マタイによる福音書）』（1964）など、ジャンルや語り口を自在に変えつつ制作を続けた。

彼は公然たる同性愛者であり、マルクス主義者的立場を公言した知識人でもあった。1975年11月2日、ローマ近郊オスティアの海岸で暴力的に殺害され、その死は今なお謎と陰謀論に包まれている。

映画作品の流れと特徴

パゾリーニの映画は大きく二つの時期に分けて論じられることが多い。初期（1960年代前半）は都市の低層生活を写実的・詩的に捉える“下層の映画”であり、後期（1960年代後半以降）は神話・宗教・古典に回帰しつつ、政治的・哲学的な寓意を強める傾向がある。

  • 初期リアリズム：『Accattone』（1961）、『Mamma Roma』（1962）は、ノンプロ演技や実景撮影、都市のスラムを前面に出した作風で、ネオレアリズモを継承しつつも詩的な視線が介入する点が特徴だ。音楽にはエンニオ・モリコーネなどが起用された。
  • 宗教・古典への転回：『Il Vangelo secondo Matteo』（1964）は、聖書映画として異例のシンプルさと厳格さで国際的に注目を集めた。以降、『Edipo Re（オイディプス王）』（1967）、『Medea（メディア）』（1969）といった古典再解釈が続く。
  • 象徴と政治的寓意の深化：1968年の『Teorema（テオレマ）』では、ブルジョア家庭に突然現れる来訪者が家族の崩壊をもたらすという寓話で、欲望とイデオロギーの絡みを露わにする。晩年の『Il Decameron』（1971）、『I racconti di Canterbury』（1972）、『Il fiore delle Mille e una notte（アラビアン・ナイト）』（1974）で、性や暴力、権力の寓話化が極まる。最終作『Salò o le 120 giornate di Sodoma』（1975）は、ファシズムと消費社会を結びつけた過激な批判であり、検閲と論争を引き起こした。

主要作品の解説（代表作を中心に）

『Accattone』は下層の男を主人公にした物語で、都会の荒涼とした風景を詩的に映す。『Mamma Roma』は中年女性の再出発と挫折を描き、ローマの近代化と道徳の衝突を象徴する。『Il Vangelo secondo Matteo』は非宗教的とも評される冷徹な映像で福音書の物語を再現し、カトリック教会内外で論議を呼んだが、多くの批評家に高く評価された。

『Teorema』はその寓意性と挑発的な性描写で物議を醸しつつ、当時のブルジョア社会に対する鋭い観察を示す。『Medea』ではギリシア悲劇の強烈な情感を現代映像に翻訳し、音楽や演技、非日常的な美術が融合する。『Salò』は暴力と屈辱を通じて権力の殘虐性を示すが、その過激さゆえに賛否を生み、表現の限界と倫理についての議論を喚起した。

文学者・詩人としての側面

映像作家としてのみならず、パゾリーニは詩人・作家・評論家としても高い評価を受けた。フリウリ方言で書かれた詩群や、都市の貧困を描く小説群は、彼の人間観と美学を形作った。「Empirismo eretico（異端的経験主義）」の概念に代表される彼の批評思想は、経験と具体性を重視し、抽象的イデオロギーに対して生活世界の声を優先する立場を取る。

表現上の特徴と主題

パゾリーニの作風は幾つかのキーワードで要約できる。まず「下層（subproletariat）」への関心。都市化と資本主義が伝統的共同体を破壊する過程で生じる人間の喪失を描く。次に「神話的再解釈」。古典や聖書を素材に現代を照射することで、普遍的な欲望や権力構造をあぶり出す。また「言語・方言への執着」も重要で、標準語とは異なる発話を登場させることで社会階層の差を可視化した。映像的にはノンプロ俳優の起用、粗いロケ撮影、詩的な長回しや断片的な編集が頻出する。

論争と検閲、政治的発言

パゾリーニはしばしば道徳・宗教・政治の各方面と激しく対立した。下層の性的・暴力的側面を露骨に描いたこと、カトリックやブルジョア道徳を批判したことがたびたび問題となり、検閲や訴訟の対象になった。例えば短編『La ricotta』（1963）に関わる論争は、イタリア社会における宗教と芸術の緊張を象徴する事件の一つとなった。

1975年の死とその後の議論

1975年11月2日、パゾリーニはローマ郊外のオスティアで暴力的に殺害された。遺体は車外で発見され、轢死・撲殺の複合的な跡があった。直後に逮捕され有罪となった若者がいたものの、事件の背景には政治的な動機や組織的関与があったのではないかとする説が根強く存在する。証言の変遷や関係者の供述の不一致により、完全な解明はなされていない。遺された作品群と散文、日記、手紙は死後さらに精査され、その思想と立場が改めて論じられることになった。

現代文化への影響と評価

パゾリーニの影響は映画のみならず文学、演劇、思想研究に及ぶ。彼の映像言語は多くの後続監督にとって参照点となり、1970年代以降のヨーロッパの政治映画、フェミニストやポストコロニアルの批評においても取り上げられてきた。アカデミックには、その矛盾を孕んだマルクス主義的姿勢、性と暴力の表象、宗教再読の方法などが批評的に検討され続けている。

パゾリーニを観るための視点

初めてパゾリーニを観る人に勧めたいのは、単にスキャンダルや過激さだけで作品を消費しないことだ。以下の視点が理解を助ける。

  • 社会学的文脈：戦後イタリアの都市化、移民、階級構造の変化を踏まえる。
  • 詩的観察：映像は常に詩的な視線を含んでおり、象徴や反復に注意する。
  • 古典の翻案：『Medea』や『Edipo Re』は古典の直訳ではなく、現代性を照射する再構築である。
  • 倫理的距離：過激な描写に対しては、制作者の意図と社会的メッセージを分けて考える。

まとめ：矛盾を抱えた批評家＝芸術家

ピエル・パオロ・パゾリーニは、詩人であり映画作家であり、激しい社会批評家でもあった。その作品群は一貫して〈現実〉と〈神話〉を行き来し、現代社会の矛盾と暴力を鮮烈に映し出す。物議を醸し続ける表現と、解明されない死の謎が相まって、彼の名は20世紀の文化史における不滅のテーマとなっている。彼の映像と言葉は、今なお観客と読者に問いを投げかけ続けている。

参考文献

カテゴリー
映画・ドラマ
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