中心音とは何か — 認知・和声・現代音楽までの徹底解説
中心音の定義と基礎概念
中心音とは、ある音楽的文脈において他の音が引き寄せられる、知覚上および機能上の中心となる音のことを指します。伝統的には「主音(トニック)」とほぼ同義に扱われますが、より広い概念として、機能和声の枠に入らない音楽でも一つの音や音群が重心として振る舞うことを含めて用いられます。中心音は高さ(周波数)としての基準であると同時に、メロディや和声の方向性、フレージングの終止感、期待と解決の中心にもなります。
中心音が生じる要因
和声的要因: 調性音楽ではⅠの和音やその根音が中心音として機能します。ドミナントやサブドミナントとの緊張と解決構造が中心性を強めます。
旋律的要因: メロディラインで特定の音が反復される、終止や重要なモチーフで用いられることで中心感が生じます。スケール上の階名上位(主音、属音、導音など)は優勢になります。
テクスチャと音域: 長く保たれるペダル音やドローン、低位に置かれるベース音は重心を作ります。フォルテ、強拍、アーティキュレーションも寄与します。
認知的要因: 人間の音楽認知は音の出現頻度や随伴関係から「トーナル・ヒエラルキー(tonal hierarchy)」を形成します。これによりある音が他より中心的に感じられます。
調性音楽における中心音と機能
西洋前古典から古典派・ロマン派にかけては、調(キー)とトニックの概念が中心音の代表的な例です。調性体系ではトニック(主音)は安定、ドミナントは緊張、サブドミナントは移行という機能を持ち、進行やカデンツァで明確な緊張解決関係を生みます。終止(完全終止、半終止、変格終止など)は中心音への到達感を作り、聞き手に「ここが中心だ」という確信を与えます。
理論的視点: シェーンカー分析と延長
シェーンカー的分析では、音楽の構造を背景から表層へと階層化し、最終的にトニックの延長(プロロンゲーション)が作品の骨格を成すと考えます。つまり中心音は単発の現象ではなく、長大な時間軸にわたって維持・導出されることが理論的に説明されます。これは中心音が動的に作られ、繰り返しと連結を通じて強化されることを示しています。
非調性・20世紀音楽における中心性
20世紀以降、完全な無調性や新たな語法の出現により、従来の機能和声の枠組みから外れた中心性のあり方が模索されました。代表的な態様を挙げると次の通りです。
ピッチ・セントリシティ(pitch centricity): 明確なトニック機能はないものの、ある音が反復や配置の仕方によって重心として知覚される現象。和声的解決を伴わない中心の生成です。
ビトナリティ・ポリトナリティ: ストラヴィンスキーの《ペトルーシュカ》に見られるような二つの調の同時進行は、複数の中心を同時に提示し、聞き手に複合的な重心感を与えます。ペトルーシュカ和音は代表例の一つです。
モードやドローンの持続: 民族音楽や一部の近現代音楽では、長く持続するドローンが中心音の役割を果たし、機能和声とは異なる中心感を作ります。
ジャズやモード音楽における中心音の扱い
ジャズではモード奏法やモーダル・ジャズにより、和声的推進力ではなくモード(旋法)上の音の重心が重要になります。例えばマイルス・デイヴィスの「So What」はDドリアンのモード感が曲全体の中心を決定しており、単一の調性感よりもモード上でのピッチの相対的重要性に依存します。一方、ビバップやハードバップのようなコード進行主導のスタイルでは、各コードのルート音が短期的な中心を形成し、素早く中心が移ることが多いです。
実例分析: 古典から現代までの対比
いくつかの短い例で中心性の違いを示します。
バッハやモーツァルトの楽曲: 長期にわたるトニックの導出、カデンツァによる明確な到達点、対位法や伴奏形態の中での主音の反復。
ドビュッシー: 調性の曖昧化、平行和音やモードの利用により、従来のトニック機能が弱まり、ピッチの色彩やテクスチャが中心感を作り出すことが多い。
ストラヴィンスキー: ポリトナリティやリズムの強調により、中心が複数化・流動化する。
現代のミニマル・ミュージック: 繰り返しと微小な変化によって特定の音や和音が次第に中心化する。フィリップ・グラスやスティーヴ・ライヒの初期作品に見られる。
認知科学的視点: トーナル・ヒエラルキーとキー検出
心理音楽学では、Krumhanslらの実験によりトーナル・ヒエラルキーという概念が提案されました。ある調における音階の各度には聞き手が感じる優先度があり、これが中心音の認知に深く関わります。この知見は音楽情報検索や自動キー検出アルゴリズムにも応用されており、音楽ソフトウェアは連続的な音高分布から曲の中心キーや中心音を推定します。
作曲・編曲での実用テクニック
中心音を意図的に操作することで、作曲家や編曲家は曲の構造感や緊張感を巧みに作り出せます。代表的な手法は次の通りです。
ペダルとドローンの導入で長期的な重心を固定する。
反復とモチーフの集中である音を強調する。
突然の移調や臨時記号の導入で重心を移動させ、物語性を演出する。
ポリフォニー内で各声部に異なる局所中心を持たせ、複合的な重心感を作る。
中心音が曖昧になるときの聞こえ方と作曲的効果
中心音が明確でない音楽は「浮遊感」「不安定さ」「時間の拡張」といった心理的効果を生みます。映画音楽や現代音楽では、この曖昧さが緊張や神秘性を演出するために積極的に利用されます。一方で、ポピュラー音楽ではサビでの中心確立がカタルシスを生むため、中心の提示と回収が曲構造のキーになります。
まとめ: 中心音の多層性と実践的理解
中心音は単に一つの音名を示すだけでなく、和声、旋律、テクスチャ、そして聴取者の認知が相互に作用して生成される多層的な現象です。伝統的な調性におけるトニック機能から、20世紀以降のピッチ・セントリシティやモード中心性、さらには複数の重心が並存する状況まで、中心音のあり方は多様です。作曲や演奏、分析においては、どの要素を重視して中心を扱うかが音楽の性格を大きく左右します。
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参考文献
C. L. Krumhansl, Tonal Hierarchies in the Perception of Music, Cognitive Psychology (1982)
Carol L. Krumhansl, Cognitive Foundations of Musical Pitch, Oxford University Press (1990)
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