マイク・セッティング完全ガイド:ジャンル別・用途別の最適配置と実践テクニック
マイクセッティング入門 — まず押さえるべき基礎
マイク・セッティング(マイクセッティング)は、録音やライブで音の質を大きく左右する最重要工程です。マイクの種類、指向性、配置(距離・角度)、ルームの特性、プリアンプ設定、ケーブルやアクセサリの選択まで、総合的に設計することではじめて狙った音が得られます。本コラムでは基本原理からジャンル別・楽器別の具体的な配置、位相問題や現場で使えるチェックリストまで、実践的に深掘りします。
マイクの種類と特性(概観)
- ダイナミックマイク:堅牢で高SPL(音圧)に強く、ライブ用途やアンプ、ドラムのスネア/タムで多用。代表例はShure SM57/SM58。中低域の温かさと耐久性が特徴。
- コンデンサーマイク:高感度で高域のディテールを拾うため、ボーカルやアコースティック楽器、ピアノのマイキングに最適。ファンタム電源(48V)が必要なことが多い。代表例はAKG C414、Neumann U87。
- リボンマイク:自然で滑らかな高域と丸みのある中低域が特徴。倍音が豊かな楽器に向くが、取り扱いに注意(古いパッシブリボンはファンタムに弱い場合がある)。代表例はRoyer R-121。
指向性(ポーラーパターン)の理解と活用
指向性はどの方向から音を拾うかを示す重要な特性です。主な種類は以下の通りです。
- 単一指向性(カーディオイド):前方を重視し、後方を抑えるためスタジオとライブの標準選択。
- 双指向性(フィギュア8):前後を拾い左右を抑える。ステレオ対向やリボンマイクに多い。
- 無指向性(オムニ):全方向均一に拾う。自然なルーム音を収音したいときに有用。
- 多指向性切替:AKG C414のように複数パターンを切替可能なマイクは、状況に応じて最適化できるため便利。
指向性選びはまずルームの残響(リバーブ)特性と密接に関係します。反射が少ない良好なブースではオムニも有効ですが、反射が多い部屋ではカーディオイドなどで不要反射を抑えるのが基本です。
マイク配置の基本原理
- 距離(近接)効果:単一指向性マイクは距離が近くなると低域が強調される(プロキシミティ効果)。ボーカルの存在感を出したいときは近づくが、過剰な低域にはハイパスで対処。
- 角度(オン/オフアクシス):マイクの軸(アクシス)に対して斜めに当てると高域が抑えられ、ポップや歯擦音をコントロールできる。
- 垂直/水平の位置関係:複数マイクを使う場合は位相差を考慮し、同一音源の主な発生点(サウンド・チェンバー)と各マイクの距離差を意識する。
ボーカルのマイクセッティング — スタジオとライブの対比
ボーカルは表現の中心。明瞭さと暖かさのバランスが重要です。
- 近接(5〜20cm)+カーディオイド:ポップフィルターを20〜30mm程度離して設置。ポップや息音を抑え、近接効果で存在感を得る。エア感(10–12kHz付近)を出したければ少し離す。
- 斜め設置:歯擦音
(シビランス)が強い場合はマイクを真横ではなく約30〜45度に傾け、ボーカリストの鼻のラインを避ける。 - ハイパス/コンプレッション:50–120Hz程度のローカットで不要低域を排除。軽めのコンプでダイナミクスを整え、ピークに対するリミッターも有効。
- ファンタム注意:コンデンサー使用時は48Vを投入。ただし古いリボンは避ける。メーカー指定を確認すること。
ギターアンプとアコギの実践テクニック
ギターは音像が小さく、アンプのキャビネットやスピーカーコーンのどこを拾うかで音が劇的に変わります。
- アンプ(スピーカー):SM57タイプの動的マイクをスピーカーの中心からオフセットして使用。中心(スパイダードーム付近)は高域強め、エッジ寄りはやや丸みが出ます。距離は数cm(クローズ)〜30cm(ブレンド用)を試す。
- アンビエンスの併用:近接マイクに加えルームマイク(コンデンサー/リボン)を数メートル離して置くことで自然な響きを混ぜられる。
- アコースティックギター:サウンドホールは低域が強くなるので避け、12フレット付近を6〜20cm離して拾うのが一般的。XYやORTFなどのステレオ配置で立体感を得る。
ドラムのマイクセッティング — 個別とオーバーヘッド
ドラムは複数マイクを使うため位相管理が最も重要です。
- キック:フロントにダイナミックマイクをクローズ(数cm〜数cm内)、場合によっては内部にもう1本。低域成分の位相合わせをチェック。
- スネア:トップとボトムに1本ずつ(位相が逆になるため180度反転が必要な場合がある)。トップは打面から3–6cm、角度は打面に対して約45度。
- タム:打面近傍に配置し、スネア同様に角度を付けてライブなアタックを拾う。
- オーバーヘッド:ステレオペア(XY/ORTF/AB)で大きなイメージとシンバルの自然さを再現。全体と個別マイクの位相を必ずモノでチェックすること。
ピアノ・弦楽器の収音
ピアノは開閉、弦の位置、マイク位置で音色が大きく変わります。グランドピアノならばサウンドボード上にステレオ対を置く、または内部にショートディスタンスで立体的にマイクを立てる手法がある。アップライトは背後の響きを活かすことが多いです。チェロ/バイオリン等の弦はコンデンサーマイクを使用し、楽器のFホールやボウのあたりを狙うのが定石。
ステレオ収音テクニック(XY, ORTF, Blumlein, SPACE等)
- XY(コインシデント):位相の問題が少なく、定位が安定。狭いステレオイメージに向く。
- ORTF:約17cm間隔で角度110度。自然なワイド感と良好な位相を両立。
- Blumlein:フィギュア8マイクを利用し、空間の自然な反射をそのまま捉える。ルームが良好な場合に効果的。
- 遠隔ペア(AB/Spaced Pair):距離による時間差でワイドなイメージを作るが、位相問題が起こりやすい。
位相(フェーズ)と位相反転の対策
複数マイク使用時は位相が最も厄介な問題になります。位相ずれにより一部周波数が打ち消される(カミソリ状のディップ)ことがあるため、必ず以下を確認してください。
- モノラルで位相チェック:ミックスをモノにして音の痩せやディップを確認。
- 距離のルール(3:1ルール)を活用:隣接マイク間の距離は、主マイクと音源の距離の3倍以上を目安にすることでクロストークを抑える。ただし厳密な正解ではなく現場で耳で判断すること。
- 位相反転スイッチの活用:位相が悪い場合はプラグインやハードウェアで180度反転して比較する。
プリアンプ、ゲインセッティング、パッド、HPF(ハイパス)
プリアンプはマイクの色付けに影響します。真空管プリアンプは暖かさ、ソリッドステートはトランジェントの明瞭さを出す傾向があります。ゲイン設定はS/N比を確保しつつヘッドルームを残すことが大切です。
- Pad(-10/20dB等):高SPL音源(ドラムキック、ギターキャビ)でクリップを防ぐために使用。
- HPF:不要な低域を除去(ボーカルで50–120Hz、ギターで80–100Hz等)し、ミックスのクリアさを保つ。
ケーブル、スタンド、ショックマウント、ポップフィルターなどのアクセサリ
意外に音に影響するのが物理的なセッティングです。スタンドの安定性、ショックマウントで振動を切る、ポップフィルターでプップ音を防ぐ、グラウンドループを避けるためのケーブル品質とルーティングは重要です。XLRケーブルは信頼できるブランドを選び、長距離ではバランスラインを保つこと。
ライブとレコーディングの違い
ライブでは耐久性とフィードバック耐性が必須で、ダイナミックマイクやカーディオイドのハンドリングが中心。レコーディングでは繊細なコンデンサやリボンを使い、ルームチューニングや複数マイクによるニュアンスの再現を重視します。ライブでレコーディング品質を目指す場合はアイソレーションやギタリストの配置、ハウリング対策を念入りに行う必要があります。
現場で使えるチェックリスト(ステップバイステップ)
- 目標音像を決める(クリア/暖かい/がっつり近接など)。
- マイク種類と指向性を選定。
- 仮配置して耳で確認(モノラルでも必ずチェック)。
- 位相(モノラル)チェック。必要なら位相反転や距離調整。
- プリアンプでゲインを合わせる(ピークを避けながら良好なS/Nを確保)。
- ハイパス、パッド等を適用し過剰な帯域を削る。
- ルームマイクのバランスを調整して自然さを付加。
- 録音し直し、必要なら微調整を反復。
よくある失敗と回避策
- マイクを近づけすぎてボーカルの低域が濁る→ハイパス+少し離す。
- 複数マイクで位相が崩れる→モノラルで確認し位相反転や距離調整。
- ルームがこもっているのにオムニを使う→カーディオイドや吸音で対処。
- ファンタム電源で古いリボンを破損→メーカー確認。安易に投入しない。
実践例(具体的な数値と角度)
- ボーカル(コンデンサー):ポップフィルターから約5–20cm、やや斜め(30度)で。ハイパス50–100Hz。
- ギターアンプ(SM57):スピーカセンターから約2–5cmオフセット。角度は0–45度で好みを探る。アンビエンスを加えるなら1–3m離してコンデンサーを配置。
- キック:フロントバッフルにマイク口を設けて内外1本ずつでブレンド。内部は打撃のアタック、外部は低域のボディ。
- オーバーヘッド(ORTF):2本を約17cm間隔、角度110度、スネアの中心上方へ向ける。
総括 — 聴覚と理論のバランスが成功の鍵
マイクセッティングは科学(位相、周波数、SPL等の理解)と芸術(目的の音色を耳で判断する)を両立させる作業です。理論に基づいた仮説を立て、素早く試して耳で最終判断する反復が重要。3:1ルールや距離・角度の目安はガイドラインに過ぎないため、常にA/B比較とモノラルチェックを行ってください。
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参考文献
- Shure公式 — マイク技術情報
- Neumann公式 — マイクの基礎知識
- Sound On Sound — Microphone techniques(技術記事)
- Sweetwater — Microphone placement tips
- Audio Engineering Society(AES) — 技術資料


