XYマイク完全ガイド:原理・設定・録音テクニックと音質比較
はじめに — XYステレオとは何か
XY(エックスワイ)マイク、一般にはXYステレオマイキングは、2本の指向性マイクをカプセルをできるだけ近接させて交差(通常90°前後)させることでステレオ情報を得る「コインシデント(同位相)型」ステレオ収音手法です。時間差(到達時間差)による定位情報ではなく、主にレベル差(相互の音圧差)によって左右の定位感を作るため、モノラル互換性が高いことが特徴です。
原理と物理的特徴
XYの基本原理は次の通りです。2つの単一指向性(一般的にはカーディオイド)マイクのカプセルを限りなく近づけ、軸を交差させることで、各音源に対する両マイクの受音レベル差を左右のステレオイメージとして再現します。カプセル位置がほぼ同一点にあるため、到達時間差はほぼゼロで、位相差による不具合が生じにくいのが利点です。
- カプセル配置:ほぼ同一点に置く(コインシデント)。
- 角度:一般的に90°〜135°が使われる。角度が大きいほど「横に広がる」印象になるが、真の拡がりは録音状況や指向性で左右される。
- 指向性:カーディオイドが標準。双指向性(フィギュアエイト)を交差させるとブルムライン(Blumlein)になり、別の特性を示す。
XYと他のステレオ手法との違い
主要な比較対象はAB(オフセットペア)、ORTF、M/S(ミッドサイド)です。
- AB:間隔による時間差を利用。空間感・広がりが得やすいがモノ互換性で不利。
- ORTF:17cm間隔と110°角で、時間差とレベル差の両方を活かすハイブリッド的手法。
- M/S:ミッド(指向性)とサイド(双指向性)を使い、後処理でステレオ幅を調整可能。位相の管理が必要。
- XY:位相トラブルが少なく、モノ互換性に優れる。中心定位の確実性が欲しい場合に有利。
XYマイクの利点
- モノラル互換性が高い:カプセルが同位相のため、左と右を合成しても位相干渉が起こりにくい。
- 安定した中央定位:ボーカルやソロ楽器の中心がぶれにくい。
- セットが比較的シンプル:1つのスタンドにまとめられるコアな配置が可能。
- 屋外やライブでも有用:位相問題が少なくモニタリングしやすい。
XYマイクの欠点と注意点
- 横の広がりが限られる:ABやORTFに比べ、ステレオの“奥行き”や“広さ”が得にくい。
- 定位のシャープネスはマイク特性に依存:マイクが不適切だと定位が不自然になる。
- カプセルの整合性:左右のマイク特性(感度・位相応答)が一致していることが重要。
マイクの選び方
一般的には小型ダイナミックや小型コンデンサのカーディオイドが多く使われます。スタジオでは小型コンデンサ(ラージダイアフラムよりも小型ダイアフラムが線形で位相応答が良い場合が多い)が好まれることが多いです。重要なのは左右のマイクの「マッチング」。ペアで製造されたマッチドペアや、同一モデルのものを使うことが推奨されます。
- 感度と周波数特性が近いこと。
- カプセルの向きや高さが揃っていること。
- 耐入力やノイズ特性は収録対象に合わせる(ドラムやブラスには高耐入力が望ましい)。
角度と距離の実践的ガイドライン
角度:90°は定位がしっかりしたナチュラルなステレオ。100°〜120°にすると横が広がる印象だが、過度だと不自然になる場合がある。135°超はあまり一般的ではない。
距離:楽器やアンサンブルに近づけるほどダイレクト音が強まり、ルームトーンは弱くなる。典型的にはソロ楽器で30〜120cm、室内アンサンブルや合唱で1.5m以上など用途で変わる。最終的には試聴しながら決めるのが王道です。
配置のコツ — 楽器別の具体例
- アコースティックギター:サウンドホールから20〜40cm上、サウンドホールとネックの間あたりを狙う。角度は90°前後。
- ピアノ:グランドだと蓋を利用し、弦の中心線上の上方に配置。角度は100°前後で開放感を調整。
- ドラム(オーバーヘッド):クラッシュやシンバルの広がりを重視する場合はXYをやや高めに。キックやスネアの定位は別の近接マイクで補う。
- アンサンブル/合唱:ステージ全体が画面に収まる距離に置き、角度で横幅を調整。部屋の響きが重要。
ゲインとプリ設定、録音時のチェックポイント
- 各チャンネルのゲインは個別に適正レベルへ。クリッピングしないがノイズフロアにも注意。
- 位相(ポラリティ)チェック:左右合成して音が薄くならないか確認。逆相になっていると一気に音像が崩れる。
- ハムや不要共振:ケーブル、グラウンド、近接する電源機器をチェック。
- ヘッドルームを確保してピークに対処。ダイナミックなソースは余裕を持った設定を。
モノラル互換性と位相の扱い
XYの最大の利点の一つはモノ互換性です。コインシデント配置のため到達時間差がないので、左右をモノにまとめても位相打ち消しが起きにくい。ただし、指向性のハーモニックや周波数特性の差があると周波数特性の変化は生じ得るため、録音後にモノチェックは必ず行いましょう。
実践的な問題解決
問題:ステレオイメージが狭い/定位がぼやける。対策:角度を広げる、マイクを少し離す、マイクの高さや向きを微調整する。マッチングが悪ければ別のペアを試す。
問題:左右合成で音が薄くなる。対策:配線やプリの位相(ポラリティ)を確認。片側のマイクが逆相接続されていないかチェック。
XYを活かすミキシングのテクニック
- EQは左右別々に小さな調整を加えて定位を微調整する。
- ステレオイメージの拡張は慎重に。過度なステレオワイズニングはモノ互換性を損なう。
- リバーブはルーム感を追求するために有効。XY自体で得られるルームトーンを損なわないように並行して混ぜる。
代表的な用途と実務上の選択基準
ライブ収音(PA収録)やフィールドレコーディング、クラシックやアコースティックのスタジオ録りでの定番手法です。中心定位を重視しつつ位相問題を避けたいとき、あるいはマイク数を制限したい現場で特に有用です。
実際に試すためのチェックリスト
- マイクペアが同一モデルかつマッチしているか。
- カプセルが同一平面・近接しているか。
- 角度を90°→100°→110°と段階的に試して比較する。
- 各角度・距離でモノラルチェックを必ず行う。
- 録音サンプルを複数取り、後で比較できるようにする(リファレンスのため)。
よくある誤解とFAQ
- 「XYでは広いステレオは得られない」:完全にそうとは言えません。状況と角度・距離で十分な広がりは作れますが、ABやORTFほどの“空間感”は生じにくい傾向があります。
- 「どの角度が最適?」:対象と好みに依存。90°は安全、100°〜120°で広がりを調整。
- 「指向性はカーディオイド限定?」:一般的にはカーディオイド。フィギュアエイトを使うとブルムラインになり、別の特性になる。
まとめ — いつXYを選ぶか
XYはモノ互換性、中央定位の安定、設置の簡便さが求められる場面で極めて有効です。音楽ジャンルや録音環境に応じて角度・距離・マイク選定を細かく調整すれば、自然で使いやすいステレオ像が得られます。どのステレオ手法にも長所短所があるため、目的に合わせた使い分けが重要です。
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参考文献
- Stereo microphone techniques — Wikipedia
- Sound On Sound — XY Stereo Mic Technique
- Shure — What is XY?
- Audio Engineering Society — Stereo Microphone Techniques (論文/資料)
- iZotope — Stereo Recording Techniques
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