ORTFマイク配置徹底ガイド:起源・理論・実践テクニックと応用例
イントロダクション:ORTFとは何か
ORTF(Office de Radiodiffusion Télévision Française)方式は、フランス国営放送局(ORTF)の音響技術者たちが1960年代に標準化したステレオマイク配置の一つです。単なるマイクのレイアウト以上に、「音像の自然さ」と「録音の現場適用力」を両立させるための実践的な設計思想を持っています。ORTFは近接同時(near-coincident)方式に分類され、位相差(時間差)と音圧差(レベル差)の両方を利用して立体感を作り出します。本稿では、ORTFの歴史的背景、物理的仕様、理論、具体的な設置方法、活用シーン、注意点、他方式との比較、実務的なコツまで詳しく解説します。
歴史と背景
ORTF方式は1960年代にフランスの放送局が放送用のステレオ標準として採用したことに始まります。目的は放送現場での汎用性の高いマイク配置を確立することでした。設計時の指標として人間の頭部による定位感覚(左右の耳間距離や音の到達時間差)を参考にし、実用的で再現性の高い配置が決められました。
ORTFの物理仕様と基本設定
- マイクの種類:指向性はカーディオイド(心形)を使用するのが標準。小型コンデンサーマイクがよく用いられる。
- カプセル間隔:中心間距離17cm(0.17m)。これは成人の平均耳間距離に近い値です。
- 角度:マイクの向きは互いに外側へ開く形で110度の角度を保つ。
- 高さと距離:収録対象や目的によって変わるが、アンサンブル録音では1〜3m程度の高さ・距離から全体を捉えるのが一般的。
この17cmと110°という組み合わせにより、ORTFは時間差(到達時間差:約100〜600μs程度、源や距離による)とレベル差の両方をバランスよく利用し、人間の聴覚に近い自然な音像を生み出します。
理論:なぜ自然なステレオイメージが得られるのか
ステレオ定位には主に2つの手がかりがあります。1つは音の到達時間差(ITD: Interaural Time Difference)、もう1つは音圧差(ILD: Interaural Level Difference)です。ORTFは両者を併用することで、広がり(左右の分離)と中央定位(センターの明瞭さ)を両立します。完全なコインシデント(例:X/YやBlumlein)は主にレベル差で定位を作りますが、時間差がないため開放感に欠ける場合があります。一方、広く離したスパース配置(例:A/B)は時間差が大きく生じ、位相の問題やモノラル互換性の悪化を招くことがあります。ORTFはこの中間に位置し、実用的なトレードオフを実現します。
セッティングの基本—具体的手順
- マイク選び:同一モデルのマッチドペアを使う。位相特性と指向性の一致が重要。
- マウンティング:ORTF専用のステレオバーやステレオアダプタを使い、17cmと110°を正確に保つ。
- 向きの決定:録音対象(オーケストラ、合唱、アコースティックギター、ピアノ等)の中央に向けてペア全体の指向軸を合わせる。
- 高さと前後位置:部屋の響きと楽器の配置に応じて調整。反射の強い後方を避けつつ、部屋の良さを取り入れる。
- ゲインと位相チェック:同相/逆相テストを行い、左右の位相が正しいことを確認する。モノラルでの巻き込み(sum)も確認する。
典型的なアプリケーションと配置例
- オーケストラ/コンボ録音:指揮者のやや後方、高さ1.5〜3m、ステージ前方中心に設置。
- 合唱:合唱列の前方中央、高さ2〜3m程度で全体を捉える。
- アコースティックギター:アンビエンスを取りたい場合はギターから1〜2m、耳レベル(演奏者の位置)を意識して配置。
- ピアノ:リフレクションとダイレクトのバランスを考え、ピアノの蓋内側付近または蓋の外側に1m程度離して設置。
- ジャズトリオや小編成:演奏位置の中央に近い高さ・距離で、個々の楽器の定位を補完するスポットマイクと組み合わせる。
マイクの種類と特性
ORTFでは小型ダイアフラムのカーディオイドコンデンサーマイクが推奨されます。理由は指向性が安定しており高域の位相特性やトランジェントの再現性が優れるためです。大口径マイクでも使用可能ですが、低域の指向特性やボウル効果に注意が必要です。いずれの場合もマッチングされたペアでの使用が音像の安定性につながります。
メリットとデメリット
- メリット:自然で広がりのあるステレオイメージ、放送やライブ収録での汎用性、モノラル互換性が比較的良好、設計がシンプルで再現性が高い。
- デメリット:非常に狭い楽器の近接録音には向かない(不要な部屋鳴りを拾う)、非常に大きな空間表現を求める場合は広いスパース方式に比べやや控えめ、ミスアライメントやマッチング不良で位相問題が出る。
モノラル互換性と位相の注意点
ORTFは近接同時方式のためモノラルに折りたたんだ際のキャンセル(位相打ち消し)は完全ではありませんが、多くの状況で許容範囲に収まります。ただし、収録後に左右を極端に処理(EQやタイムシフト)するとモノラル互換性が損なわれることがあるので、サミングチェックを常に行うことが重要です。またケーブル配線やプリアンプの極性ミスによる逆相を防ぐことも必須です。
実務的なコツとチェックリスト
- マイクをステレオバーに固定したら距離と角度を再確認する(17cm/110°)。
- レベル設定時に片側ずつフェイズチェック、モノラルサムも必ず確認。
- 屋内での収録は天井や床の不必要な反射を避けるため吸音やディフューズを活用。
- ペアマイクに同じポップガードやウィンドスクリーンを使うことで高域の一致を保つ。
- 録音前に部屋鳴り(ルームノイズ)を測定し、望ましい残響時間(RT60)に合わせて位置やEQを調整。
他のステレオテクニックとの比較
主要なステレオ方式とORTFを簡潔に比較します。
- X/Y(コインシデント):位相的な問題は少ないが、空気感や広がりはORTFに劣る。
- Blumlein(90°フィギュア8):巧みなステレオ感が得られるが逆相に敏感で設置が難しい。
- A/B(スパース/間隔法):広い空間感を取れるがモノラル互換性や位相問題のリスクが高い。
- NOS/DIN:近接同時の別フォーマット(例:NOSは30cm/90°など)で、音像の特性がORTFと異なる。現場や好みに応じて選択する。
実例:ジャンル別の最適化アドバイス
- 古典・室内楽:ORTFは自然なホールトーンを捉えるのに適している。弦や木管の微妙な定位が両立される。
- アコースティックポップ:ボーカルは別マイクで近接録音し、ORTFでルームと楽器群をキャプチャするのが良い。
- ジャズ:トリオなどのライブ感を残しつつバランスを取りたいときに有効。ドラムセット全体のルーム録音にも向くが、スネアやキックのパンチが必要な場合はスポットマイクを併用。
変形とカスタマイズ
現場によっては17cm/110°を基準に角度や距離を微調整することがあります。角度を増やすとステレオ幅が広がり、距離を広げると時間差が増えるため定位感が変化します。ただし、極端な変更はモノラル互換性や位相整合を損なうため注意が必要です。
まとめ:いつORTFを選ぶべきか
ORTFは「自然なステレオ感」「現場再現性」「実装の容易さ」を求める場面で最適な選択です。ホールや部屋の響きを生かしつつ楽器の定位も明確にしたいときに威力を発揮します。一方で近接収録や極端に広いステレオイメージを必要とする場合には他の手法の検討も必要です。どの技法でもそうですが、現場でのテストと微調整が最良の結果を生みます。
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参考文献
- ORTF stereo technique - Wikipedia
- ORTF Stereo Technique - Sound On Sound
- What is ORTF? - Neumann
- Stereo Microphone Techniques - Shure
- Audio Engineering Society(AES) - 参考資料および論文検索
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