マイクテクニック完全ガイド:録音からライブまで使える実践ノウハウ

はじめに

マイクテクニックは、音楽制作やライブサウンドでの音質を決定づける重要なスキルです。マイクの種類や指向性、配置、角度、距離、チェーン(プリアンプやEQなど)の組み合わせによって、同じ音源でもまったく異なる結果になります。本稿では基礎理論から具体的な楽器別の実践テクニック、ステレオ録音法、ライブでの注意点、機材選定やトラブルシューティングまで、現場で役立つ知識を幅広くかつ深堀りして解説します。

マイクの基礎:種類と指向性

まずマイクの基本を押さえます。代表的なマイクの種類はダイナミック、コンデンサー、リボンの3つです。ダイナミックは耐久性と高SPL(大音圧)に強く、スネアやギターアンプ向き。コンデンサーは高感度で高域の解像度が高く、ボーカルやアコースティック楽器、ドラムのオーバーヘッドに適します。リボンは滑らかな高域と自然な指向性で、ルームやギターアンプの特性を穏やかに捉えます。

指向性(カーディオイド、オムニ、フィギュア8など)は音の拾い方に直結します。カーディオイドは前方の音を主に集め、後方は減衰するため単一の音源に有利。オムニは全方向を均等に拾うためルーム音を含めたい場合に有効。フィギュア8(双方向)は正面と背面を拾い側面を捨てるため、MS(Mid-Side)やブリュムライン録音などステレオ技法で使われます。

マイク配置の原理:近接効果・オフアクシス・位相

重要な原理を理解しておくと配置での試行錯誤が効率化します。

  • 近接効果:指向性マイク(特にカーディオイドやフィギュア8)は音源に近づくと低域が増強されます。ボーカルで温かみを出したいときには有用ですが、低域の濁りやポップノイズを招くことがあるので距離を調整します(一般的に5~15cmがボーカルの基本レンジ)。
  • オフアクシス特性:マイクは正面の周波数レスポンスとオフアクシス(軸外)でのレスポンスが異なります。アンプの斜め置きやリフレクションを利用するときはオフアクシスの音色変化を意識します。
  • 位相と時間差:複数マイクを用いる際は位相ずれが生じやすく、ピーク・ディップ(コムフィルタリング)が発生します。3:1ルール(マイク間距離は各マイクと音源間距離の3倍以上)や位相確認、必要なら位相反転(ポラリティ反転)や遅延補正で対応します。

ボーカルのマイクテクニック

ボーカルは楽曲の核なので丁寧なアプローチが求められます。

  • 距離と角度:一般的にマイクと口の距離は5~15cm。息やポップを抑えるためにポップフィルターを3~10cmほど離して設置します。近接効果で低域が出過ぎる場合は少し離すか角度をつけ音軸から外して拾う(オン-オフアクシス)と有効です。
  • 指向性の選択:スタジオではコンデンサ・カーディオイド(例:大型ダイヤフラム)が定番。音漏れが多い環境ではハイパーカーディオイドやダイナミック(SM58など)を選ぶことがあります。
  • ゲイン構成:プリアンプの入力はクリップを避けつつ十分なS/Nを得られるように設定。ラウドな歌い手には-10~-6 dBの余裕を持たせます。必要ならコンプレッサーでダイナミクスをコントロール。
  • 録音テクニック:複数トラックを重ねる際は各テイクの距離と角度を揃えて位相の一貫性を保つとミックス時の位相問題を減らせます。

ギター:アンプとアコースティックの違い

ギター・アンプとアコースティックでは狙いが異なります。

  • ギターアンプ(クローズマイク):動的マイク(Shure SM57など)をスピーカーコーンの中心寄りに近づければアタックが強調され、外側にずらすとまろやかになります。一般的な距離は数センチ〜数十センチ(グリル開口部から1–10cmが目安)。ローリーンやリボン(Royer R121等)はナチュラルで高域が穏やかになります。
  • ルーム・アンビエンス:アンプの音にルーム感を加えたい場合、アンプ前方から一定距離(0.5–2m)にオムニやコンデンサを置きルーム音を拾います。クローズとルームをブレンドして自然さを調整。
  • アコースティックギター:サウンドホール付近は低域が強くなりがちなので、12フレット付近を目安にマイクを置く(10–30cm)。ステレオで録る場合はXYやORTFなどのステレオ配置を検討。

ピアノと弦楽器のマイキング

ピアノは内部の弦と響板、蓋の開け方で音が大きく変わります。一般的には大フレームのグランドピアノで、低域側と高域側にそれぞれマイクを配置してバランスを取ります。蓋の高さや反射を考慮し、オーバーヘッド的に2本のコンデンサを使う場合は位相とステレオイメージを確認してください。

弦楽器(バイオリンなど)は楽器の“素”の音と奏者の息づかいのバランスが重要で、駒付近(3rd–4thポジション)を狙うと明瞭さが出ます。オムニでルームを足すか、近接で芯を作るかは曲の意図次第です。

ドラムのマイキング:キックからオーバーヘッドまで

ドラムは複数マイクの同時運用が前提。位相管理が最も重要です。

  • キック:内部に置くマイクはアタックを強め、ポート外に置くと低域が豊かになります。良くある配置はポート内でスピーカコーンから3–10cm、外側ではスピーカグリルから10–30cm。ダイナミック(AKG D112、Shure Beta52等)や専用のキックマイクが使われます。
  • スネア:トップにコンデンサ/ダイナミックを近接(3–6cm、角度はヘッドの中心を避ける)してアタックを取り、ボトムにリボンや小口径ダイナミックでスナップを補います。位相関係を確認し、必要なら位相反転。
  • タム:タムごとに1本ずつ近接(2–10cm)で拾うか、スネアと同様に複数のショートディスタンスを用います。
  • オーバーヘッド/シンバル:大口径コンデンサをシンバル中心線上に配置し、ステレオペアで定位を作ります。距離は60–120cm程度が目安。
  • ルーム:ルームマイクはドラム全体の空気感を与えます。遠めに配置して自然なリバーブ感を作り、ミックスでブレンドします。

ステレオ録音技法の選び方

代表的なステレオ技法と用途は以下の通りです。

  • XY(オーディオ位相が一致):2本を交差(通常90°)させるコインシデンスペア。位相問題が少なく定位が安定。ドラム・ボーカルルーム等。
  • ORTF(角度110°、マイク間隔17cm):より広がりと自然なステレオ感を提供。ピアノやアコースティック、オーケストラに向く。
  • ブリュムライン(Blumlein):フィギュア8のコインシデンスで非常に自然な空間再現。ルームやアンビエントを忠実に録る。
  • スパースペア(A/B):間隔を広げて置くことでワイドなステレオ感が得られるが位相管理が難しい。
  • Mid-Side(MS):ミッド(要約)とサイド(差分)を記録し、ミックス時にサイドのゲインで広がり調整ができる強力な手法。

ライブでの実践的注意点

ライブでは環境ノイズ、フィードバック、モニタからの漏れを考慮します。

  • ハウリング対策:マイクの指向性を正しく向け、スピーカーとの角度や距離を保つ。イコライザでフィードバック周波数を抑える。
  • ステージモニタ:モニタの配置はマイクの背面に向けない。インイヤーを併用すると音質と安定性が向上。
  • ケーブル管理と耐久性:ライブではケーブル断やハンドリングノイズが発生しやすいので、堅牢なダイナミックマイクやショックマウントの使用を検討。

機材チェーンと設定:プリアンプ、PAD、HPF

マイク自体の性能だけでなくチェーン全体が音質を左右します。

  • プリアンプ:色付けの少ないハイヘッドルームのものを選ぶか、楽曲により温かさを加えたい場合は色付けのあるプリアンプを選択します。プリアンプのゲインはノイズを抑えつつクリップに余裕を持たせる。
  • PAD:高SPL(キックやアンプ)には-10/ -20dBのPADを使用してクリップを防ぐ。
  • HPF(ハイパスフィルタ):低域の不要な振動やマイクの近接効果を抑えるため、ボーカルで80–120Hz程度、楽器に応じて調整。
  • DI:エレキギター/ベースの録音ではDIでピュアな信号を取り、必要ならアンプのマイク音とブレンドします。

メンテナンスとトラブルシューティング

日常点検と簡単なトラブル対処は現場で役立ちます。

  • 接続不良:まずケーブルとコネクタ、パッチパネルを確認。XLRピンの接触不良は断続ノイズの原因。
  • ハンドリングノイズ:ショックマウントやマイクスタンドの位置調整、マイクケーブルの取り回しで改善。
  • ポップ・プラスティックノイズ:ポップフィルターや距離の確保、ボーカルの角度調整。
  • 位相問題:複数マイクの組み合わせで低域が薄くなる場合、距離や位相反転、遅延を試して位相を合わせる。

まとめ:実践で身につけるためのステップ

理論は重要ですが、最終的には耳と経験がものを言います。まずは基礎原理(近接効果、指向性、位相)を理解し、標準的な配置(ボーカル5–15cm、スネア3–6cm、オーバーヘッド60–120cm、ORTF/XYの角度と間隔など)を試してみてください。複数のテイクや異なるマイクの比較を行い、スペクトルと位相をモニターしながら最適解を見つけましょう。録音環境(ルーム音)も結果に大きく影響するため、ルームトリートメントやマイクの位置をセットで考えることが重要です。

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参考文献