フューチャートラップ入門:起源・音響設計・代表曲で読み解くサウンドの全貌
フューチャートラップとは何か(定義と概観)
フューチャートラップ(Future Trap)は、ヒップホップ由来のトラップ・リズムと、フューチャーベース/エレクトロニック・プロダクションに見られるメロディックかつシンセサイザー中心のサウンドデザインを融合させたジャンルの総称です。2010年代初頭から中盤にかけてEDMシーンとヒップホップのクロスオーバーが進行するなかで登場し、重い808サブベースやトラップ特有のハイハット・ロール、スネアの配置感を保ちながら、明るく厚みのあるシンセやボーカルチョップ、スペーシーなリバーブを多用する点が特徴です。
歴史的背景と起源
フューチャートラップのルーツは複数の流れが重なったものです。まず南部ヒップホップのトラップ・ビート(低音の808、スネア/クラップの強調、ハイハットの細かいロール)が基盤にあります。一方で、2010年代に台頭したフューチャーベース(Flumeらに代表される)やエレクトロニカ的なサウンドデザインが、よりメロディックでシンセ重視の要素を持ち込みました。
重要なターニングポイントとしては、2012年前後のTNGHT(Hudson MohawkeとLuniceのユニット)やBaauer、RL Grimeらの作品が挙げられます。TNGHTのビートは伝統的なヒップホップのスイング感とエレクトロニックなサウンドデザインを大胆に融合させ、EDMフェスやクラブでの受容を促しました。また、Baauerの「Harlem Shake」(2012)がバイラルになることで“トラップ・サウンド=フェス向けの重低音+派手なドロップ”というイメージが一般にも広がりました。
音楽的特徴(リズム/テンポ)
フューチャートラップのリズム面では、次の要素が典型的です。
- テンポ:BPMは概ね130〜150前後で設定されることが多く、実際にはハーフタイムのグルーヴ(約65〜75BPM相当の感覚)で演奏されることが多い。
- キックと808:深いサブベース(808系)をキックと合わせて低域を支え、サブのピッチやグライドでメロディック効果を出す。
- ハイハット:細かな16分/32分音符のロール、トリプレット(3連符)やピッチ差を用いた変化が多用される。
- スネア/クラップ:通常4拍目(または3拍目にスナップを置くなど)にアクセントを置き、クラップやスネアのレイヤーで存在感を確保する。
和声・メロディ面の特徴
フューチャートラップは、単純なワン・コードで重低音を中心に進行する伝統的なトラップと異なり、フューチャーベース的な和声やメロディの要素を取り入れることが多いです。分厚いパッド、デチューンされたリード、ピッチ・ベンドを多用したシンセ・リフ、ボーカル・チョップをメロディ素材として組み込むことで、エモーショナルな聴感を作ります。コード進行は比較的シンプル(短調中心)ですが、シンセの倍音構造やフィルターの動きで豊かさを出すのが常套手段です。
サウンドデザインと制作テクニック
制作面での特徴は以下の通りです。
- シンセサイザー:デチューンしたソー/スーパーソー、FMシンセで作るベル系の音色、グリッジ的なプラック、ポルタメントの効いたベンド音を多用する。
- ボーカル処理:ピッチシフト/ボーカルチョップ、グリッチ、オートチューンのクリエイティブ使用。短く切ったボーカルを再配列してメロディ素材にする手法が定番。
- 空間処理:長めのリバーブとプリディレイ、テンポ同期ディレイで広がりを作り、リードにはやや短めのリバーブ+ディレイで前に出す。
- ダイナミクスとサチュレーション:低域はクリーンに保ちつつ、トランジェント・シェイピングやテープサチュレーションで倍音を付加し、圧力感を演出する。
- サイドチェイン:キックに合わせたサイドチェインで低域とリズム感をクリアにし、ドロップでのパンチを強調する。
アレンジ構造(ビルド/ドロップ/ブレイクダウン)
典型的なトラック構成はEDMの影響が強く、イントロ→ビルド→ドロップ→ブレイクダウン→ビルド→ドロップという形を取りがちです。ビルドではホワイトノイズやピッチ・ライザー、リズムのスパース化で緊張を作り、ドロップで重低音とシンセが一気に開放されることでカタルシスを生みます。ヴァース部分にラップやシンガーを置き、コーラス的なドロップをフックとして機能させる楽曲も多いです。
代表的なプロデューサーとリリース
フューチャートラップ/トラップEDMシーンで重要なアーティストや作品は次の通りです(歴史的意義や影響力の観点から選出)。
- TNGHT(TNGHT EP, 2012)— Hudson Mohawke と Lunice によるプロジェクト。トラップとエレクトロニックの交差点を示した。
- Baauer(Harlem Shake, 2012)— バイラル現象を通じてトラップEDMの一般認知を拡大。
- RL Grime(Core ほか)— フェス/クラブ向けに洗練されたドロップとメロディ性を提示。
- Flume(初期作品)— 直接“トラップ”とは異なるが、フューチャーベースの音響美学がフューチャートラップに影響を与えた。
- What So Not、Yellow Claw、Hucci など— シーンを支えたプロデューサー群。
文化的影響とシーンの広がり
フューチャートラップはEDMフェスティバルやクラブ文化を通じて若年層に急速に浸透しました。SNSやミーム文化との親和性も高く、短尺でインパクトのあるドロップは動画プラットフォームと相性が良かったため、楽曲が広まる速度が速かった点も特徴です。ヒップホップのメインストリームとも相互作用し、ポップスやK-POPなど他ジャンルのプロダクションにもフューチャートラップ由来の音作りが持ち込まれています。
サブジャンルと近縁ジャンル
フューチャートラップは次のような近縁ジャンルと重なり合います。
- トラップ(ヒップホップ):ラップ主体のものとは分かれるがリズム原理は共有。
- フューチャーベース:シンセの美学やボーカル・チョップの利用で親和性が高い。
- ハイブリッド・トラップ:トラップのリズムを基盤に、ダブステップやベース・ミュージックの要素を混ぜたスタイル。
実践的な制作アドバイス(プロデューサー向け)
フューチャートラップ制作で押さえるべき実践ポイントは以下です。
- サブベースのチューニングを徹底する:トラック全体のキーとサブのピッチを合わせ、低域が不協和にならないようにする。
- ハイハット・プログラミングに変化を:ロールの長さやピッチを自動化し、単調さを避ける。
- ボーカルチョップはメロディの補助に使う:短いフレーズを編集してリズミックかつメロディックなフックを作る。
- 空間系エフェクトをシーンごとに分ける:イントロやブレイクで広がりを持たせ、ドロップではややドライに前に出すなど対比をつける。
- ミックスで低域を整理する:マルチバンド・コンプやダック(サイドチェイン)を駆使してクリアなキックとサブを両立させる。
批評的視点と現状の課題
フューチャートラップは短期間で商業的成功を収めましたが、過度に“ドロップ”や“サウンドデザインの派手さ”に依存する傾向が指摘されます。これはジャンルの均質化を招きやすく、個々の曲の耐久性(ロングリビングな楽曲となるか)に疑問を投げかけることがあります。一方で、多様な音楽的要素を取り込める柔軟性はクリエイティブな実験にも向いており、既存のフォーマットに新しい表現を持ち込む余地は大きいです。
おすすめトラック/プレイリスト(入門用)
学習や制作の参考にするなら次の曲やEP/アルバムを聴いてみてください:TNGHT(TNGHT EP)、Baauer(Harlem Shake)、RL Grime(Coreやその他のEP)、Flumeの初期作品、What So Notの一連のシングル。これらはフューチャートラップの多様な顔を理解するのに役立ちます。
まとめ(今後の展望)
フューチャートラップはトラップのリズミックな強さと、フューチャーベースに代表されるサウンドデザインの繊細さを併せ持つジャンルです。商業的には2010年代中盤にピークを迎えた感がありますが、その音響的手法やプロダクション技術はポップ、ヒップホップ、K-POPなど幅広いジャンルに浸透しており、形を変えながら生き残る可能性が高い分野です。プロデューサーとしては、低域の精密な管理とシンセの創造的な運用を両立させることが高品質なフューチャートラップ制作の鍵になります。
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参考文献
- Wikipedia: Trap music
- Wikipedia: Future bass
- Pitchfork(アーティスト/作品レビュー検索)
- Resident Advisor(エレクトロニック音楽全般の論考)
- Billboard(チャートと業界動向)
- Rolling Stone(ポップミュージック動向)
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