Golay符号の深堀り:理論・構成・応用とその数学的背景

はじめに

Golay符号は、符号理論における最も美しくかつ深い構造を持つ誤り訂正符号の一群です。1949年にMarcel J. E. Golayが発見したこれらの符号は、完備性(perfect code)、自己双対性、そして数学的対象(ステイナー系、マチュー群、リーチ格子)との強い結びつきにより、純粋数学と情報理論の両面で重要な役割を果たしてきました。本コラムでは、Golay符号の基本定義、2種の主要なGolay符号(2進と3進)の性質と構成法、復号法、そして関連する代数的・幾何学的構造や応用例まで、できるだけ厳密に解説します。

Golay符号とは何か(基本定義)

一般に「Golay符号」として知られるものは主に2種類あります。

  • 二進Golay符号(binary Golay codes): 非拡張の(23,12,7)符号(以下G23)と、1ビットのパリティを加えた拡張符号(24,12,8)(以下G24)。
  • 三進Golay符号(ternary Golay codes): 非拡張の(11,6,5)符号(以下G11)と、拡張の(12,6,6)符号(以下G12)。

ここで表す(n,k,d)は長さn、次元k、最小ハミング距離dを意味します。G23は最小距離7で誤り訂正能力t=floor((d-1)/2)=3、G11はd=5でt=2です。特筆すべきは、これらが「完備(perfect)符号」である点です。すなわち、有限体上の全ての語空間を誤り球(半径t)の等分覆いで埋め尽くします。

完備性の数値例(球詰めの検算)

二進G23について、半径3の球の体積は

V_2(23,3)=sum_{i=0}^3 C(23,i)=1+23+253+1771=2048=2^{11}。

コード語数は2^{12}=4096であり、4096*2048=2^{23}で全空間を埋めます。これによりG23は3誤り訂正の完備符号であることが分かります。同様に三進G11では、q=3, n=11, t=2について

V_3(11,2)=sum_{i=0}^2 C(11,i)*(3-1)^i=1+11*2+55*4=243=3^5。

コード語数は3^6で積は3^{11}となり、これも完備であることが確かめられます。

二進Golay符号の性質(G23とG24)

拡張された二進Golay符号G24は[24,12,8]の自己双対(self-dual)かつダブルイーブン(doubly-even)符号です。"ダブルイーブン"とは全ての符号語の重みが4の倍数であることを指します。G24の重み分布は決定的で、重み8の語が759、重み12の語が2576、重み16の語が759、重み24の語が1個(全1語)、0重みが1個、という形になります。この特異な構造は、ステイナー系およびマチュー群との結びつきの核となります。

G24の自己同型群は有名なマチュー群M24であり、G24の重み8の集合はWitt設計(Steiner系 S(5,8,24)、通称Witt設計)を与えます。こうした深い対称性があるため、G24は数論・群論・組合せ論における重要な構成要素となります。

三進Golay符号の性質(G11とG12)

三進の拡張G12は[12,6,6]_3の自己双対符号で、各符号語の最小距離は6となります。G12の自己同型群はマチュー群M12と関連があり、G12の構成からSteiner系 S(5,6,12)(しばしばWittの12点設計と呼ばれる)を得ます。二進・三進いずれのGolay符号も、独特な対称性と最適性(非自明な極値性)を備えています。

構成法の概要

Golay符号の構成にはいくつかの方法があります。代表的なものを挙げます。

  • 二次剰余(quadratic residue)による構成: 素数pに対する二次剰余集合を用いる方法で、G23やG11はこうした剰余集合を元にして生成多項式や生成行列を与えることができます。G23は長さ23という素数に関連する構成で得られます。
  • Hadamard行列や差集合を使った構成: パターン整列を利用して符号語集合を作るアプローチ。
  • 代数的構成(代数的符号や巡回符号としての取り扱い): G23は巡回符号の同値な表現を持ち、生成多項式を通して構築されることが知られています。拡張G24は、G23にパリティビットを加えるだけで得られます。
  • 格子構成(Construction A): バイナリG24を使ってLeech格子を得るConstruction Aと呼ばれる方法があり、格子・球詰め・群論との橋渡しをします。

復号法(実装面)

Golay符号の復号は、理論上は最近傍復号(最低重み復号)で行えば最良ですが、実装的に効率よく行うために次のような手法が用いられます。

  • シンドローム復号: パリティ検査行列を用い、受信語のシンドロームから誤りパターンをテーブル参照で決める方法。G23では誤り重みが3以下なので、重み0〜3の誤りパターン全てをテーブル化すれば確実に復号できます(テーブルサイズは有限)。
  • 近似アルゴリズム: 大きなテーブルを使わず、局所的・逐次的ルールで誤りを推定する手法。例えば最尤近似に基づく探索や、信頼度情報を利用するソフト判定復号(軟判定復号)など。
  • 拡張符号からの簡易化: G24の復号は、余分なパリティビットを外してG23に戻したり、逆にパリティを用いて誤り検出を強化したりする運用が可能です。

実装上は、G23用のシンドローム・ルックアップテーブル(重み0〜3の誤りパターンに対応)は現実的で、組込み機器でも利用可能です。一方、軟判定復号や確率的探索は通信チャネルの性質に応じて有利になります。

数学的関連と応用

Golay符号は単なる符号理論の事例にとどまらず、次のような深い数学的構造と結びついています。

  • Steiner系: G24の重み8の語集合はS(5,8,24)(Witt設計)を与え、G12はS(5,6,12)に対応します。これにより組合せ設計理論と直結します。
  • マチュー群(Mathieu groups): G24の自己同型群はM24、G23の自己同型群はM23、G12はM12など、マチュー群が登場します。これらは最古の sporadic simple groups の代表例で、有限群論における重要な例です。
  • Leech格子と球詰め: G24をConstruction Aで格子に拡張することでLeech格子を得られ、これが高次元の最良既知の球詰め構成やConway群への道を開きます。

応用面では、Golay符号そのものが商用通信で広く使われているというよりは、符号理論の基礎例として、また格子や群の構成要素として理論研究・暗号理論・設計理論で頻繁に参照されます。高い対称性と強い訂正能力は、極めて信頼性が求められる特定のシステムや学術的検討で有用です。

一意性と最適性

拡張二進Golay符号G24は、長さ24のダブルイーブン自己双対符号として極端的(extremal)な存在であり、最小距離8という最大値を達成する唯一種(同値なものを除く)と見なされています。この一意性・最適性が、G24を符号理論上の特別な存在にしています。

実際の計算例(G23の球体検算)

G23が完備であることを再確認するための簡単な計算を示します。

半径3の体積: V=1+C(23,1)+C(23,2)+C(23,3)=1+23+253+1771=2048。

コード語数: 2^{12}=4096。したがって 4096*2048 = 2^{12+11} = 2^{23} より、全空間をちょうど埋めることが確認できます。

注意点とよくある誤解

以下の点に注意してください:

  • "Golay符号は実用上万能"という誤解: Golay符号は強力ですが、現代の多くの実用通信システムではLDPCやターボ符号、Polar符号などが現行標準です。Golayは構造上の美しさや極値性、学術的価値が主な利点です。
  • 拡張と非拡張の混同: G23とG24は密接に関連しますが性質が異なります(G24は自己双対・ダブルイーブン、G23は完備性の代表例)。
  • 厳密性の重要性: Golay符号に関する主張は"同値性"や"等価な符号"の概念で語られることが多く、単純なパラメータ一致だけでは一意性を語れません。

まとめ

Golay符号は、完備性、自己双対性、そして設計理論や群論との密接な結びつきにより、符号理論の宝石のような存在です。G23/G24とG11/G12という二つの家族は、通信工学的な誤り訂正符号という枠を越えて、純粋数学のさまざまな分野に影響を与えてきました。実装面ではシンドロームテーブルによる確実な復号が可能であり、理論面ではLeech格子やマチュー群の研究と結びつくなど、学際的な価値を持ちます。

参考文献