モードジャズとは何か――起源・理論・代表作から現代への影響まで徹底解説

モードジャズとは

モードジャズ(modal jazz)は、コード進行に基づく即興演奏から離れ、スケール(モード)を基盤に即興を展開するジャズの潮流を指します。従来のビバップやハードバップが頻繁なコードチェンジとコードトーンへの即興アプローチを重視したのに対して、モードジャズはひとつまたは少数のモード(例:ドリアン、リディアン、ミクソリディアンなど)上で長くフレーズを伸ばすことで、音響的に「開かれた」/「静的な」響きを生み出します。

誕生の背景と主要な先駆者

モードジャズの理論的な起点は、アメリカの作曲家で理論家のジョージ・ラッセル(George Russell)が1953年に提唱した「Lydian Chromatic Concept of Tonal Organization(リディアン・クロマティック概念)」にあるとされます。ラッセルは従来の機能和声中心の考え方に代わり、スケール(特にリディアン・スケール)を軸に調性の重心を考える枠組みを示しました。この考えはマイルス・デイヴィスやビル・エヴァンス、ジョン・コルトレーンらに影響を与え、モードを基盤にした即興と作曲の方法が実践されていきます。

実証的な転機としては、マイルス・デイヴィスのアルバム『Kind of Blue』(1959年)が挙げられます。このアルバムはモードの美学を広く一般に知らしめ、現代ジャズにおける最重要作のひとつとなりました。以降、ジョン・コルトレーン、ビル・エヴァンス、ウェイン・ショーター、ハービー・ハンコックらがモードのアプローチを発展させます。

主要録音と代表曲の解説

  • Kind of Blue(Miles Davis、1959):アルバム全体がモード的なアプローチを中心に構築されています。録音はコロンビア30番街スタジオで行われ、演奏陣はマイルス・デイヴィス(tp)、ジョン・コルトレーン(ts)、キャノンボール・アダレイ(as)、ビル・エヴァンス(p。"Freddie Freeloader"以外)、ウィントン・ケリー(p。"Freddie Freeloader")、ポール・チェンバース(b)、ジミー・コブ(ds)という顔ぶれです。
  • "So What"(Kind of Blue収録):この曲は典型的なモード構造を示します。基本的な構成は主にDドリアンの16小節、E♭ドリアンの8小節、再度Dドリアンの8小節という配分で、長く1つのモード上で演奏が行われます。これによりソロはコード進行の頻繁な変化に縛られず、モードの色合いを深く掘り下げることができます。
  • "My Favorite Things"(John Coltrane、1960):オリジナルのブロードウェイ曲をコルトレーンがマイナーのモード感覚で再解釈し、サックスのソロを中心に長いモードの即興が展開されることでモード的手法の別の側面を提示しました。
  • ジョージ・ラッセルの作品:理論家としてのラッセル自身も作曲・編曲でモード的な考えを示し、同世代のミュージシャンに直接的な影響を与えました。

音楽的特徴(理論と実践)

モードジャズの核心は「和声の頻繁な変化を避け、スケール(モード)そのものを即興と和声の基盤にする」点です。具体的な特徴を挙げます。

  • モードの使用:ドリアン、リディアン、ミクソリディアンなど、各モードの音階色(特徴的な半音・全音配置)を活かす。
  • 静的または持続するハーモニー:ペダルポイントやオスティナート(反復する低音)を用いて、上下の音がモードの色を際立たせる。
  • 和音進行の簡素化:頻繁な II–V–I といった機能和声の連鎖を回避し、長いモード上でモティーフを展開する。
  • リズム・セクションの役割変化:ベースはしばしばシンプルなパターンや長いドローンを担当し、ドラムは色彩的・対話的にリアクションを返すことでソロの空間を作る。
  • ピアノとギターのヴォイシング:ビル・エヴァンスやマッコイ・タイナーに代表されるように、四度積み(quartal voicings)やテンションを活かした和音配置がモードの響きを補完する。

即興の考え方と実践技法

モードジャズでの即興は、単にスケール上をなぞるだけではありません。次の点が重要です。

  • モティーフ展開:短いフレーズ(モティーフ)を反復・変形し、モードの中で発展させる。これが物語性や構造感を生む。
  • 音の選択(カラー音):モード内でも特色のある音を強調して“色”を作る。例えばリディアンでは増四度を使うことで独特の浮遊感を得られる。
  • 間(スペース)の利用:コードが頻繁に変わらない分、沈黙や休符を有効に使うことで緊張と解放をコントロールできる。
  • 対位法的アプローチ:複数の声部(サックスとトランペットなど)が独立にモードの中で動きつつ、全体として調和を保つ技術が求められる。

モードジャズと和声学の関係

モードジャズは機能和声を否定するものではなく、別の選択肢として和声の重心をスケール自体に置く方法です。ラッセルのリディアン概念は「ある音を中心に据えたときに、どのスケールがその中心に対して最も安定するか」を体系化したもので、これにより作曲家・演奏家はコードの絶え間ない変化に頼らずに調性感を作り出せます。

社会的・文化的背景と受容

1950年代末から1960年代にかけて、ジャズは表現の多様化を迎えていました。モードジャズの登場は、複雑なハーモニーを駆使するビバップ/ハードバップの次の段階として、より瞑想的・スケール中心の美学を提示しました。加えて、非西洋音楽や教会旋法(教会モード)、クラシック音楽のモード的要素との類似が興味を引き、当時の作曲家・演奏家たちが新たな音楽語法を模索する契機にもなりました。

批評と限界

モードジャズはその開放感や空間性で高く評価される一方、〈変化の少なさ〉を退屈と感じる向きもあります。また、モードというツールは万能ではなく、創造性は演奏者のモティーフ開発能力やリズムの工夫に大きく依存します。従ってモードを使うだけで「良い」演奏になるわけではありません。

その後の発展と現代への影響

1960年代以降、モード的な考え方はコルトレーンのさらなる探求(例:"Impressions"や"A Love Supreme"の一部素材)や、マッコイ・タイナーのピアノ・ハーモニー、ウェイン・ショーターやハービー・ハンコックらのモードと機能和声の折衷的な使い方により拡張されました。さらに1970年代以降のジャズ・フュージョンや現代ジャズでは、モード的なアプローチがロックやワールドミュージックの要素と融合して新たな音色を生んでいます。欧州のECM系アーティストにもモード志向の演奏が見られ、現在でも教育的・実践的に広く参照されています。

聴きどころガイド(初心者向け推奨トラック)

  • Miles Davis "So What"(Kind of Blue)— モード・アンサンブルの代表例
  • John Coltrane "My Favorite Things" — モードを用いたテーマ再解釈の好例
  • Bill Evans Trio の録音(Kind of Blue関連やトリオ作品)— モードにおけるピアノ・ヴォイシングの妙
  • George Russell の作品や解説録音— 理論と実践の結びつきを理解するのに有益

まとめ

モードジャズは、和声の頻繁な変化を離れてスケールそのものを即興の基盤に据えることで、音楽に新たな空間と色彩をもたらした重要な潮流です。ジョージ・ラッセルの理論的枠組みと、マイルス・デイヴィス『Kind of Blue』を中心とした実践の結びつきにより確立され、以後のジャズ全体に深い影響を与えてきました。演奏技法としてはモードの特性を生かしたモティーフ展開、ヴォイス・リーディング、間の使い方が鍵となり、現代の即興表現においても有効な手段であり続けています。

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参考文献