サーマルインタフェースマテリアル(TIM)完全ガイド:種類・選定・実装のベストプラクティス
はじめに
サーマルインタフェースマテリアル(Thermal Interface Material、以下TIM)は、発熱体(CPU、パワー半導体、LEDなど)と放熱体(ヒートシンク、シャーシ、冷却プレート等)の間の熱抵抗を低減し、熱を効率的に伝えるための材料群です。電子機器の高集積化・高性能化に伴い、TIMの性能や適切な選定・実装はシステムの熱設計において非常に重要になっています。
TIMの基本的役割と物理原理
理想的には接触面は平滑で完全に密着していれば良いですが、実際の表面はミクロな凹凸を持っており、空隙(エア)が存在します。空気は熱伝導率が低いため、この界面の熱抵抗(コンタクト抵抗)がシステム全体の温度上昇に大きく影響します。TIMはこれらの隙間を充填し、熱伝導率の高い経路を作ることで界面熱抵抗を低減します。TIMの評価には熱伝導率(W/m·K)だけでなく、ボンドライン厚さ(BLT)、圧力下での流動・馴染み、長期の経年変化なども重要です。
主要なTIMの種類と特徴
サーマルグリース(サーマルペースト):最も一般的。シリコーンや樹脂を基材に高熱伝導フィラー(酸化亜鉛、酸化アルミニウム、窒化アルミニウム、銀など)を分散させたペースト。熱伝導率は製品によりおおむね1〜10W/m·Kの範囲が多い。塗布後の薄いボンドラインが実現できるため、熱抵抗を低くできるが、時間経過でのポンプアウトや乾燥に注意。
サーマルパッド(フォーム・シート):切断・貼付が容易で組立性に優れる。柔軟性があるため厚みのあるギャップ充填に向く。熱伝導率は0.5〜10W/m·K程度の製品がある。機械的安定性や再現性に優れるが、BLTが厚くなりがちで、グリースほど低い界面抵抗が得られない場合がある。
フェーズチェンジマテリアル(PCM):加熱で軟化し、接触面に流れ込んでギャップを埋めるタイプ。常温では固形で扱いやすく、初期の低抵抗を確保しやすい。長期の特性安定性と動作温度域に注意。
金属系TIM(インジウム、はんだ、液体金属):金属の高い熱伝導性を活かす。インジウムやはんだは比較的高導電性で、低い熱抵抗を達成できるが、再作業性やコスト、相手材との腐食(電気化学的)を考慮する必要がある。液体金属(ガリウム合金等)は非常に高い熱伝導性を示すが、電気伝導性が高くアルミニウムとの接触で腐食を引き起こしやすい。
導電性TIMと絶縁性TIM:TIMは熱伝導だけでなく電気特性も重要。導電性フィラー(銀等)を用いると熱特性は良くなるが、通電により短絡や電気的腐食のリスクがある。逆に絶縁性のTIMは高電圧絶縁が求められる用途に適する。
選定時の評価項目
熱伝導率(k)と熱抵抗(Rth):kは材料固有、だが実運用で重要なのは接合時の熱抵抗。Rth = BLT / k に加え、界面抵抗が大きく影響する。
ボンドライン厚さ(BLT):薄いほど望ましい。塗布性や圧力によって変わる。
機械的柔軟性・圧縮特性:熱膨張差を吸収し、熱サイクルで剥離やクラックが発生しないこと。
電気的性質:導電性/絶縁性の要否。
耐久性・寿命:熱サイクル、湿度、ポンプアウトやドライアウト、酸化などの劣化。
組立性・再作業性:自動塗布、プリカットパッド、硬化時間、リワーク性。
環境・規制:RoHS、REACH、UL規格等への適合。
実装のベストプラクティス
表面処理:汚れ、油分、酸化物を除去してからTIMを適用する。アルコールや指定溶剤で拭くことが一般的。
塗布量と方法:グリースは薄く均一に塗る。過剰塗布は逆に熱抵抗を増やすことがある。小型ICではドットまたはライン塗布が用いられ、大型ではスプレッダーやステンシル塗布が有効。
締結トルクとプレッシャー:適正な接触圧を与えることでBLTを最小化。推奨トルクは機構設計やTIM種類に合わせる。
避けるべき点:液体金属のアルミとの接触、導電性TIMの高電圧近傍での使用、未硬化の樹脂が電子回路に流出することなど。
試験・評価手法
代表的な評価指標は熱抵抗(Rth)、熱伝導率(k)、BLT、長期信頼性(熱サイクル、湿熱試験)。業界標準の測定法としてはASTM D5470(TIMの熱伝導評価)やJESD51シリーズ(半導体パッケージの熱評価指針)などがあり、熱抵抗の測定には定常状態測定と遷移応答法(T3Sterなどのパルス熱法)が使われます。評価時は試験治具の平坦度、圧力、温度勾配を厳密に管理する必要があります。
トラブル事例と対策
ポンプアウト・乾燥:サーマルグリースが時間経過で周辺へ押し出される現象。高温サイクルや低い粘度が原因。耐久性の高いフォーミュレーションやパッドへの切替を検討。
材料の硬化・クラック:硬化型接着TIMや劣化により生じる。柔軟性のある材料の選択や設計によるストレス軽減が有効。
電気的短絡・腐食:導電性フィラーや液体金属は短絡や電気化学的腐食を引き起こす場合がある。絶縁層の確保や異種金属の配置検討が必要。
用途別の目安
PC/サーバーCPU・GPU:薄いボンドラインを得られる高性能グリースや液体金属(ただし取扱い注意)。リワーク性を重視する場合は高性能グリース。
パワー半導体(IGBT、MOSFET):高い信頼性とギャップ充填能力が重要なため、厚みのある高導電パッドやフェーズチェンジ材料が採用されることが多い。
LED・照明機器:光学や電気絶縁を考慮しつつ、熱経路を確保するため絶縁性かつ高kのTIMが選ばれる。
自動車用途:広い温度範囲(-40〜+125℃以上)と振動耐性が要求される。AEC規格等を踏まえた長期信頼性が重視される。
環境・規制と安全性
TIMも化学物質であるため、RoHS、REACHなどの規制やULの難燃性評価(UL94等)を確認する必要があります。また、作業時の安全(吸入、皮膚接触)や廃棄時の取り扱い指針を遵守してください。液体金属は皮膚刺激や機器腐食のリスクがあるため特に注意が必要です。
まとめ
TIMは単なる“ペースト”ではなく、システムの熱設計における重要な構成要素です。最適なTIMの選定は熱伝導率だけでなく、BLT、圧縮特性、電気特性、信頼性、組立性、コスト、規制適合性など多面的に評価する必要があります。実装では表面処理、適正な塗布量、締結管理を徹底し、試作段階で熱測定と長期信頼性試験を行うことが、後工程での不具合を防ぐ近道です。
参考文献
- JEDEC JESD51-1: Thermal Test Methodologies
- ASTM D5470: Standard Test Method for Thermal Transmission Properties of Thermally Conductive Electrical Insulation Materials
- Thermal interface material — Wikipedia
- 3M: Thermal Management 製品・技術情報
- Coollaboratory(液体金属TIMの一般情報・注意点)
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