IrDA(赤外線通信)とは?仕組み・規格・歴史・用途を徹底解説
概要:IrDAとは何か
IrDA(Infrared Data Association)は、近距離の光(赤外線)を用いたデータ通信の規格群およびそれを策定する業界団体の名称です。1990年代に携帯情報端末(PDA)やノートPC、携帯電話などで広く採用され、ファイル転送、同期(シンクロ)、プリントなどの用途で利用されました。IrDAは物理層からリンク層、上位プロトコルまでを定義するスタックを持ち、相互運用性を確保する点が特徴です。
歴史と規格の進化
IrDAは1993年に組織化され、メーカー間の相互接続を目的に仕様を公開しました。初期はSIR(Serial Infrared:最大115.2kbps)と呼ばれる低速モードが中心でしたが、その後通信速度向上のためにMIR(Medium IR)、FIR(Fast IR, 4Mbps)、VFIR(Very Fast IR, 16Mbps)などのプロファイルが追加されました。上位層プロトコルとしてIrLAP(リンクアクセス)、IrLMP(リンクマネジメント/多重化)、IrCOMM(シリアル/パラレルエミュレーション)、IrOBEX(オブジェクト交換)などが策定され、特にOBEXはIrDA以外の技術(Bluetoothなど)でも採用されました。
物理層の特徴(光学特性・通信速度)
- 波長帯域:近赤外線帯を使用します。一般的にLEDやフォトダイオードの中心波長は約850〜900nm前後が多いです。
- 視野角と視認線:IrDAは概ね狭い指向性(数十度のコーン)での直線視認(ライン・オブ・サイト)を前提としています。送受信間に遮蔽物があると通信が途切れます。
- 伝送速度:SIR(~115.2kbps)、MIR(数百kbps〜1.152Mbps程度)、FIR(4Mbps)、VFIR(16Mbps)などの規格があり、用途や世代により選択されます。
- 通信距離:実用距離は一般に数十センチ〜数メートルの範囲です。多くのモバイル機器では約1m程度が目安とされています。
プロトコルスタックの主要要素
- IrLAP(Link Access Protocol):デバイス発見、接続確立、基本的なフレーミングと誤り制御を担当します。対向機器の識別や、接続中の役割決定(親機/子機)を行います。
- IrLMP(Link Management Protocol):リンク上の多重化やサービスのディスカバリを行います。複数の上位プロトコルを一つの物理リンクで共有するための仕組みを提供します。
- TinyTP(Transport Protocol):フロー制御と再送の仕組みを提供する軽量トランスポート層で、主にIrCOMMやIrOBEXなどの上位プロトコル向けに設計されています。
- IrCOMM:シリアル(RS-232)やパラレル(Centronics)ポートのエミュレーションを提供し、既存のソフトウェアを大きく変更せずにIrDA上で動作させるための互換性を担保します。
- IrOBEX(Object Exchange):名刺(vCard)や予定(vCalendar)、ファイルなどのオブジェクトを交換するためのプロトコルです。シンプルで軽量なため、IrDA以外でも採用されました。
通信の特徴と制約
- 半二重通信が基本で、同時送受信はできず送受信の切り替えが必要です。
- 直視性を要するため、両端の向きや遮蔽物によって通信が容易に途切れます。
- 環境光(太陽光や白熱・蛍光灯)による干渉が発生し得るため、受光部にはフィルタやシールド、変調を用いる対策が取られます。
用途と実運用での採用事例
1990年代〜2000年代初頭には、PDAや携帯電話間での名刺交換、スケジュール同期、写真や小さなファイルの転送、PCと携帯の同期、赤外線プリンタへの印刷指示などで広く使われました。また、ノートPCの赤外線ポートを通じてモデムエミュレーションやデータ転送を行うこともありました。産業分野や医療機器、バーコードリーダのような特殊用途でも採用例があります。ただし、消費者向けの用途ではBluetoothやWi‑Fiの普及により次第に置き換えられていきました。
利点と欠点
- 利点:
- 電波規制の影響を受けない(ライセンス不要)。
- 近接通信であるため不要な遠隔傍受のリスクが相対的に低い(物理的な近接と直視性が必要)。
- 実装コストが低く、消費電力も比較的少ない簡易実装が可能。
- 欠点:
- 直視性・狭い視野角・短距離という物理的制約がある。
- 背景光や遮蔽物に弱く、安定性が限定される。
- Bluetooth/Wi‑Fiに比べて速度・利便性・汎用性で劣るため、現在は限定的用途に縮小。
セキュリティとプライバシー
IrDA自体は主にリンク/物理層の仕様であり、強固な暗号化や認証機能を必ずしも標準で備えているわけではありません。物理的条件(近接・ライン・オブ・サイト)により無線に比べて傍受リスクは低くなりますが、それは安全を保証するものではありません。機密データを扱う場合は上位層での暗号化(TLS相当、アプリケーション層での暗号化)や相互認証を組み合わせることが推奨されます。
実装上の注意点と互換性
- 送受信角度や距離、使用する波長により相互接続性に差が出ることがあるため、製品間の互換性確認が重要です。
- プロファイル(SIR/MIR/FIRなど)を双方がサポートしているか事前に確認してください。高速モードは回路やドライバの対応が必要です。
- IrOBEXやIrCOMMなど上位プロトコルの実装状態により、実際の利用機能(名刺交換、ファイル転送、シリアル通信エミュレーションなど)が変わります。
- 消費電力は低めですが、バッテリー駆動機器では連続動作時の消費を考慮した設計が必要です。
現在の位置づけと将来性
BluetoothやWi‑Fi、NFCなどの無線技術が広く普及した現在、IrDAは一般消費者向け携帯機器の主要なデータリンクとしての役割をほぼ失いました。しかし、電波干渉の問題がある環境、特定の産業用途、医療機器、決済端末やPOSなどでは依然として安定した通信手段として使われることがあります。さらに、IrOBEXのような高レイヤ技術は他の物理媒体上でも活用されています。
まとめ
IrDAは直線視認の近距離赤外線通信として、1990年代〜2000年代にかけて重要な役割を果たしました。物理層から上位プロトコルまでを規定したことで相互運用性を実現し、特に携帯機器間の簡単なファイル交換や同期で重宝されました。現在はBluetoothやWi‑Fiに取って代わられた部分が大きいものの、特定の用途や環境では依然として有用です。実装・運用にあたっては視野角・距離・環境光の影響、上位層でのセキュリティ対策、対応プロファイルの確認が重要です。
参考文献
IrDA - Wikipedia
Infrared Data Association (IrDA) 公式サイト
OBEX - Wikipedia(IrOBEXの解説)


