建築・土木で知るべき「せん断(シア)」の基礎と設計・検査・補強の実務解説
はじめに:せん断とは何か
せん断(シア)は、材料や構造部材に工作力が作用したときに発生する内部の平行すべり変形を指します。力学的には面に沿った応力成分(せん断応力)が生じ、構造物では部材の破壊や大きな変形を引き起こす主要な破壊モードの一つです。建築・土木では梁のせん断、床スラブのパンチング、基礎や地盤のせん断強度、鋼部材のウェブせん断など多様な場面で考慮が必要です。
基本の力学:せん断応力と式
代表的な式を理解しておくと設計・検査が分かりやすくなります。
- 平均せん断応力(単純せん断): τ = V / A (V=せん断力、A=せん断面積)
- ビームの断面におけるせん断応力(断面係数を用いる式): τ = V Q / (I b) (Q=面積一次モーメント、I=断面二次モーメント、b=せん断面幅)
- せん断流(shear flow): q = V Q / I (単位長さ当たりのせん断力伝達を表す)
これらは材料や断面形状により局所化した高応力点の評価に使われます。実務ではこれらに安全係数や材料特性、疲労、長期荷重などを考慮します。
混凝土(コンクリート)部材のせん断
コンクリート梁のせん断破壊は急激で警告が少ないため重要です。主に以下の要素で評価・対処します。
- せん断抵抗成分:部材自体のせん断強度(Vc)とせん断補強(せん断鉄筋、フープ、傾斜筋)
- せん断破壊の模式:斜ひび割れが現れ、最終的にパネルブロックが落下するような破壊が生じる
- パンチングせん断:床スラブやフラットスラブで柱周りに生じる集中荷重による局所破壊。クリティカル周長(有効深さdに基づく)に対するせん断耐力照査が行われる
設計コード(例:ACI、Eurocode、日本の基準)では、Vcの算定やせん断補強の配置・間隔に関する規定があります。実務ではスラブ厚・有効深さd、せん断補強の有無、構造の継続性を確認して設計します。
鋼構造におけるせん断
鋼部材ではウェブに生じるせん断応力、せん断座屈、せん断ラグ(shear lag)などが問題となります。特に箱形やI形鋼ではフランジ間でせん断力をウェブが伝達しますが、薄肉ウェブはせん断座屈しやすく、開断面ではせん断流が非一様になります。
- せん断座屈:ウェブの板厚不足や長スパンで局所的に発生
- 溶接・ボルト接合部:ボルトのせん断耐力、溶接のせん断耐力、せん断によるクリープや疲労を評価
- 複合構造:コンクリートと鋼の複合梁ではせん断コネクタでせん断力を伝達する設計が必要
地盤・土質工学におけるせん断(せん断強さ)
地盤のせん断強さは安定解析や基礎設計の基礎です。モール-クーロン則により、せん断強さは粘着力cと内部摩擦角φにより表されます。一般的な試験・評価法は次の通りです。
- 直接せん断試験(Direct Shear Test): せん断面を指定してせん断耐力を測定
- 三軸試験(Triaxial Test): 圧密有排水(CD)、圧密不排水(CU)、無圧密不排水(UU)など複数条件で行い、排水条件や応力経路に応じた強度特性を得る
- 羽根車せん断試験(Vane Test): 軟弱粘土の短期強度推定に利用
現場ではSPTやCPTの経験式を用いてせん断強さを推定することも多く、これらは解析で安全率と合わせて用いられます。
試験と計測:せん断特性の把握方法
材料・構造でのせん断特性は実験と計測で把握します。代表例:
- ラボ試験:コンクリートキューブ/シリンダ圧縮試験、直接せん断試験、トラス・梁試験など
- フィールド試験:プレート載荷試験で基礎のせん断耐力を見る、CPTでせん断抵抗を推定
- 計測機器:ひずみゲージ、デジタルイメージコリレーション(DIC)によるひずみ場観察、加速度計による動的せん断評価
せん断破壊の兆候と点検項目
現場での点検では以下を重点的にチェックします。
- 梁端や支持部付近の斜めひび割れ
- スラブの柱周りのコンクリート剥落や亀裂(パンチングの兆候)
- 鋼部材のウェブの波打ち、ボルトのずれやせん断痕
- 基礎周辺の地盤沈下や横ずれ(せん断変位)
早期に対処することで大事故を防止できます。せん断破壊はしばしば脆性的で警告が少ないため、定期点検と必要な補強が重要です。
補強・対策手法
設計段階および既存部材の補強で用いられる代表的な手法:
- せん断補強:コンクリート梁のせん断筋(スターラップ)、斜め筋、フープ筋の追加
- せん断伝達の改良:せん断キー、ダウエル、せん断コネクタ(複合梁)
- 板厚の増加やスラブ厚の増厚、カーボン繊維(CFRP)などの外付け補強によるせん断耐力向上
- 地盤改良:表層改良や深層混合処理で基礎周辺のせん断強度を増す
耐震設計とせん断
地震時のせん断は特に重要です。耐震設計では、靭性(ductility)を確保しつつせん断力に対する脆性破壊を防ぐことが求められます。具体的には、曲げ破壊より先にせん断破壊が起きないよう補強を配置し、耐震詳細(フック、閉合フープ、連続したせん断補強)を行います。
設計上の注意点と実務チェックリスト
設計・施工・維持管理での押さえるべきポイント:
- 設計時にせん断力の最悪値(組合せ)を算定する
- 断面寸法、有効深さ、有効幅を正しく評価する
- 補強筋の配置(間隔、曲げ形状、被り)を施工可能な範囲で詳細に示す
- 既存構造物では現地試験で材料特性を確認し、必要なマージンを確保する
- 施工時の品質管理(コンクリート養生、溶接・ボルトのトルク管理)を徹底する
まとめ
せん断は建築・土木の多くの場面で発生し、見落とすと突然の脆性破壊を招く危険性があります。基本的な力学式、材料ごとの挙動、試験手法、補強対策、耐震上の配慮を体系的に理解することが設計・施工・維持管理の要です。設計コードや現場試験データを適切に組み合わせ、安全で経済的な構造設計を心がけてください。
参考文献
American Concrete Institute (ACI)
Eurocode 2: Design of concrete structures
Mohr-Coulomb criterion — ScienceDirect
The Institution of Structural Engineers
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