ダイヤフラムとは何か?地下連続壁と床ダイヤフラムの設計・施工・維持管理を徹底解説
はじめに
建築・土木の現場で「ダイヤフラム」という言葉は大きく分けて二つの意味で使われます。一つは地下構造物や深基礎で用いられる「ダイヤフラム壁(地下連続壁、スラリー壁)」、もう一つは建築物の水平構面がせん断力を面内に分散する役割を担う「床ダイヤフラム(構造ダイヤフラム)」です。本コラムでは両者を整理し、それぞれの機能、設計上の注意点、施工法、品質管理、維持管理、実務的ポイントまでを詳しく解説します。
ダイヤフラムの定義と分類
一般に「ダイヤフラム(diaphragm)」は仕切り、隔壁の意。土木・建築では次の二種類に分類されます。
- ダイヤフラム壁(地下連続壁・スラリー壁): 地下掘削に伴う土留め、地下水遮断、地下構造の耐震基礎や耐水壁として用いる深さ数m〜数十mに及ぶ連続したコンクリート壁。
- 構造ダイヤフラム(床・屋根ダイヤフラム): 建物の水平構面が地震力や風圧などの水平荷重を耐力要素(柱、耐力壁)に伝達・分配する機能を指す。床板や屋根板がこれに当たる。
ダイヤフラム壁(地下連続壁)の概要
ダイヤフラム壁は掘削して作るパネル状の深い壁で、ベントナイトや高分子スラリーを用いて掘削断面を支持し、その中に鉄筋籠を挿入後、トレミー打設でコンクリートを充填して構築します。採用例は深い地下ピット、駅坑、地下鉄工事、深層基礎、地下水の遮断が必要なケースなどです。
主な施工法
- グラブ工法(掴み機で掘削): 浅深度や比較的硬質ではない地盤で用いられる。
- トレンチカッター工法(Trench Cutter): 深度が深く、硬質層がある場合に用いる精度の高い掘削法。
- ケーシング併用や先行コンクリート打設: 地表水位や流動化しやすい地盤で採用。
構造とパネル接合
パネルは通常1枚ずつ施工し、あらかじめ設けた側溝やキーとなる連続目地で隣接パネルと接続します。目地部は水密性を保つため、水止め材(PVCウォーターストップ等)やシール材、場合によってはグラウト注入で処理します。連続性を持たせるため、隣接パネルのコンクリートがまだ十分硬化していない段階で作業する「湿結合」や、既存パネルに溝を掘って接合する「ドライタイプ」など施工法を選択します。
床ダイヤフラム(構造ダイヤフラム)の概要
建築物の床板や屋根板は、単に荷重を支えるだけでなく、水平荷重を各耐力要素に伝える役割を持ちます。これがダイヤフラム機能です。剛性の高い床は『剛性ダイヤフラム』、相対的に柔らかい場合は『柔構造ダイヤフラム』と表現され、挙動は耐震診断や構造解析で重要になります。
設計上のポイント
- 剛性配分: 床の剛性が不均一だと地震時の力の分配が偏る。剛性中心と質量中心のずれ、ねじり挙動の評価が必要。
- 接合部の詳細: 床と壁、床と柱の接合部は面内力を安全に伝えるためのディテールが必要で、はく離、滑り、開口部周りの補強が検討される。
- 開口や設備貫通: 大開口や設備貫通は局所的な剛性低下や応力度集中を招くため、補剛を行う。
設計上の共通検討事項(地盤・構造共通)
ダイヤフラムの設計では、以下の要素を統合的に考慮します。
- 地盤条件: 層構成、地下水位、透水係数、土の強度。
- 荷重条件: 土圧、地下水圧、外力(地震、台風など)。
- 変形挙動: 隣接構造物への影響、沈下差、地盤改良やアンカリングの有無。
- 耐久性: コンクリートや補強鉄筋の被覆厚、腐食環境、化学的影響(硫酸塩や塩分)への対策。
施工管理と品質管理
ダイヤフラム壁の施工では、スラリーの管理(比重、粘性、ヘッドの確保)、掘削寸法管理、鉄筋籠の挿入確認、トレミー打設の連続性、パネル接合部の品質確認が重要です。トレンチカッター使用時は掘削面の形状精度と切羽の安定性を常時観察します。
- スラリー管理: ベントナイトやポリマーの濃度管理、ろ過・再生処理と廃棄処理。
- コンクリート打設: トレミー打設速度、デビット(分離)防止、打設時の水圧バランス管理。
- 接合部検査: コア採取、透水試験、超音波等での欠陥検出。
設計値・性能目標(実務上の目安)
透水性目標は用途により異なりますが、地下水遮断が目的の場合、設計透水係数をおおむね10^-7〜10^-9 m/s程度に設定することが多いです。構造的には断面耐力、曲げ・せん断の安全率、接合部の耐水・耐震性能を確認します。地震時挙動では地盤-壁の相互作用(SSI)解析が重要になります。
メリットとデメリット
- メリット: 深さ方向に連続する高い遮水性と土留め能力、重機の設置スペースが狭くても施工可能、将来の地下構造物として一体化できる。
- デメリット: 施工コスト・時間が高くなることがある、スラリー管理や廃棄物処理が必要、連続壁の継ぎ目での漏水リスクや施工誤差の累積が問題となる。
維持管理・補修
運用中は漏水や沈下のモニタリングが不可欠です。漏水が確認された場合、局所グラウト注入や表面処理で対処します。化学的劣化(塩分侵入、硫酸塩)に対しては被覆コンクリートの厚さ管理や耐食性材料の使用で延命化を図ります。
実例と応用分野
都市部の地下駅の施工、国際空港や港湾の埋立防護、地下水位管理が必要な大型埋設構造物などで多用されています。建築分野では、床ダイヤフラムの整備によって免震・制震設計との整合を取り、地震荷重分配の適正化が図られます。
まとめ
「ダイヤフラム」は単なる「壁」や「床」を指す言葉以上に、構造的・土工的に重要な役割を果たす要素です。地下連続壁は高い遮水性と土留め機能を提供し、床ダイヤフラムは水平荷重の適正な分配を実現します。設計・施工では地盤特性、材料特性、接合部の詳細、施工時のスラリー管理や打設の連続性、耐久性評価を包括的に検討することが肝要です。現場の制約や周辺環境に応じて最適な工法や品質管理手法を選択してください。
参考文献
- ダイアフラム壁 - Wikipedia
- 国土交通省(MLIT)公式サイト
- 土木学会(JSCE)公式サイト
- 大林組 - 施工技術情報(企業サイト)
- Institution of Civil Engineers(ICE)公式サイト


