ビル・工場で使われるチラーのすべて:種類・構造・選定・省エネ・メンテナンスを徹底解説

はじめに — チラーとは何か

チラー(chiller)は冷却媒体(通常は冷却水)を所定の温度まで冷却して、空調システムやプロセス冷却に供給する冷凍機装置を指します。建築・土木分野では大型ビル、商業施設、病院、工場、データセンターなどで中心的な役割を担い、設備の選定・配置・運用が建物のエネルギー消費や快適性に直結します。本稿ではチラーの構造と原理、種類、性能指標、設計・選定、施工・配管、運用・保守、省エネ対策、法規・環境面、典型的なトラブルと対策までを詳しく解説します。

チラーの基本構造と動作原理

一般的な吸収式を除く機械式チラーは蒸気圧縮式サイクル(逆冷却サイクル)で動作します。主要構成要素は以下の通りです。

  • コンプレッサー:低圧蒸気を高圧に圧縮し、凝縮器側へ流す。
  • 凝縮器:圧縮した冷媒を放熱して液化させる。空冷・水冷に大別。
  • 膨張弁:液体冷媒の圧力・温度を下げ、蒸発器での吸熱を可能にする。
  • 蒸発器:冷媒が蒸発するときに周囲(冷却水)から熱を奪い、冷却水を所定温度にする。
  • 冷却水回路と冷却塔(主に水冷式の場合):凝縮器で発生する熱を外気に放散する。

サイクル全体の効率はコンプレッサーの種類、凝縮条件(冷却水温度や外気温)、冷媒種別に左右されます。

チラーの種類

用途や設置条件により複数の方式が存在します。主な分類は次の通りです。

  • 冷却方式別
    • 水冷式チラー:凝縮器で冷却水を使う方式。効率が良く大型設備に適するが、冷却塔などの付帯設備が必要。
    • 空冷式チラー:凝縮器に空気を利用。設置が容易で初期費用が低いが、外気温に性能が左右されやすい。
  • 圧縮機の種類別
    • スクリュー(ねじ式):大容量の中・大型で広く使われる。
    • 遠心(ターボ):非常に大容量で効率が高いが運転範囲の制御が難しい。
    • ピストン(往復動):小~中容量、スクロール:小容量の民生・小型商業用。
  • 熱源別
    • 電動(一般的な蒸気圧縮式)
    • 吸収式チラー:蒸気や温水を熱源にして作動する。発電所やコジェネなどの余剰熱を利用する場合に有効。

性能指標:COP、EER、IPLV、ΔTなど

チラー性能を評価するための主要指標を理解することは、適切な選定と省エネ運転の基本です。

  • COP(Coefficient of Performance):投入した電力に対する冷却能力の比。一般に数値が大きいほど効率良好。水冷遠心チラーで4〜7、空冷で2.5〜4程度の目安となるが、運転条件で変動する。
  • EER(Energy Efficiency Ratio):冷凍能力(kW)を入力電力(kW)で割った値。COPと同様の意味合いだが単位が異なる場合がある。
  • IPLV(Integrated Part Load Value)/NPLV:実運転での部分負荷効率を考慮した指標。年間を通したエネルギー性能評価に使われる。
  • ΔT(チラー出口—入口の水温差):一般に設計では5〜7°C程度がよく使われる。ΔTが大きいほど流量を下げられ、ポンプ電力を削減できるが、熱負荷や配管設計と整合させる必要がある。

設計・選定のポイント

チラー選定は単に冷凍トン数を決めるだけでなく、運転パターン、部分負荷挙動、設置場所、騒音、冷媒規制、将来更新や拡張計画、冗長性などを総合的に考慮します。主なポイントは以下です。

  • ピーク負荷だけでなく年間負荷プロファイルを把握し、複数台運転(段階運転)や可変速運転で部分負荷効率を最適化する。
  • N+1などの冗長構成を検討。医療・データセンター等は冗長性基準が厳しくなる。
  • 設置環境(屋上・室外・地下ピット)、重量・振動・騒音対応、搬入経路を確認。
  • 冷媒の選定:省エネ性・環境負荷(GWP)・安全性(可燃性、毒性)を勘案する。法規制(フロン排出抑制法、Fガス規制等)にも注意。
  • 熱交換器の形式(シェル&チューブ、プレート型)と配管長、圧力損失を設計。

施工・配管・据付の注意点

チラー据付時は運転性能を確保するために現場での取り扱いが重要です。

  • 据付基礎は振動・騒音対策を含めた剛性を確保。アイソレータや防振ゴムの仕様を確認する。
  • 配管は適正な支持、伸縮対策、空気溜まり防止、ドレンの確保を行う。吹出・戻り配管の流速、圧損設計を守る。
  • 凝縮器冷却塔との組合せ(水冷式の場合)は水質管理が重要。スケール・腐食・微生物(レジオネラ)対策を実施する。
  • 配管内のベント、真空引き・ブリージング、リーク試験、保温(冬期凍結対策)を忘れずに。

運転管理と維持保守

定期的な点検と適切な運転は長寿命化と安定稼働に直結します。典型的な維持保守項目は以下の通りです。

  • 日常点検:運転データ(圧力、温度、電流)、異音・振動の有無、警報の確認。
  • 月次点検:オイル量・品質、冷媒圧力、凝縮器・蒸発器の汚れ、冷却塔の水質チェック。
  • 年次点検:冷媒のリーク検査、熱交換器の洗浄、電気系統の接点・絶縁点検、圧縮機のオーバーホール。
  • 消耗部品(フィルター、バルブ、シール等)の定期交換と記録管理。

近年はIoTを活用した遠隔監視と解析による予知保全(FD/診断ツール)が普及しており、異常の早期発見や運転最適化に効果的です。

省エネ技術と運用手法

エネルギー効率向上のための主要な手法を列挙します。

  • 可変速駆動(VFD):コンプレッサー、ポンプ、ファンにVFDを導入し部分負荷運転で効率を高める。
  • 冷水温度の見直し:供給温度を少し上げる(例:6→7°C)ことでCOPが改善する場合が多い。ただし室内条件や再熱設備への影響を確認。
  • フリークーリング(外気冷房):外気温が低い時間帯に冷却塔や空冷器で直接冷却を行う。高効率化に有効。
  • 熱回収(ヒートリカバリー):チラーの廃熱を給湯や床暖房、空調の加温に利用することで総合効率を改善。
  • デマンド制御・最適化制御:需要予測と連携して運転台数・回転数を最適化する。

冷媒と環境規制

冷媒は性能だけでなく環境負荷と安全性が重要です。近年は温暖化係数(GWP)が低い冷媒への転換が進んでいます。

  • 従来のHFC(例:R-134a、R-410A)は高いGWPを持つため、各国で段階的削減が進行中(Kigali修正やEUのFガス規制など)。
  • 代替冷媒例:R-32(中GWP、可燃性あり)、R-1233zd(E)(低GWP、遠心用)、アンモニア(R-717:GWP0だが毒性・可燃性管理が必要)、二酸化炭素(R-744:高圧運用が課題)など。
  • 日本固有の法規:フロン排出抑制法(特定冷媒の適正管理)や業界ガイドラインに従った充填・回収・廃棄の運用が必要。

安全・衛生面の配慮

チラー設備は高圧ガスや可燃性・有毒冷媒を扱うため、設計・運用で安全対策が必須です。

  • 換気、漏洩検知器の設置、緊急遮断バルブや圧力逃がし、安全弁の設置。
  • 冷却水系ではレジオネラ属菌対策(冷却塔水の管理)を遵守する。
  • 作業者の教育、保護具、緊急時マニュアルの整備。

典型的なトラブルと診断・対処法

よく見られるトラブルとその対策を挙げます。

  • 冷凍能力不足:エア抜き不足、冷媒漏れ、蒸発器の汚れ、膨張弁不良などが原因。計測データで圧力・温度を確認し、段階的に点検する。
  • 振動・異音:基礎・支持不良、アンバランス、軸受摩耗。早期停止・振動解析が必要。
  • 過電流・サーマルトリップ:コンプレッサーの摩耗、冷媒不足や凝縮器の放熱不足が原因となる。
  • 冷却塔のスケール・生物汚染:水処理(薬剤・凝集・ろ過)で対策。

長寿命化と更新・廃棄の考え方

チラーのライフサイクルは運転条件やメンテナンスに左右されますが、一般に20〜30年が目安とされます。既存設備の更新判断は以下を総合的に検討します。

  • エネルギー効率(運転コスト)と初期投資の回収期間。
  • 修繕頻度と交換部品の入手性。
  • 環境規制(冷媒の使用制限)や安全基準の変化。
  • 運用上の冗長性・性能要件の変化(増改築や用途変更など)。

ケーススタディ(簡単な適用例)

例:オフィスビル(延床10,000m2、冷凍負荷ピーク約1,000kW)

  • 設計方針:ピーク対応で2台の500kWユニットを並列(N+1を満たすため更に予備を用意する選択も可能)。各ユニットにVFDを装備し、朝夕の部分負荷に対して高効率で運転。
  • 水冷式を採用し、冷却塔と組合せることでCOPを最大化。冷水供給6〜7°C、ΔTを6°Cで設計。
  • 運用:デマンドレスポンスやデイナイト制御を実施して電力コストを低減。

まとめ

チラーは設備全体の省エネ性・稼働率・安全性に直接結びつく重要設備です。設計段階での負荷把握、部分負荷運転の最適化、適切な冷媒選定、施工・水質管理、定期保守と遠隔監視の導入が長期的なコスト低減と安定稼働につながります。最新の規制や技術(低GWP冷媒、VFD、フリークーリング、熱回収、AIによる予知保全)も取り入れながら、ライフサイクルでの最適解を検討してください。

参考文献