建築・土木における「ブレース(斜材)」の役割と設計・施工・維持管理の実務ガイド
はじめに — ブレースの基本的な役割
建築・土木構造物におけるブレース(斜材・筋かい・ブレースフレーム)は、地震や風などの水平荷重に対して構造物の剛性と安定性を確保する主要な要素です。ブレースは力の経路(力の流れ)を明確にし、全体の変形を抑制するとともに、エネルギー吸収や破壊モードのコントロールに寄与します。用途や性能要件により、鋼材、木材、コンクリート、複合材料など多様な材料と細部形式が採用されます。
ブレースの分類と代表的な形式
- コンセントリックブレース(Concentrically Braced Frame:CBF) — ブレース軸線が接合部で同心となる形式。主に軸力を受けるため、耐力が高く剛性に優れるが座屈しやすいため座屈対策が重要。
- エクセントリックブレース(Eccentrically Braced Frame:EBF) — ブレースの接合が偏心し、梁などにヒンジ状の変形域(リンク)を残して塑性化・エネルギー吸収させる形式。ダクト性(延性)を確保しやすい。
- Xブレース/斜材二重交差 — 二本の斜材が交差する形式で、引張・圧縮の両方に対して作用する。片側のみの損傷でももう片側が補助する冗長性がある。
- V(チェブロン)ブレース — 底部または上部で二本が接合してV字または逆V字となる。大開口に適するが柱の曲げを増やすことがある。
- Kブレース — 中心で分岐する形のブレースで、短スパンでは有効だが柱にせん断・曲げを誘発しやすく高層建築では注意が必要。
- 架構的ブレース(ラチス、ロッドなど) — 吊りロッド、HSS管、角棒、アングルなど様々な断面が採用される。用途に応じて選択。
材料別の特徴
- 鋼ブレース — 高強度・延性が得やすく、溶接・ボルト接合が可能。断面形状(平鋼、L形、角パイプ、I形)を用途で選ぶ。圧縮時の座屈に対する配慮が必要。
- 木造ブレース(筋かい、耐力壁) — 在来軸組や金物接合による筋かい、合板による耐力面材(構造用合板、OSBなど)が主流。防腐・耐火処理と金物の耐力確認が重要。
- コンクリート(RC)による耐力壁 — ブレース機能を果たすRC壁は高い剛性とエネルギー吸収性を持つが、ひび割れや降伏モードの制御が設計上の課題。
- ブリッジ用や特殊用途の複合材・BRB — バックリングを抑制するBuckling-Restrained Brace(BRB)など、座屈を許さず降伏でエネルギーを吸収する特殊ブレースが近年普及。
設計上のポイント
ブレース設計では、荷重・変形・エネルギー吸収の3点バランスを意識する必要があります。主要な考慮点は以下の通りです。
- 剛性配分と周期制御 — ブレース剛性は建物の固有周期に影響し、耐震力の算定に直結します。過度な偏心や柔構造化を避け、剛性バランスを確認します。
- 容量設計(Capacity Design) — 破壊の位置とモードを意図的に制御し、延性要素に塑性化を集中させる。接合部や柱・梁の過剰な破壊を防ぐための比強度設定が必要です。
- 座屈と細長比 — 圧縮時の座屈を評価するために細長比(有効長/断面半径)やオイラー座屈荷重を検討。BRBや管内充填などで座屈を抑制できます。
- 降伏とエネルギー吸収 — EBFやBRBは地震エネルギーを効率的に吸収する。反復荷重下での疲労性能や低サイクル疲労にも留意。
- 変形制限と許容ひずみ — 建築用途では階高や非構造部材の被害を抑えるために許容層間変形角(drift)を満たす設計が求められます。
接合・継手の詳細と施工上の注意
ブレースの接合は構造安全性に直結します。一般的にはガセットプレート(gusset plate)を介したボルト・溶接接合が多用されますが、施工時の注意点は次の通りです。
- ガセットの塑性化や局部座屈を防ぐため、十分な厚さと補剛を確保する。
- ボルト接合では締結力と摩擦面の処理、耐力確認を行う。高強度ボルト使用時はスリップ防止詳細の検討を行う。
- 溶接部は欠陥検査(目視、超音波等)と熱影響を考慮した熱処理を適用する場合がある。
- 現場組立時の一時的荷重(運搬・クレーン吊り下げ)に対する仮固定を確保し、仮ブレース計画を作成する。
耐震補強・改修でのブレース適用
既存建物の耐震改修では、ブレース増設が費用対効果に優れた手法です。主な手法と留意点は以下。
- 鋼ブレースの増設による剛性・耐力強化。基礎との接続確認や部材交差による内部空間制約を検討。
- BRBや減衰装置を組み合わせたハイブリッド対策で大変形時の保全性を向上。
- 歴史的建築物では外観を損なわない内部ブレースや埋設式ブレース、透明パネルなどの工夫が求められる。
維持管理と劣化対策
ブレースは主に鋼部材が多いため、腐食と防錆、塗装・被覆、定期点検が重要です。チェック項目は次のとおりです。
- 腐食による断面欠損の有無、ボルト緩み、溶接割れの検査。
- 動的な荷重履歴での疲労と低サイクル疲労損傷の評価(特に橋梁や海岸構造物)。
- 防火被覆の有無。耐火性能を要する建築物では被覆やケミカルコーティングで温度上昇を抑える。
- 塗装劣化、塩害地域では犠牲陽極や高耐食処理を検討。
よくある誤解とベストプラクティス
- 「ブレースは太ければ良い」— 過剰な剛性は局部破壊や不利な力の集中を招く。剛性・強度・延性のバランスが重要。
- 「座屈は無視できる」— 圧縮側の座屈は突然の強度低下を招くため、座屈評価やBRBの採用が必要な場合が多い。
- 「既存部材に安易に接合」— 基礎や既存柱の容量を超える補強は新たな脆弱性を生むため、全体の力の流れを再評価する。
まとめ — 設計者と施工者への提言
ブレースは単なる斜材ではなく、構造物の安全性・延性・耐久性に影響を与える重要部材です。設計段階では力の流れ、剛性分配、破壊モードの制御、座屈対策、接合の詳細化を十分に行うこと。施工段階では仮設時の荷重、接合精度、防錆・防火処理に注意し、維持管理計画を明確にしておくことが求められます。最新の材料(BRBなど)やエネルギー吸収技術を適材適所で導入することで、より安全で経済的な構造が実現できます。
参考文献
- AISC(American Institute of Steel Construction) — Seismic Provisions and design guides
- Buckling-restrained brace - Wikipedia — BRBの概要
- J-STAGE(日本の学術論文検索) — 日本国内のブレース関連研究論文検索
- 日本土木学会(JSCE) — 構造物設計・耐震に関する指針
- 国土交通省(MLIT)/建築基準法関連情報 — 日本の法規・耐震基準
- Eurocode 8(Seismic design) — ヨーロッパの耐震設計基準
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