建築・土木で押さえておくべき「圧縮力」の基礎と設計への応用:座屈から材料特性まで

圧縮力とは — 基本概念

圧縮力は、物体を互いに押し合う方向の力であり、構造部材に働く内力の一つです。軸方向にかかる圧縮荷重は圧縮応力(σ)を生み、断面積Aに対して単純には σ = N / A(Nは軸力)で表されます。ただし、実際の構造では応力分布、偏心、座屈、局所的な座屈などが挙動に大きく影響するため、単純な式だけでは不十分なことが多いです。

圧縮応力とひずみの関係(材料力学の視点)

材料が圧縮を受けると、弾性域では応力とひずみはフックの法則に従い、σ = E·ε(Eはヤング率)となります。応力が増大すると塑性化や微細な亀裂、せん断破壊など材料固有の破壊機構が現れます。材料ごとに圧縮に対する強さやひずみ特性は異なり、設計ではそれらを正しく扱うことが不可欠です。

材料別の圧縮特性

  • 鋼材:引張・圧縮に対し概ね対称的な挙動を示します。降伏点を超えると塑性流動を生じ、座屈による破壊が問題となることが多いです。ヤング率は比較的大きく、座屈荷重の計算における弾性則が有効な範囲が広いです。
  • コンクリート:圧縮に強い一方で引張に弱く、圧縮荷重下ではひび割れや脆性的な圧壊が起こりやすいです。設計ではコンクリートの設計基準強度(例:f'c)や供試体による圧縮試験に基づく評価を行います。
  • 木材:異方性が強く、繊維方向と直角方向で強度特性が異なります。圧縮では座屈や横座屈、圧縮破壊が問題になります。

圧縮に対する主な破壊モード

  • 材料圧壊(圧潰):断面全体が極端な圧縮により材料自体が破壊されるモード。短柱(短スラブ)で典型的。
  • 座屈(弾性座屈):細長な部材が弾性的に曲げ変形を増幅して荷重を下回る状態。オイラーの座屈荷重で評価される。
  • 局所座屈:薄肉断面(鋼板、薄肉角形管など)で断面の一部が局所的に折れ曲がる現象。
  • 複合破壊:偏心荷重や曲げモーメントが重なった場合に、座屈と圧潰が組み合わさることがあります。

座屈の理論:オイラー式と有効長

弾性座屈の古典理論はオイラーが示したもので、両端条件や支持条件を考慮した有効長(L_eff = K·L)を用いて臨界荷重を求めます。

オイラー臨界荷重 P_cr = π²·E·I / (K·L)² です。ここで E はヤング率、I は断面二次モーメント、L は柱長、K は支点条件に応じた有効長係数です(K=1.0、0.5、2.0 等、支持条件で変わります)。断面係数から半径回転慣性半径 r = √(I/A) を計算し、スレンダー比 λ = L_eff / r によって座屈支配域か圧壊支配域かを判定します。

非常に注意すべき点として、オイラー式は材料が弾性的に挙動する範囲を前提しているため、降伏や塑性化が先に生じる場合(短柱・中柱)はそのまま適用できません。実務では弾性座屈式、Johnson式(弾塑性の近似)、およびコードで定義された相互作用式を適用します。

偏心荷重、曲げと第二次効果(P-Δ)

荷重が柱の重心を通らない場合、偏心により圧縮と曲げが組合わさります。初期のわずかな座屈や変位があると、軸力と横変位が相互作用して追加の曲げモーメントが生じる(P-Δ効果)ため、二次効果を考慮する必要があります。特に高層建築や長スパン部材、連続梁においては P-Δ を無視すると安全側に反する可能性が高まります。

短柱と長柱:振る舞いの違い

短柱(スレンダー比が小さい)では材料の圧縮強度が支配的で、座屈ではなく圧潰による破壊が先に起きます。一方長柱(スレンダー比が大きい)では座屈が主要な破壊モードになります。実際のスレンダー比の閾値は材料特性や断面形状、支持条件によって異なるため、設計コードで規定された判定法に従って分類します。

設計への適用:部分係数法と安全率

現代の構造設計では許容応力度設計や限界状態設計(LRFD/LS)などが用いられます。いずれの方法でも材料強度や荷重に対する安全係数、部分係数を設定し、座屈や圧壊を含む様々な破壊モードを満たすように設計します。コード(例:Eurocode、AISC、AIJ/日本の設計規準など)は、柱の設計用に有効長係数K、許容スレンダー比、座屈に対する補正曲線等を提供しています。

実験と試験法

  • 単軸圧縮試験:供試体(円柱・立方体等)を用いて圧縮強度、応力–ひずみ曲線、壊れ方を評価します。コンクリート・金属・木材それぞれ適切な供試体形状・条件があります。
  • 曲げ圧縮試験(偏心圧縮):偏心荷重が部材強度や破壊形態に与える影響を評価します。
  • 座屈試験:細長柱の限界荷重や座屈モード、初期不整合の影響を実験的に確認します。

これらの実験結果は設計用式の補正、モデル検証、数値解析(FEM)のバリデーションに活用されます。

数値解析・モデル化の留意点(FEMなど)

FEMで圧縮・座屈挙動を解析する際は、以下の点に注意します。

  • 境界条件の正確な設定(支持の拘束状態が座屈荷重に大きく影響)
  • 初期幾何学的不整(初期湾曲)や材料不均質性の導入。理想モデルでは座屈荷重が過大評価されることがある。
  • 非線形解析(幾何学的非線形:大変位、材料非線形:塑性)を行うことで P-Δ 効果や弾塑性座屈が評価可能
  • 要素の種類とメッシュ感度。薄肉の局所座屈評価にはシェル要素が有効

施工上・維持管理での注意点

  • 柱や圧縮部材の据え付け精度(初期偏心や初期不整)は設計想定と異なると安全余裕を減らす。
  • 腐食、経年劣化、コンクリートのひび割れなどは断面性能を低下させ、局所的な座屈や早期損傷を招く。
  • 検査・補修・補強(外付け鉄骨補強、FRP巻き立てなど)を含むライフサイクル管理が重要。

実務上の計算例(考え方の流れ)

  • 設計荷重Nと断面A、断面二次モーメントIを求める。
  • 支点条件から有効長係数Kを決定し、L_eff = K·L を算出する。
  • 半径回転慣性 r = √(I/A) を計算し、スレンダー比 λ = L_eff / r を求め、座屈支配か圧壊支配かを判定する。
  • 弾性座屈が支配ならオイラー式 P_cr を用いて評価。中間領域ではコードに従った補正式(Johnson式や設計規準)を用いる。
  • 偏心がある場合は偏心に起因する曲げ応力を合成し、二次効果(P-Δ)を評価して必要なら増し安全率や補強を検討する。

よくある誤解と注意点

  • 「圧縮は安全」ではない:短柱でも局所破壊、長柱では座屈で突然崩壊する可能性がある。
  • 理論値と実測値の差:初期不整、局所欠陥、接合部の影響は理論計算で扱い切れないため、実験データや経験規則、コードの補正を必ず用いる。
  • 弾性座屈式が万能ではない:材料降伏やせん断、局所座屈は別個の評価が必要。

まとめ

圧縮力の評価は建築・土木構造において基礎中の基礎でありながら、座屈、偏心、材料特性、施工精度、経年劣化など多様な要因が絡み合います。単純なσ = N/A に加えてスレンダー比、オイラー座屈、二次効果、材料ごとの挙動を理解し、適切な実験・解析・設計コードに基づく検討を行うことが安全な構造設計の鍵です。

参考文献