加圧給水設備の設計・運用ガイド:方式・計算・施工・維持管理と省エネ対策
はじめに
加圧給水設備は、建築物内の各給水栓に対して必要な圧力と流量を供給するために設けられる重要な設備です。高層建築や水道本管の圧力が不十分な地域、または配管損失が大きい場合に採用されます。本コラムでは、方式の分類、設計計算、機器選定、制御方式、施工上の留意点、維持管理、トラブル対策、省エネ観点までを詳細に解説します。
加圧給水設備とは
加圧給水設備は、ポンプ(単独または複数)と付帯機器(圧力タンク、逆止弁、圧力スイッチ、インバータなど)を組み合わせ、給水系統の圧力と流量を安定化させるシステムです。目的は次のとおりです。
- 給水対象の最高位置に必要な静圧を確保すること
- 使用瞬時流量に対する十分な供給能力を持つこと
- 配管系の圧力を過大にしないための安全対策を講じること
方式の分類と特徴
代表的な方式は次の通りです。
- 直結増圧方式(直結運転): 水道本管とポンプを直結し、ポンプで直接圧力を増加させる方式。貯水槽を介さないため衛生管理が容易で、常時安定した水質が期待できますが、本管圧の変動を受けやすい点に注意が必要です。
- 加圧給水方式(圧力タンク併用): 圧力タンク(空気室式など)を併用し、ポンプ運転回数を削減してピーク対応を行う方式。ポンプ寿命延長や省エネに有利です。
- 定圧給水方式(インバータ制御): インバータ(可変速)制御により負荷に応じてポンプ回転数を変化させ、出力を自動調整する方式。圧力を一定に保ち、エネルギー効率に優れます。
- 複数ポンプの並列運転(並列冗長): N+1 構成などの冗長性を持たせ、メンテナンスや故障時の連続稼働を確保します。
設計の基本事項と計算式
設計では「必要流量」と「必要揚程(ヘッド)」を正確に算出することが最重要です。
必要流量の設定
建築用途別のピーク流量(瞬時最大流量)を想定します。住宅、ホテル、商業施設、病院等で必要係数は異なります。一般には給水器具ごとの単位流量を合算し、需給曲線や多点同時使用率を考慮してピークを設定します。
必要揚程(H)の計算
ポンプに要求される揚程は次の合計です。
- 静圧差(静水頭): 最高給水点までの高さ(m)×水の単位圧(1 m 水頭 = 約9.8 kPa ≒ 0.0098 MPa)
- 配管損失: 摩擦損失と局所損失を合算(配管長、流速、管径、接続部による)
- 安全余裕: 将来の変化や設計誤差を見込んで余裕を取る(通例数メートル程度)
式の例: H_req = H_static + H_friction + H_local + H_margin
ここでH_staticは最高給水点の水頭(m)、H_frictionは配管損失(m)です。配管損失はダルシー・ワイスバッハ式やハーゼン・ウィリアムズ式等で算出します。
例:10階建て高層住宅
最高給水点が地盤面から約30 mの場合、静水頭は約30 m ≒ 約294 kPa(30×9.8 kPa)。これを基に摩擦損失(例: 5 m)を足すと、必要揚程は約35 mとなります(余裕を考慮して40 mで選定する等)。
機器構成と選定ポイント
主要機器と選定ポイントは以下の通りです。
- ポンプ: 揚程-流量(H-Q)曲線を確認し、運転点(BEP: Best Efficiency Point)付近で使用する。キャビテーション防止のための十分な吸込み余裕(NPSH)を確保。
- モーター/インバータ: インバータは省エネ、圧力一定制御に有効。インバータ仕様は過負荷保護、出力・トルク特性を確認。
- 圧力タンク(膨張タンク): 空気圧を利用して系圧の揺れを緩和。容量と初期圧はシステムに合わせて決定。
- 弁類: 逆止弁、止水弁、圧力調整弁、安全弁。逆流防止や安全弁による過圧保護は必須。
- 計器: 圧力計、流量計、温度計、電流計等を適所に配置し監視性を確保。
- 水処理・フィルタ: 吸込み側のストレーナーや前処理で異物混入を防止。
制御方式と運転管理
制御は運転効率、安定性、寿命に大きく影響します。主要方式と特徴は次の通りです。
- 圧力スイッチによるON/OFF制御: 構成が単純でコストが低いが、頻繁な運転・停止が発生しうる。
- 圧力タンクによる間欠運転: ポンプの始停止回数を減らし、短時間のピーク需要に対応。
- インバータ(可変速)による定圧制御: 負荷に応じて速度を変え、圧力を常時一定に保つ。省エネ効果が高く、配管圧力の変動も小さい。
- 複数ポンプのシーケンス制御: ポンプの切り替えにより均等運転や予備確保を行う。
監視・異常対応として遠隔監視(SCADA)や運転ログ、過負荷検出、アラーム通知を導入すると運用管理が容易になります。
設置・施工上の注意点
施工時のポイントは安全・耐久性・保守性です。
- 据付基礎: 振動対策として重量基礎や防振材を採用。レベル出しを正確に。
- 配管支持と伸縮処理: 熱膨張や揺れに対する支持点と伸縮継手を配置。
- 吸込み側の位置: 吸込み高さや距離を短くしてNPSH不足を避ける。
- 排水とドレン: 整備時に排水できるようにドレンと配管を確保。
- 騒音対策: 屋内機械室は遮音や防振を行い、近隣への配慮をする。
- 保守スペース: ポンプや弁の点検・交換が容易な配置と十分なクリアランス。
維持管理・点検項目(実務的チェックリスト)
定期点検は長寿命化と安全確保に直結します。代表的な点検頻度と項目は以下の通りです。
- 日常(目視): 異音、漏水、運転表示の確認
- 月次: 圧力・流量・電流の記録、フィルター清掃、逆止弁作動確認
- 年次: モーター絶縁抵抗測定、ベアリング・カップリング点検、配管支持点確認、圧力タンクの気圧確認
- 数年毎: ポンプ分解整備(軸受・シール交換)、インバータの熱交換器・コンデンサ点検
また水質管理(サンプリング)やレジオネラなどの微生物対策も建物用途に応じて実施します。
よくあるトラブルと対策
- 頻繁な始動・停止: 圧力タンク容量不足や圧力スイッチの設定不適合が原因。タンク容量増加やインバータ導入で改善。
- キャビテーション(空気吸引): 吸込み配管の損失や吸込み高さの過大が原因。NPSHの確保、吸込み配管短縮、吸込み側ストレーナの目詰まり対策が有効。
- 水錆・腐食: 材料選定や水質処理が不適切。耐食材使用や適切な水処理で対応。
- 水撃(サージ): 急停止や急流変化で発生。圧力タンクやサージタンク、ソフトスタート・停止制御を導入。
- 逆流・汚染: 逆止弁や逆流防止装置の故障で発生。定期点検と適切な逆流防止対策を実施。
衛生面(レジオネラ等)と水質管理
貯水槽を用いる方式では滞留水による微生物増殖リスクがあるため、定期的な清掃、塩素消毒、温度管理、循環フラッシングが重要です。直結増圧方式は比較的水質維持が容易ですが、吸込み水道本管の逆流防止や配管の滞留対策は必要です。
省エネとライフサイクルコスト(LCC)の考え方
加圧給水設備は電力消費が大きく、長期で見た最適化が重要です。インバータ導入、最適ポンプ選定(BEP近傍運転)、可変速制御による定圧運転、複数台運用による運転均等化は有効な省エネ策です。また、メンテナンス性を高めることで突発故障を減らし、トータルコストを低減します。
法令・基準・設計上の留意点
日本国内では建築基準法や水道法、地方自治体の条例に基づく指針・基準が適用されます。衛生面、逆流防止、貯水槽の設置基準や表示・保守義務については関連法令を確認してください。設計時には関連するJISや業界ガイドライン、日本水道協会等の資料も参照します。
まとめ:設計・運用で重視すべきポイント
- 適切なピーク流量と揚程計算に基づくポンプ選定
- BEP付近運転・インバータ活用などでの省エネ化
- 吸込み余裕(NPSH)、キャビテーション回避、サージ対策
- 安全弁・逆止弁・ドレン等の配置による保守性確保
- 定期点検・水質管理の明確な計画と記録
- 冗長性(N+1)設計による安定供給の確保
加圧給水設備は建築設備の中でも施設の安全性・快適性・衛生に直結するため、設計・施工・維持管理の各段階で専門知識と経験が要求されます。計算や機器選定は慎重に行い、運用面では記録と継続的改善を行ってください。
参考文献
- 一般社団法人 日本ポンプ協会(ポンプに関する基礎知識・資料)
- 一般社団法人 日本水道協会(給水設備・水質管理に関する資料)
- 国土交通省(建築・上下水道に関する法令・指針)
- 厚生労働省(飲料水・レジオネラ症対策等の衛生情報)
- ASHRAE(海外の空調・給水設備設計の指針、参考資料)


