換気量計算の完全ガイド|設計手法・基準・実務上の注意点を徹底解説
はじめに
建築・土木の設計において「換気量計算」は居住性・衛生・省エネルギー・火災時の安全性に直結する重要業務です。本コラムでは、換気量計算の考え方、代表的な計算手法、実務での注意点、測定・検証方法、設計・施工時のチェックポイントを体系的に解説します。計算式や例題を交えて、設計者・施工者・管理者が現場で使える実践的な情報を提供します。
換気量計算の目的と基本概念
換気量計算の目的は主に次のとおりです。
- 屋内の汚染物質濃度を規制値以下または許容範囲に保つ
- CO2等の指標を用いた居住快適性や集中力の確保
- 建築物の防湿・結露対策、匂い対策
- 火災時の煙移動制御や排煙計画の基礎資料
- 省エネと健康を両立させる換気設備容量の決定
基本用語
- 換気量 Q: 単位時間当たりの換気風量(通常 m3/h または L/s)
- 換気回数 ACH(Air Changes per Hour): 1時間あたりの空気置換回数。ACH = Q / 室容積(単位 h-1)
- 屋外空気流量 Qoa: 屋外から取り入れる新鮮空気の量(m3/h)
- 換気効率 Ev: 室内の汚染物質の希釈効率を示す無次元量(実効換気量 = Q × Ev)
代表的な換気量計算法
設計では主に以下の3方式が用いられます。用途や法規、設計方針に応じて選択します。
1. ACH(換気回数)方式
住宅や倉庫などで簡便に用いられる方法です。必要なACHを定めておき、室容積から換気量を求めます。
式: Q = ACH × V
ここで Q は m3/h、ACH は h-1、V は室容積(m3)
例: 室容積 100 m3、目標 ACH = 0.5 の場合、Q = 0.5 × 100 = 50 m3/h
注意点: ACH は容積に依存するため、人の密度や汚染源の強さを踏まえた設定が必要です。居室では 0.5回/h 前後が住宅の設計目安としてしばしば用いられますが、用途や基準によって異なります。
2. 人数基準(per-person)+面積基準(per-area)方式
オフィスや学校などの空間では、占有者数に応じた必要外気量 Rp(L/s・人)と面積あたりの必要外気量 Ra(L/s・m2)を組み合わせて換気量を決めます。ASHRAE方式がこの考え方を採用しています。
式: Qoa = Rp × P + Ra × A
ここで Qoa は屋外給気量(L/s)、Rp は一人当たり換気量、P は設計占有者数、Ra は面積基準(L/s・m2)、A は床面積(m2)
例(仮の値を使用): オフィスで Rp = 5 L/s・人、Ra = 0.06 L/s・m2、床面積 A = 100 m2、占有者 P = 10 人の場合、Qoa = 5×10 + 0.06×100 = 50 + 6 = 56 L/s = 201.6 m3/h
この方式は人由来汚染物質(CO2、臭気、二次粒子等)に合理的に対処でき、需要制御換気(DCV)との親和性が高いです。
3. 汚染物質濃度目標からの逆算(汚染源評価)
特定の物質(VOC、CO、粉じん、アンモニア等)について目標濃度を設定し、発生率(G, mg/h など)と希釈式を用いて必要換気量を算出します。工場や特殊用途室で有効です。
定常状態での質量収支式(簡易): Qoa = G / (Ctarget - Cbg)
ここで G は発生率(同一単位/時間)、Ctarget は目標濃度、Cbg は背景濃度、Qoa は排気あるいは新鮮空気流量(同一体積単位/時間)
例: 発生率 G = 100 mg/h、目標濃度 Ctarget = 5 mg/m3、背景 Cbg = 0 mg/m3 とすると Qoa = 100 / 5 = 20 m3/h
この方法は発生率の精度が鍵になるため、実測データやメーカーのデータシートに基づく検討が必要です。
実務でよく使う計算の流れ
- 用途と法規を確認する(住宅、店舗、事務所、工場など)
- 設計占有者数、床面積、室容積、汚染源を把握する
- 適用する設計基準を選択する(ACH 方式、ASHRAE 方式、汚染物質逆算等)
- 必要換気量 Q を算出する(屋外空気流量 Qoa を明確に)
- 換気方式(第1種/第2種/第3種、全熱交換器の有無など)を決定し、機器容量を選定
- ダクト損失、風量調整、静圧、騒音など実機特性を考慮して送風機を選定
- 施工後に測定・試運転(風量測定、CO2測定、トレーサガス測定等)で確認する
換気方式と屋外空気の扱い
日本で一般的に用いられる換気方式は以下です。
- 第1種換気(機械換気の給排気): 給気と排気を機械で行う。バランスが取りやすく、フィルタや熱回収を設置しやすい。
- 第2種換気(機械給気・自然排気): 給気を機械で行い、排気は自然排気。正圧になりやすい。
- 第3種換気(自然給気・機械排気): 給気は自然、排気を機械で行う。負圧になりやすい。住宅の第3種換気は普及している。
全熱交換器(HRV/ERV)は給気と排気を熱回収できるため、冬季の暖房負荷や夏季の冷房負荷を低減できますが、熱回収を行っても換気風量自体は減りません。設計時には熱回収効率を考慮して冷暖房負荷計算に反映します。
換気効率と有効換気量
実際の汚染希釈能力は単純な風量だけで決まらず、室内の流れや給気位置、排気位置、局所汚染源の位置で左右されます。換気効率 Ev を導入して有効換気量を表現します。
実効換気量 Qeff = Qoa × Ev
換気効率は一様混合が理想の 1.0 に対し、給気位置と排気位置が最適であれば 0.8〜1.2 程度の範囲となることが一般的です。局所排気(フード等)は局所での Ev を高める手段です。
測定と検証方法
1. 風量測定
ダクト中の風速計測や風量測定器、開口部での風量測定(風速×面積)で実測します。ダクト内では平均風速を測るために複数点を測定することが望ましいです。
2. CO2 モニタリングによる評価
占有空間では CO2 を占有率の指標として用い、基準値を超えないか確認します。目安として屋内 CO2 < 800〜1000 ppm を設計目標とすることが多いです。需要制御換気(DCV)では CO2 に応じて換気量を動的に制御します。
3. トレーサガス法(開放/希釈法)
トレーサガス(CO2、SF6 等)を用いた希釈法・減衰法で ACH を直接測定します。減衰法の式は次の通りです。
Ct = Cbg + (C0 - Cbg) × exp(-ACH × t)
ここで Ct は時刻 t の濃度、C0 は初期濃度、Cbg は背景濃度、ACH は h-1、t は時間(h)。ACH は次式で求められます。
ACH = - (1 / t) × ln((Ct - Cbg) / (C0 - Cbg))
設計上・施工上の注意点
- 機器容量だけでなくダクト損失、グリルやリターン位置、抵抗を考慮して送風機を選定すること
- 気密性能が低いと外皮漏気が増え、設計換気量が確保できない場合がある。気密測定( blower door test )での確認を推奨
- フィルタの抵抗増加や目詰まりで風量が落ちるため、保守計画とアクセス性を確保すること
- 換気経路による圧力差でドアの開閉や防火区画に影響が出る場合、バランス調整や圧力差緩和が必要
- 熱回収換気は夏季の熱湿負荷を設計に反映。エネルギー計算と換気計画は一体で行うこと
- 屋外空気の取り入れ位置は汚染源(排気口、車道、屋外機、厨房排気等)から十分離す
計算例(実務的なワークフロー)
例題: 事務所 100 m2、天井高 3.0 m、占有者 10 人。設計方針は ASHRAE 型の Rp と Ra を使う(ここでは例示として Rp = 5 L/s・人、Ra = 0.06 L/s・m2 を採用)。
1) 床面積 A = 100 m2、占有者 P = 10 人。
2) Qoa = Rp × P + Ra × A = 5×10 + 0.06×100 = 56 L/s = 201.6 m3/h
3) 室容積 V = 100×3 = 300 m3。ACH = Q / V = 201.6 / 300 = 0.672 h-1
この結果を基に送風機とダクトを設計し、給気・排気の位置、フィルタ選定、熱回収の有無等を決定します。施工後は風量測定や CO2 モニタリングで検証します。
省エネルギーと換気の両立
換気は健康と快適性のために不可欠ですが、同時に冷暖房エネルギーの損失源でもあります。対策として以下が有効です。
- 全熱交換器(HRV/ERV)や熱回収器の導入
- 需要制御換気(DCV)により占有状況に応じて必要換気量を変化させる
- 高効率フィルタである程度の粒子除去を行いつつ、圧力損失を最適化する
- 外皮の気密性能向上により不要な漏気を抑制する
よくある設計ミスとその回避法
- 想定占有者数の過小評価: 実運用時の占有ピークを考慮する。イベントや会議室の利用を想定。
- ダクト損失の見落とし: ダクト長、屈曲、枝分かれでの損失を見積もる。CFD による局所流速解析も有効。
- 換気効率を無視した単純風量決定: 給気・排気位置で局所滞留が発生する場合、Ev を考慮する。
- メンテナンス性の欠如: フィルタ交換、ファン点検のしやすさを設計段階で確保。
検査・運用フェーズのポイント
竣工検査では風量測定、CO2 測定、トレーサガス法による ACH 確認を行います。運用段階ではフィルタ交換の周期管理、定期的な風量測定、CO2 モニタリングによる異常把握を組み込みます。特に学校や高密度オフィスでは CO2 ログを残し、必要に応じて換気スケジュールを調整することが推奨されます。
まとめ
換気量計算は単なる風量の決定ではなく、用途・占有・汚染源・エネルギー・メンテナンス性を総合的に勘案する設計プロセスです。ACH、人数基準+面積基準、汚染源逆算の3つの基本手法を理解し、現場条件に合わせて使い分けることが重要です。設計後は現場での測定と運用管理を通じて、設計目的が達成されているかを必ず検証してください。
参考文献
- ASHRAE - American Society of Heating, Refrigerating and Air-Conditioning Engineers
- CDC - Ventilation in Buildings (US Centers for Disease Control and Prevention)
- WHO - World Health Organization (ventilation guidance and indoor air quality)
- 国土交通省 (住宅に関する換気制度やガイドラインの総合情報)


