建築・土木で使う鋼材の基礎と実務的選び方:種類・規格・加工・耐久性まで徹底解説
はじめに — 鋼材が建築・土木で選ばれる理由
鋼材は高い強度と加工性、均質性、リサイクル性を兼ね備え、建築・土木構造物の骨格材として広く使われています。橋梁や高層ビル、プラント、トンネル、土木構造物において、鋼材は荷重伝達、耐震性能、施工性、経済性という複数の要求をバランスよく満たすための主要材料です。本コラムでは、実務で必要となる鋼材の種類、規格、機械的性質、加工・接合、腐食対策、設計上の注意点、品質管理・検査、環境面までを詳しく解説します。
鋼材の基本分類と代表的な種類
構造用に用いる鋼材は目的や性能に応じて大きく次のグループに分けられます。
- 一般構造用炭素鋼(例:JIS SS400、ASTM A36、EN S235) — 経済性が高く、溶接・加工がしやすい。
- 高張力鋼(HSLA、例:JIS SM490、ASTM A572) — より高い降伏強度を持ち、断面を小さくできる。
- 耐候性鋼(いわゆるコルテン鋼、例:ASTM A588) — 大気中で安定した錆層を形成し、防錆塗装を減らすことが可能。
- ステンレス鋼(オーステナイト系304・316、デュプレックスなど) — 腐食環境や衛生面が厳しい箇所で使用。
- 特殊鋼(工具鋼、耐熱鋼など) — 特殊条件下の用途向け。
構造設計で一般的に使われるのは、炭素鋼と高張力鋼です。用途により耐食性やひび割れ感受性、溶接性を考慮して選択します。
規格・等級と代表的な鋼種
鋼材は各国規格によって等級付けされます。主な規格は日本のJIS(日本工業規格)、米国のASTM、欧州のEN(EN 10025など)です。代表的な等級の目安は次のとおりです。
- JIS SS400(JIS G3101) — 一般構造用、引張強さおよび降伏点が規定された汎用鋼。
- JIS SM400/SM490(高張力構造用) — 橋梁や高強度を要する構造部材に使用。
- ASTM A36 — 米国で広く使われる一般構造用鋼。降伏強度はおおむね250MPa級。
- EN S235 / S275 / S355(EN 10025) — 欧州系の代表的等級で、数字は公称降伏強度(MPaに近い値)を示します。
等級により機械的性質(降伏強度、引張強度、伸び率)や化学成分、衝撃試験の要求が異なるため、設計荷重と施工条件に応じた等級選定が重要です。
機械的性質と試験
鋼材の性能評価で重要なのは主に次の項目です。
- 降伏強度(Yield strength) — 設計上の許容応力度に直結します。
- 引張強度(Tensile strength)および伸び(Elongation) — 靭性や塑性加工の指標。
- 衝撃特性(Charpy V-notch) — 低温での脆性破壊防止に重要。特に寒冷地や耐震設計で留意。
- 硬さや疲労強度 — 繰返し荷重下での寿命評価に必要。
工場出荷時にはミルテスト証明書(MTC:Mill Test Certificate)で化学成分と機械的性質が示されます。現場では引張試験、シャルピー試験、硬さ試験、非破壊試験が品質確認に用いられます。
加工・成形(熱間・冷間加工、断面形状)
鋼材は熱間圧延(熱延)や冷間圧延で製造され、プレート、形鋼(H形鋼、I形鋼、チャンネル、アングル)、棒鋼、鋼管など多様な製品形状が得られます。熱間圧延は大断面用に、冷間加工は薄板や高精度寸法が必要な場面に向きます。
- 形鋼(H形、I形) — 屈曲剛性とせん断耐力に優れ、柱・梁に用いられる。
- プレート・厚板 — 広い面積と溶接加工でトラス、箱桁、床版などに使用。
- 鋼管(丸・角) — 軸力・曲げ・ねじりが混合する部材に有利。
溶接・接合と施工上の注意
鋼構造の接合は主に溶接、ボルト接合、かつてのリベット接合があります。溶接は強固で施工性が良い一方、溶接熱による影響(熱影響部:HAZ)で脆化やひずみ、残留応力が発生します。重要なポイントは以下のとおりです。
- 溶接前の材料確認と適正電極・溶接材の選定
- 炭素当量(CE)による割れ感受性評価 — CEが高いと冷割れの危険が増す。一般的なIIW式の炭素当量の算定式の例は次の通りです:CE=C+Mn/6+(Cr+Mo+V)/5+(Ni+Cu)/15。
- 必要に応じた予熱・間接加温(インターパス温度管理)と溶接後熱処理(PWHT)の検討
- 溶接部の非破壊検査(PT、MT、UT、RT)による品質確認
高張力鋼や厚板では溶接施工条件管理が特に重要です。設計段階で溶接部の強度、疲労特性、熱処理の必要性を検討しておく必要があります。
腐食対策と塗装・めっき・耐候性鋼
鋼材の寿命を決める大きな要因は腐食です。腐食対策は環境条件(大気、海岸、化学雰囲気、水中など)と構造物の用途に合わせて選定します。
- 防食塗装 — 素材保護、装飾性、定期的なメンテナンスが前提。
- 亜鉛めっき(溶融亜鉛めっき) — ガルバニック保護を与え、橋梁部材や外部露出部に広く使われる。一般的なめっき層の厚さは設計や用途で決定される(使用環境により規格化された目標厚さを採用)。
- 耐候性鋼(Corten等) — 雨掛かりが少なく定着した錆層で保護される条件下で有効。ただし流水や塩分存在環境では不向き。
- ステンレス鋼 — 腐食環境での長寿命化、省メンテナンスを求める箇所で採用。
設計時にはライフサイクルコスト(初期コスト+維持管理費)で最適解を探ることが重要です。
疲労・破壊靱性・脆性破壊対策
構造物はしばしば繰返し荷重や衝撃にさらされます。特に溶接部や突起部は応力集中により疲労破壊が起こりやすいため、以下の対策が必須です。
- 詳細設計で応力集中を避ける(スムーズな形状遷移、適正なフィレット半径等)
- 溶接仕上げや連続溶接での監視、表面処理で疲労寿命を向上
- 必要に応じて疲労解析(SN線図や破壊力学的評価)を実施
- 低温環境では脆性破壊を防ぐための材料選定と衝撃試験基準の設定
火災時の挙動と耐火対策
鋼材は温度上昇に伴い降伏点と剛性が低下します。設計では以下を考慮します。
- 火災時の構造耐力低下 — 温度上昇で強度と剛性が大きく低下するため、耐火被覆(コンクリート被覆、難燃塗料、発泡被覆など)を採用。
- 避難時間・残存耐力の確保 — 所定の耐火時間に応じた被覆厚や材料仕様を選定。
検査・非破壊検査(NDT)と品質管理
現場・工場では適切な検査によって品質を担保します。主な検査方法は次のとおりです。
- 寸法検査・外観検査
- 引張試験、曲げ試験、衝撃試験(必要に応じ)
- 非破壊検査:磁粉探傷(MT)、浸透探傷(PT)、超音波探傷(UT)、X線検査(RT)
- 表面付着量・めっき厚さ測定、塗膜厚測定
また、鋼材トレーサビリティのために製造証明書(MTC)やロット管理、現場受入れの受入試験を厳格に運用することが重要です。
供給・調達・納期管理
鋼材は国際的な需要変動や原料(鉄鉱石、スクラップ、合金元素)の影響を受けやすく、納期・コストに変動が生じます。大規模プロジェクトでは早めの発注、代替等級の事前検討、サプライヤーの能力確認が重要です。
環境・リサイクルとライフサイクル評価
鋼は世界で最もリサイクルされる材料の一つであり、使用後のスクラップ回収と再溶解によって資源循環が可能です。近年は製造工程でのCO2低減(電気アーク炉の活用、スクラップ比率の向上)やLCA(ライフサイクルアセスメント)を考慮した材料選定が求められています。
実務での鋼材選定チェックリスト
- 設計荷重・安全率に対して必要な降伏強度・引張強度を満たすか
- 使用環境(海岸、化学、凍結など)に応じた耐食対策が可能か
- 溶接・加工性(炭素当量、必要なPWHTの有無)を確認
- 疲労・衝撃に対する要求(シャルピー試験など)を満たすか
- 供給リードタイム、コスト、サプライヤーの品質管理体制(MTCの発行可否)
- ライフサイクルコストとメンテナンス計画
まとめ
鋼材は建築・土木分野で不可欠な材料であり、材料選定から加工、接合、腐食対策、品質管理、リサイクルまで一貫した検討が要求されます。等級や規格を正しく理解し、設計・施工・維持管理の各段階で最適な鋼種と仕様を選ぶことが、安全で経済的な構造物を作るための鍵です。
参考文献
- JIS G3101(日本語・Wikipedia)
- Steel grade(Wikipedia)
- ASTM A36(Wikipedia)
- EN 10025(Wikipedia)
- 耐候性鋼(Corten)(Wikipedia)
- World Steel Association(世界鉄鋼協会)
- SteelConstruction.info(鋼構造に関する実務情報)
- 日本鉄鋼連盟(JISF)
投稿者プロフィール
最新の投稿
建築・土木2025.12.25塗り壁の種類・施工法・メンテナンス完全ガイド|素材比較と選び方
建築・土木2025.12.25電動トリマー徹底ガイド:種類・使い方・安全対策とプロのコツ
建築・土木2025.12.25電線管の種類・選び方・施工と維持管理:建築・土木で知っておくべき実務ガイド
建築・土木2025.12.25電線の基礎と最新技術:建築・土木で押さえる設計・施工・維持管理のポイント

