建築・土木で押さえる「熱損失」基礎と実務対策:計算・計測から設計指針まで
はじめに — 熱損失が建築・土木で重要な理由
建築物や土木構造物における熱損失(heat loss)は、快適性、エネルギー消費、耐久性、結露リスク、維持管理コストに直接影響します。寒冷地や温暖地を問わず、設計段階での熱損失の把握と対策は、省エネルギー設計や長寿命化に欠かせません。本コラムでは、熱損失の物理的メカニズム、計算法、実務的な評価・計測手法、設計・改修時の具体的対策、関連する基準・規制を整理します。
熱損失の主なメカニズム
- 伝導(Conduction):固体や流体内部での温度差により熱が移動します。壁や床、屋根を通る熱移動が該当します。基本式はフーリエの法則 q = -kA (dT/dx)。実務では熱貫流率(U値)と面積を用いて Q̇ = U·A·ΔT と表現します。
- 対流(Convection):表面と流体間、あるいは流体内部での熱移動。屋内外の空気接触で生じる伝熱係数 h を用いて q = hA(T_surface - T_fluid) と扱います。
- 放射(Radiation):物体表面から電磁波として放出される熱。高温差の場合に顕著で、表面の放射率や向かい合う面温度差(スティーブン=ボルツマン則 q = εσA(T1^4 - T2^4))で評価します。窓や大きな非断熱面で影響します。
- 換気・浸透(Ventilation / Infiltration):意図的な換気や隙間風などで屋内外の空気が入れ替わることで生じる熱損失。質量流量を用い Q̇ = ṁ·cp·ΔT で計算します。住宅・建築では体積流量と換気回数で簡便に評価することが多く、Q̇ ≈ 0.33·V·ACH·ΔT(W)という経験式も用いられます(ρ≈1.2kg/m3, cp≈1005J/kgKを基準)。
建築部位別の考え方:U値とR値
多層構成の壁や屋根は各層の熱抵抗(R)を足し合わせ、全体の熱貫流率U=1/ΣRで表します。表面の対流抵抗(内外)や、断熱材、空気層、石膏ボード、外装材などを考慮します。実務ではJISやISO(例:ISO 6946)に準拠した計算が用いられます。U値が小さいほど断熱性が高く、熱損失が小さくなります。
熱橋(Thermal bridge)の影響
柱、梁、サッシ周り、パネルの継ぎ目など、局所的に断熱が薄くなる部分を熱橋と呼びます。熱橋は局所的温度低下による結露やカビ発生、局所的なエネルギーロスを招くため、全体U値が同じでも性能低下を引き起こします。熱橋は線熱貫流率(Ψ値, W/mK)で評価され、詳細な熱流解析(2D/3D有限要素解析)で予測します。
換気熱損失と気密性の評価
換気による熱損失は意図的換気(機械換気)と非意図的換気(隙間風)があり、後者を低減するために気密施工が重要です。実務ではブロワードア試験でN50(50Pa時の空気浸透量、回/h)を測定し、気密性能を評価します。気密性が高まると換気熱損失は減りますが、適切な給排気と熱交換(熱回収換気:HRV/ERV)を併用しないと室内空気質が悪化するためバランスが必要です。
代表的な計算式(実務で使える簡易式)
- 伝導による瞬時熱流: Q̇ = U·A·ΔT (W)
- 多層壁のU値: U = 1 / (R_si + Σ(d_i/k_i) + R_so) (R_si/R_soは内外表面抵抗)
- 換気による熱損失(簡易): Q̇ = 0.33·V·ACH·ΔT (V:建物容積 m3、ACH:換気回数 h-1)
- 局所熱橋(線熱損失): Q̇ = Ψ·L·ΔT (Ψ:線熱貫流率、L:熱橋長さ)
実務での評価・計測手法
- ブロワードア試験:気密性の定量評価(N50など)。
- 熱画像診断(サーモグラフィ):表面温度の不均一や熱橋、気密欠損の可視化。外気温と室内温度条件の整った診断が重要。
- 熱流センサーによる熱流測定:壁面の熱流量を直接測定し、現地のU値評価に使用。
- 気流測定器や追跡ガス法:換気量や漏気経路の特定。
- 詳細解析:2D/3D熱伝導解析ソフトで熱橋評価や季節変動を考慮したシミュレーション。
設計上の対策(新築)
- 断熱を連続化する(外張り断熱、連続する断熱層の確保)。
- 熱橋対策:構造接合部に熱ブレーク(thermal break)を導入、連続断熱層で部位を覆う。
- 窓のグレード向上:複層ガラス、Low-Eコーティング、アルゴンガス封入、サッシの断熱性能向上。
- 気密施工と計画換気:高気密化による換気熱損失低減とHRV/ERVの併用。
- 日射制御:庇・ブラインド・外付け遮蔽で夏季の過剰な熱流入を抑制。
- 蓄熱性の活用:熱容量を活かした温度変動の緩和(ただし断熱とのバランスを検討)。
改修・リノベーションでの注意点
既存建物の断熱改修では、内部結露の発生に注意が必要です。断熱材の追加により結露面が変化すると構造体表面で結露が生じることがあります。改修時は透湿抵抗(透湿性)と室内湿度管理、換気の見直しを同時に計画してください。また、断熱材の種類(グラスウール、発泡系、セルロース等)による施工性や長期性能の差も考慮します。
現場でよくある失敗例と対策
- 施工中の気密不良:配管貫通部やサッシ廻りの処理不足。対策は詳細な施工仕様と検査工程の明確化。
- 熱橋軽視:構造接点での断熱欠損。対策は熱橋解析とディテール設計の徹底。
- 過度の気密化に伴う換気不足:機械換気の設計が不十分。対策は熱交換換気とフィルタ管理。
- 断熱材の湿潤化:湿気管理が不十分で断熱性能低下。対策は防湿層と通気層の適切な配置。
適用される基準・設計指針(概要)
国内外の設計基準としては、ISO 6946(建築部材の熱抵抗・熱貫流率)、ASHRAE Handbook(熱環境・建物熱負荷計算)、日本では「建築物のエネルギー消費性能の向上に関する法律」(建築物省エネ法)や「次世代省エネルギー基準」等が参照されます。設計・申請時には地域の気候データや標準設計条件に基づいて熱損失を評価する必要があります。
まとめ — 実務への落とし込みポイント
熱損失の低減は単に断熱材を厚くするだけでは完結しません。換気・気密・熱橋対策・窓性能・日射制御・湿気管理を総合的に設計・施工・検証することが重要です。設計段階でのシミュレーションと施工管理、完成後の気密試験や熱画像検査によるフィードバックループを確立すると、居住快適性とエネルギー効率の両立が可能になります。
参考文献
- ISO 6946: Building components and building elements — Thermal resistance and thermal transmittance
- ASHRAE Handbook — Fundamentals
- 国土交通省(建築物のエネルギー性能関連情報)
- 日本工業標準調査会(JIS関連)
- Blower door(気密試験) — Wikipedia(解説)


