保温筒の完全ガイド:材料・設計・施工・点検まで建築・土木の実務で使える解説
はじめに — 保温筒とは何か
保温筒(ほおんとう)は、配管・ダクト・タンクなどの円筒形状設備に取り付ける断熱被覆の総称です。主目的は熱損失の低減(エネルギー保存)、結露防止、凍結防止、作業者の熱傷防止および環境温度の保全にあります。建築や土木の現場では温水配管、蒸気配管、冷媒配管、給湯や空調ダクトなど幅広い用途で用いられます。保温筒は設計段階から材料選定、施工、維持管理までを含めた総合的な管理が重要です。
保温筒の主な用途と求められる性能
用途によって求められる性能は異なります。代表的な用途と要求性能は次の通りです。
- 熱損失低減(エネルギー効率) — 熱媒体を適切な温度に保つための断熱性能(熱伝導率と厚さ)
- 結露防止 — 周囲温度・湿度条件で表面温度が露点を下回らないこと。防湿層(ベイパーバリア)の有無が重要
- 凍結防止 — 冬期に流体が凍結しないよう十分な保温厚さまたは加熱手段を併用
- 作業者保護・防火性 — 表面温度抑制や難燃性材料の採用、法規による防火性能確保
- 耐久性・保守性 — 点検・補修が容易な着脱式ジャケットの採用や長期耐候性
主な材料と構造
保温筒に使われる材料は性能(λ値=熱伝導率)、耐火性、防湿性能、耐候性、価格などで選定されます。代表的な材料と特徴は次の通りです。
- 岩綿(ロックウール)・ガラスウール:不燃性で高温用途に強く、λ値はおおむね0.03〜0.05 W/m·K程度。高温蒸気配管などで多用。
- ポリウレタンフォーム(PUR/PIR):断熱性能が高く(λ≈0.022〜0.028 W/m·K)、軽量で施工性良好だが、耐火性と長期耐候性で配慮が必要。
- フェノールフォーム:低熱伝導率で高温安定性もあるがコスト高。
- エラストマフォーム(クロロプレン・NBR系):柔軟で防湿性に優れるため冷凍・冷却配管の露結防止に適合。
- ケイ酸カルシウム(カルシウムシリケート):高温に強く構造体としての剛性がある。大型配管・ボイラーで採用。
- エアロゲルブランケット:極めて低い熱伝導率を持ち、薄肉で高性能。ただし高価。
- 外被(ジャケット):アルミ箔被覆、ステンレス被覆、PVC被覆など。気密性・耐候性・機械的保護を提供。
- ベイパーバリア(防湿層):アルミラミネート、耐水樹脂塗膜など。結露/腐食対策で必須。
保温筒の種類(形状・施工法)
形状や施工法により代表的なタイプを挙げます。
- プレフォームド半割りチューブ(スプリットチューブ):工場成形の半割断熱材を現場で組み合わせる方式。配管径ごとに規格化され施工が容易。
- 巻き付けタイプ(ブランケット):ロール状の断熱材を巻き付け、テープや金具で固定。円筒以外の複雑形状にも対応可能。
- 着脱式ジャケット(メンテナンスジャケット):フランジやバルブなど点検が必要な箇所で使用され、取り外し・再装着が可能。
- 吹付け断熱(スプレーフォーム):現場で発泡させるタイプ。継ぎ目が少なく気密性に優れるが仕上げ工が必要。
- 複合パネル式:現場で巻きつける代わりに、外装パネルで保護する方式。大型ダクトやタンクでの採用例。
熱計算(基本式と実務例)
円筒形配管の断熱に関する伝導抵抗は次の式で表されます(単位長さ1 m当たり)。
断熱材の伝導抵抗 R_cond = ln(r2/r1) / (2πkL)
ここで r1 は内側半径、r2 は外側半径、k は断熱材の熱伝導率、L は長さ(ここでは1 mとする)。外気側の対流抵抗 R_conv,out = 1 / (h_out * 2π r2 L) を加え、内部対流抵抗 R_conv,in も考慮します。総熱抵抗 R_total = R_conv,in + R_cond + R_conv,out。熱流量は Q = (T_in - T_out) / R_total で求められます。
実務例(概算):内径50 mmの配管(r1=0.025 m)に厚さ25 mmの断熱(r2=0.05 m)を施工、k=0.03 W/m·K、流体温度80°C、周囲温度20°C、h_in=100 W/m2K、h_out=10 W/m2K とすると、
R_cond ≈ ln(0.05/0.025)/(2π·0.03·1) = 0.6931/0.1885 ≈ 3.68 K/W
R_conv,out ≈ 1/(10·2π·0.05·1) ≈ 0.318 K/W、R_conv,in ≈ 1/(100·2π·0.025·1) ≈ 0.064 K/W
R_total ≈ 3.68 + 0.318 + 0.064 = 4.06 K/W、よって Q ≈ (80−20)/4.06 ≈ 14.8 W/m。これは概算であり、実際は継手部・支持部の熱橋や放射、周囲の風速なども考慮する必要があります。
結露・凍結対策の実務ポイント
冷媒や低温配管では結露防止が最重要です。結露発生を防ぐためには配管表面温度が周囲の露点温度を下回らないように断熱厚さを決定し、さらに確実なベイパーバリアで水蒸気の浸入を防ぎます。屋外での施工では小さな損傷でも雨水が浸入すると腐食やCUI(Corrosion Under Insulation:保温材下腐食)を招くため、継ぎ目のシールやドレン処理が重要です。
凍結防止には保温だけで不十分な場合、ヒータ(トレースヒーティング)を併用する設計が一般的です。電気式の発熱ケーブルは断熱材と併用して設置し、温度制御器で凍結しない温度を維持します。
耐火・防水・防食の考慮
防火性能は建築基準や用途別の規制に従って評価する必要があります。高温蒸気やボイラー廻りでは不燃材料(ロックウール、ケイ酸カルシウム等)の採用が推奨されます。一方で、高性能発泡体は燃えやすい特性があるため外被により保護したり、防火被覆を施すことが必要です。
腐食対策としては、保温材下腐食(CUI)への警戒が不可欠です。要点は次の通りです。
- 防湿層を確実に施工し、雨水・浸入水を遮断する。
- 配管支持やバンドで断熱材を過度に圧縮しない。断熱材の密度変化は熱伝導率と透湿性に影響する。
- 金属配管には適切な防食塗装を施工し、ドレンや排水経路を確保する。
- 定期的な点検(外観、赤外線検査)で早期に欠陥を発見・補修する。
施工上の注意点
保温筒の施工では、設計どおりの厚さを確保すること、継ぎ目や端部の気密を確保すること、支持金具で断熱材を不必要に圧縮しないことが基本です。具体的には以下を守ります。
- 半割りチューブは接合部を重ねず、アルミテープやシーリング材でしっかり密封する。
- フランジ・バルブ部は着脱式ジャケットを使い、保守時に容易に取り外し可能にする。
- 外被は水密性・耐候性を持たせ、屋外配管では目視できるシール部を定期点検する。
- 配管支持点では断熱材に切り込み(ドーナツ状パッキン)を入れて支持金具と断熱材の間に空隙を設ける。
点検・維持管理と寿命
保温筒の寿命は材料や環境によるが、一般に10〜30年程度が目安です。定期点検は少なくとも年1回、重要箇所や外気にさらされる部分は頻度を上げるべきです。点検項目と手法は以下の通りです。
- 目視点検:外被の破損、シール部の剥離、湿潤の痕跡の有無。
- 赤外線サーモグラフィ:熱分布の不均一や断熱欠損個所を非破壊で検出。
- 触診・打音試験:外被の浮きや内部湿潤の判別。
- 必要に応じて部分的に外して内部状態を確認し、腐食やカビの有無をチェック。
損傷が見つかった場合は速やかに補修または交換を行うことが、長期的なエネルギー損失と設備劣化の防止につながります。
選定のポイント(コスト・環境)
断熱材の選定は初期コストだけでなく、ライフサイクルコスト(省エネ効果による運転費削減、保守費用、廃棄処理)を考慮すべきです。一般に高性能断熱材は初期費用が高くても薄肉で済むため、狭いスペースや美観を重視する場面で有利です。環境面では製造時のCO2排出量やリサイクル性を考慮することが増えています。公共施設や大規模プロジェクトでは環境配慮型の材料選定が求められるケースも多くなっています。
実務上のよくある問題点と対策事例
現場でよく見られる問題とその対策例を示します。
- 問題:保温材が支持金具で潰れて熱橋が発生。対策:支持部に専用のパッドやドーナツ状スペーサーを挿入し断熱連続性を確保。
- 問題:屋外での外被破損から雨水浸入→保温材湿潤→CUI発生。対策:外被シール強化、定期点検、排水経路の確保。
- 問題:フランジ部の保温未施工で熱損失。対策:着脱式ジャケットの計画的採用でメンテ性と断熱性を両立。
- 問題:断熱厚さ不足で結露発生。対策:露点計算(周囲温度・湿度を基に)を行い必要厚さを算出。場合によってはヒータ併用。
コストメリットの簡易試算例
先の例で断熱を行わない場合の損失と保温後の損失差を試算すると、配管1 m 当たりの熱損失低減が約15 W/m とすると、24時間・365日稼働での年間省エネは
0.015 kW × 24 × 365 ≈ 131.4 kWh/年・m
電気単価を30 円/kWh とすると年間約3,942 円/年・m の節約となります(あくまで概算)。保温材・施工費が1 m あたり1,000〜5,000 円程度であれば、数年以内に投資回収が可能となる場合が多いです。実際は熱源(電気・蒸気等)や運転時間、単価によって変わります。
まとめ
保温筒は配管や設備の省エネ、結露防止、凍結対策、作業者安全に直結する重要な要素です。材料選定、熱設計、適切な施工、そして定期的な点検・維持管理が長期的な性能維持とコスト削減に寄与します。設計段階から施工業者、保守担当者が連携して仕様を決めることが良好な結果をもたらします。
参考文献
- 国土交通省(MLIT) — 建築・設備に関する基準やガイドライン
- 一般社団法人 日本冷凍空調工業会(JRAIA) — 冷凍空調設備の技術資料
- 一般社団法人 日本建築学会 — 建築材料・設備に関する研究・資料
- 日本産業標準調査会(JISC/JIS) — 関連するJIS規格の検索
- ASHRAE — 建築設備・熱設計の国際的指針(熱伝導率等の資料)
- AMPP(旧NACE) — 防食、保温材下腐食(CUI)に関する情報


