建築・土木で活用するTIG溶接(GTAW)の原理・技術・現場運用ガイド

はじめに

TIG溶接(Tungsten Inert Gas welding、GTAW)は、タングステン電極を用い、不活性ガスで保護されたアークにより母材を溶融・接合する溶接法です。高品質で美しいビードが得られるため、建築・土木分野では薄板、ステンレス手摺、外装パネル、配管のルート溶接や装飾的な露出部材など、仕上がり品質が重視される用途で広く採用されています。本コラムでは原理、装置、材料選定、工程管理、欠陥と対策、安全管理、規格・資格、実務的活用例まで、現場で役立つ観点を中心に詳述します。

TIG溶接の基本原理と名称

TIG溶接は非消耗タングステン電極と母材との間にアークを発生させ、局所的に加熱して溶接を行います。溶加材(フィラー)が必要な場合は別手で挿入します。保護ガスには主にアルゴンやヘリウムが用いられ、酸素や窒素を遮断して溶融池の酸化を防ぎます。別名GTAW(Gas Tungsten Arc Welding)とも呼ばれます。

主な装置構成とアクセサリ

  • 溶接電源:定電流(CC)で高周波点火機能、パルス機能、交流(AC)/直流(DC)切替が可能な機種が一般的。
  • トーチ:冷却方式(空冷/水冷)、ノズル形状、ガスレンズの有無で保護ガスの流れとアーク形状が変わる。
  • タングステン電極:純タングステン、トリウム、セリウム、ランタン含有種など。ACでのアルミ溶接は球状にし、DCでは尖らせることが多い。
  • 保護ガス供給系:ガス圧力計、流量計、配管。純度(通常99.99%級)が品質に影響。
  • 周辺機器:リモート電流制御、フットペダル、フィラー材、研磨具(電極研磨用)など。

材料と溶接条件のポイント

TIGは多様な材料に適用可能ですが、代表的な取り扱いポイントは以下の通りです。

  • ステンレス鋼:美観と耐食性が重要。低温ひずみ焼鈍を避けるため熱入力管理(電流・進行速度)とバックシールドが有効。
  • アルミニウム:酸化膜が厚いため、事前の機械的・化学的清浄(ブラッシング、アルカリ洗浄)とAC特性(オゾン溶融・クリーン機能)が重要。
  • 炭素鋼:低・中厚板はTIGで良好だが、生産性の観点から厚板や一般構造物ではMIG/SMAWが選択される場合が多い。低温脆化や水素割れ対策が必要な場面では前処理と管理が必須。
  • チタンやニッケル合金:不活性雰囲気が特に重要で、ポストフローやバックシールドを用いて冷却時の酸化を防ぐ。

操作技術とプロセス制御

高品質なTIG溶接には熟練した操作者と厳密なパラメータ管理が必要です。主な制御項目は電流、電圧、移動速度、ガス流量、電極形状、溶加棒の挿入角度と供給速度、プリフロー/ポストフロー時間などです。パルスTIGは熱影響を低減し、溶け込みとビード形状を制御しやすいため薄板や高熱伝導材に有効です。

設計・施工での利点と欠点

  • 利点:高品質・低スパッタ、薄板接合に強い、美観が良い、異種金属の接合がしやすい、局所加熱で熱影響域が小さい。
  • 欠点:生産性(溶接速度)が低め、熟練を要する、設備コストが高い、水冷トーチや高純度ガスが必要な場合コスト増。

現場でよく見られる欠陥と対策

  • ポロシティ(気孔):ガス汚染、母材の油分や水分、フィラーの不純物が原因。前処理とガス流量、ノズル形状、ガスレンズの検討。
  • タンングステン混入:電極の過長突出、溶加棒の接触、電極汚損が原因。電極突出量管理と研磨で対策。
  • 融け込み不足・不良融合:電流不足、移動速度速過ぎ、トーチ角不適切。WPSに基づく電流と速度管理。
  • 割れ(冷割れ・熱割れ):材料選定、熱入力、前熱/間欠熱処理で予防。

品質管理と検査法

重要構造部や外観重要部は以下の管理・試験が行われます。

  • WPS(溶接工程仕様書)とPQR(工程性能試験報告書)の作成・承認。
  • 溶接士の資格管理(ISO 9606、ASME Section IX、各国の国家資格など)。
  • 非破壊検査:目視、浸透探傷(PT)、磁粉探傷(MT、鉄系)、超音波探傷(UT)、X線検査(RT)。
  • 金属組織・硬さ試験、引張試験などの破壊試験による確認。

安全対策

  • 紫外線による眼・皮膚障害防止のため適切な溶接面と防護服を着用。
  • 不活性ガスは窒息危険となるため換気と感知器設置、閉所作業の管理。
  • 高電圧・高周波部の取り扱い注意、ガスボンベの取扱いと固定。
  • 有害ガス・粒子(特にアルミ・亜鉛めっきの蒸気)への対策として局所排気・適切なフィルタ付き呼吸保護具の使用。

建築・土木での実務的な活用例

以下は実際の採用例です。

  • ステンレス製手摺・外装パネル:溶接痕が目立たない仕上がりを要求されるためTIGが多用される。
  • 建築装飾部材・エクステリア金物:薄板・精密部材の接合。
  • 配管・ダクトのルート溶接:特に支持部や耐食性が求められるステンレス配管でオービタルTIGが採用される。
  • 耐震補強用の薄肉プレート溶接や、特殊金属の継手製作。

規格・資格(建築・土木で留意すべきもの)

  • ISO 9606(溶接士資格)、ISO 15614(溶接工程試験)などの国際規格。
  • ASME Section IX(溶接手順・資格)、AWS(American Welding Society)の基準群。
  • 日本国内では日本溶接協会(JWS)やJIS規格に基づく手順・資格が参照されることが多い。
  • 建築や鋼構造物向けにはAWS D1.1や各国の構造用溶接規格の適合確認が必要。

メンテナンスとトレーニング

機器の定期点検(冷却水系、ケーブル、トーチ部、ガス配管)、タングステン電極の適正研磨、ノズル・ガスディフューザの清掃が品質維持に直結します。また実務者には定期的な技能教育と溶接記録のレビュー、WPSの理解徹底が必要です。オービタル自動化機器の導入により一貫した品質と生産性向上が期待できますが、装置のプログラミングと管理にも専門知識が必要です。

まとめ(実務者への提言)

TIG溶接は高品質・高信頼性を要求される建築・土木の領域で強力な選択肢です。ただしコストや技能要求を勘案して適材適所で使うことが重要です。設計段階から溶接方法の検討、WPS策定、材料と熱処理の整合、施工時の品質管理と検査計画、施工後のメンテナンス計画まで一貫して検討することで、長期的に見てコスト効率と安全性を最大化できます。

参考文献