MIG溶接(GMAW):原理・機器・工程・欠陥対策まで現場で使える完全ガイド

はじめに — MIG溶接とは何か

MIG溶接(Metal Inert Gas welding)は、一般にGMAW(Gas Metal Arc Welding)とも呼ばれ、連続供給される溶接ワイヤを電極として用い、保護ガスでアークと溶融金属を覆いながら接合を行うアーク溶接法です。生産性の高さと自動化適性に優れ、自動車、建築鋼構造、配管、造船、一般製缶など多岐にわたる分野で広く採用されています。本コラムでは原理から機器構成、溶接パラメータ、材料別の留意点、一般的欠陥とその対策、品質管理・安全対策まで詳しく解説します。

原理と溶接モード

基本原理は、ワイヤと母材間に形成されたアークでワイヤ先端を溶かし、溶融金属を溶接部に供給することです。保護ガスは酸素・窒素などの大気成分を遮断し、溶融金属の酸化や窒化を防ぎます。主な金属転移モードは次の4つです。

  • 短絡(短絡転移): ワイヤが溶滴で母材に短絡する方式。低電流で可能で、突合せや薄板のポジショナル溶接に適する。
  • スプレー転移: 高電流で溶滴が細かくスプレー状に飛ぶ方式。深い溶け込みとスムースなビードが得られるが高電流のため平坦姿勢向き。
  • グロビュラ(塊状)転移: 大きな溶滴が不規則に飛ぶ方式で、スパッタが多くあまり望ましくない。
  • パルススプレー転移: 電流をパルス制御することで、低平均電流でもスプレー転移に近い安定性と低スパッタを実現。ポジショナル溶接や薄板に有効。

機器構成と主要コンポーネント

典型的なMIG溶接機は次の要素で構成されます。

  • 電源(インバータ式が主流): 電流・電圧の安定供給と制御、パルスやシナジー制御機能を持つものが多い。
  • 溶接ケーブル・トーチ: ワイヤ供給と電流供給、冷却系(空冷/水冷)を兼ねる。
  • ワイヤフィーダー: ワイヤ送り速度を正確に制御し、ドライブロールやテンション調整がある。
  • シールドガス供給装置: ガスボンベとレギュレータ、流量計。
  • ワイヤ(消耗品): 材質や径、フラックス入りか否かで種類がある。

シールドガスとワイヤの選択

保護ガスとワイヤの組み合わせは溶接品質に直結します。代表的な選択は以下の通りです。

  • 炭素鋼: CO2単体はコストが低く深い溶け込みが得られるがスパッタが多い。アルゴン-炭酸ガス混合(Ar-CO2、例えば80/20や90/10)はスパッタ低減と安定したアークが得られる。
  • ステンレス鋼: アルゴン+少量のCO2またはO2を用いる。ワイヤはER3xx系(例 ER308L, ER316L)を使用。
  • アルミニウム: 純アルゴンを用いる。酸化膜の問題から適切なワイヤ給送(スプールガンや特殊ライナー)とクリーニングが必要。
  • フラックス入りワイヤ(FCAW): 一部は自己保護型でガス不要、屋外作業や風がある環境での施工に有利。

極性と電気的設定

一般にGMAWのソリッドワイヤは直流逆極性(DCEP、Electrode Positive)が用いられます。DCEPは転移の安定化と十分な溶け込みをもたらします。機械的設定としては電圧、電流(もしくはワイヤ送り速度)、トラベルスピード、アーク長(母材とノズル先端間の距離)、溶接姿勢に応じた角度が主要な調整項目です。ワイヤ送り速度が増せば溶加率と電流が上がり、電圧が上がればアーク長とビード幅が変化します。

溶接手順とジョイント準備

良好な溶接には事前準備が重要です。主要ポイントは以下です。

  • 母材の清掃: 油、塗膜、スケール、水分は必ず除去する。ステンレスは専用のステンレスブラシで、アルミは酸化膜の除去やフラックス使用を検討。
  • ビード形状とルートギャップ: 材厚に応じたベベル角、ルート間隔、フィットアップ確保。薄板は順方向にスパッタや歪みが起きやすいため適切なワイヤ径と短絡転移などを選ぶ。
  • 溶接順序と拘束: 熱歪みを抑えるために対称溶接や段階的な溶接順が必要。

材料別の注意点

材料によって溶接上の留意点は大きく異なります。

  • 炭素鋼: 低合金高強度鋼では割れ防止のための事前予熱や管理されたインターパス温度が必要。水素割れ対策として低水素フラックス・乾燥保管。
  • ステンレス鋼: 高温によりクリープや感熱による変色が生じる。クロム炭化物の生成を抑えるために低炭素(L)系材料や適切な冷却管理が重要。
  • アルミニウム: 酸化膜のため初期アーク確立が難しく、適切なガス、ワイヤ送り、スプールガンを使う。熱伝導率が高いため変形管理とヒート入力制御が必要。

一般的な欠陥と対策

現場で頻出する欠陥とその主な原因・対策を列挙します。

  • 孔食・気孔(ポロシティ): ガス遮断、基材の汚染(油、塗膜、湿気)、不適切なガス流量やノズルの詰まりが原因。対策は洗浄、適正ガス流量、ノズル清掃、風防対策。
  • 熔け込み不足(ラップ・不十分な融合): 電流不足、過大なトラベル速度、ルートギャップ不足。対策は電流増加、速度低下、ジョイント修正。
  • アンダーカット: 過大な電圧や速度、角度不良。溶接パラメータ見直しとビードの向き調整。
  • 過大溶融/貫通(バーニングスルー): 電流過大、薄板でのヒート集中。電力低下、ワイヤ径の変更、フィラー投入制御。
  • スパッタ: ガス組成不適、過大電流、グロビュラ転移。ガス変更、パルス制御、パラメータ調整。

品質管理と試験

構造物・配管などの用途ではWPS(溶接施工仕様)とPQR(施工記録)を整備し、溶接者資格や工程検査を実施します。代表的な試験・検査手法は次の通りです。

  • 外観検査(Visual): ビード形状、アンダーカット、スパッタ、気孔の有無。
  • 非破壊検査(NDT): 放射線検査、超音波探傷、浸透探傷など。
  • 機械試験: 引張試験、曲げ試験、硬さ試験。

熱影響部(HAZ)と金属組織の変化

溶接による加熱は母材の微細構造を変化させ、機械的性質に影響を与えます。高温での焼戻しや焼入れ、割れ易さの増加が生じることがあるため、必要に応じて予熱や後熱処理(PWHT)を行い、残留応力や硬化を制御します。特に高張力鋼や低合金鋼では注意が必要です。

現場での実務的ポイント・トラブルシューティング

実務で押さえるべき小技とチェックリスト。

  • ワイヤの保管は湿気管理が重要。特にフラックス入りや低水素ワイヤは乾燥保管。
  • フィードラインのテンションやドライブロールの摩耗を定期点検。フィード不良は不安定なアークやスパッタの原因。
  • ノズルやコンタクトチップの定期清掃でガス流れと通電を確保。
  • 溶接姿勢(立て・横・平)ごとのパラメータ調整。短絡転移は位置に強いがスプレーは平坦向き。

自動化・ロボット溶接と今後の潮流

MIGはロボット化と相性が良く、溶加率・品質・生産性で大きな利点があります。近年はシナジー制御、パルス制御、ビジョンガイドやリアルタイム溶接監視(電圧・電流・温度・溶滴観測)を組み合わせたAI支援の品質管理が進展しています。また、薄板化や高強度材への対応、低歪み溶接技術が求められています。

安全対策

MIG溶接ではUV・IR放射、溶接ヒューム、有害ガス(オゾン、NOx)、飛散スパッタ、火災のリスクがあります。必須対策は次の通りです。

  • 適切な防護具(自動遮光溶接面、耐火衣、手袋、長靴)。
  • 換気と局所排気(フューム抽出装置)。
  • 感電・火災対策。可燃物排除、消火器配備。
  • 高所や狭所では酸素欠乏・有害ガス検知器の使用。

まとめ

MIG溶接は高速で汎用性が高く、適切な機器選定、ガス・ワイヤの組合せ、パラメータ制御と前処理・品質管理を徹底することで高品質な接合が可能です。現場ではワイヤ・ガス・電気条件・トーチ操作のすべてが相互に影響するため、一つずつ原因を切り分けて最適化することが重要です。自動化とデジタル制御の進展により、さらに生産性と安定性が向上していますが、安全対策と適切な育成・手順管理は不可欠です。

参考文献

Gas metal arc welding - Wikipedia
TWI - What is MIG Welding?
Lincoln Electric - MIG Welding Guide
ESAB - GMAW Basics
American Welding Society (AWS)
一般社団法人日本溶接協会