地盤の基礎知識と設計・改良の実践ガイド:建築・土木で押さえるべきポイント
はじめに:地盤は建築物の「見えない基礎」
建築・土木における「地盤」は、構造物の安全性・耐久性・経済性を左右する最重要要素です。地盤の良否は設計段階の安全率や工法選定、施工コストに直結し、地震や長期沈下などのリスクと密接に関係します。本コラムでは、地盤の基本特性、調査方法、代表的な問題点(沈下・液状化・すべりなど)、対策手法、設計上の考え方、実務でのチェックポイントを整理します。
地盤の基本特性:土の種類と力学的性質
- 土質分類:地盤は一般に砂質土(砂、シルト)と粘性土(粘土)に大別されます。砂質土は透水性が高く、せん断強度は摩擦角で表されます。粘性土は固結・圧密挙動を示し、粘性や一軸圧縮強さで評価します。
- 水分と間隙水圧:地下水位は地盤挙動に大きく影響します。間隙水圧は有効応力を減少させ、せん断強度を低下させます。地震時には間隙水圧が急増して液状化を引き起こすことがあります。
- 密度・締固め:土の密度(相対密度)はせん断強度や圧密挙動に直結します。砂層の締まり具合が設計上の重要な指標となります。
- 圧密・沈下特性:粘性土では長期的な圧密沈下が問題になります。圧密係数や圧縮指数は時間依存の沈下量を評価するために必要です。
地盤調査の目的と主な手法
設計・施工前に行う地盤調査は、対象地の土質・硬軟・支持層の有無・地下水位や埋設物を把握することが目的です。調査は以下の段階で行われることが一般的です。
- 文献調査・既往資料の収集(周辺地形、過去の地盤災害、埋立履歴など)
- 表層踏査・ボーリング位置の決定
- ボーリング調査(標準貫入試験SPT、採取試料)
- 現場試験(コーン貫入試験CPT、プレート載荷試験、透水試験など)
- 室内試験(粒度、液性限界、三軸試験、圧密試験、せん断試験など)
代表的な現場試験の意義:標準貫入試験(SPT)は簡便で広く使われ、N値から支持力や相対密度の目安が得られます。CPTは連続的なデータが得られ、細かな層分布把握に優れます。プレート載荷試験は設計の直接基礎検討に有用です。
代表的な地盤問題とそのメカニズム
- 過大な沈下:即時沈下(弾性)、圧密沈下(時間依存)、二次圧密による沈下があります。粘性土の上に重荷重を載せた場合に圧密沈下が顕著になります。
- 液状化:主に緩い砂層で、地震による間隙水圧上昇で有効応力が減少し、地盤が流体化します。液状化は地盤の支持力喪失や地表変形、浮上などを引き起こします。
- すべり(斜面崩壊):斜面や盛土の不安定化。降雨や地下水位上昇、地震力がトリガーになります。
- 地耐力不足:浅い軟弱層や高い地下水位により、基礎が設計荷重に耐えられない場合。
基礎形式の選定:直接基礎 vs. 杭基礎
設計上の基本選択は、浅い支持層が十分にある場合は直接基礎(布基礎、ベタ基礎)を選び、支持層が深い・軟弱地盤で沈下やせん断強度確保が困難な場合は杭基礎を採用します。
- 直接基礎(浅い基礎):施工コストが低く簡便ですが、許容支持力と許容沈下の確認が必要です。地盤改良と併用することが多いです。
- 杭基礎(深い基礎):支持層まで荷重を伝達する方式で、支持杭(杭先端が支持層で荷重を受ける)と摩擦杭(杭周面摩擦で荷重を負担)があります。設計では杭の許容支持力、施工方法(打込杭、掘削杭)や周辺地盤影響を検討します。
地盤改良技術の概要
地盤改良は費用対効果を見極めつつ、安全性を確保する手段です。代表的な工法を目的別に整理します。
- 支持力向上
- 柱状改良(セメント系固化材を注入・混合して柱状の改良体を作る)
- 深層混合処理(深い軟弱層を固化させる)
- 置換(軟弱土を掘削して良質材料に置換)
- 鋼管杭・既成コンクリート杭等の打設
- 沈下抑制・圧密促進
- 加重載荷による先行圧密(プレロード)
- 垂直排水工(サンドドレーン)で排水経路を確保し圧密短縮
- 液状化対策
- 地盤の締固め(深層混合・表層改良・砂置換)
- 排水の改善(砂井・縦排水)で間隙水圧の発生を抑制
- 杭の補強・グラウト充填:既存杭の補強や地盤の局所改良に有効
設計上の考え方と安全性評価
地盤設計では「安全率」や「許容支持力」「許容沈下量」を基準に検討します。安全を確保するには信頼性の高い地盤調査結果と、それに基づく適切な土質モデルの採用が必要です。また、設計においては極限状態設計(耐力設計)とサービスビリティ(使用時の挙動)を両立させることが求められます。
地震時の挙動評価では、液状化判定や地盤増幅特性、斜面安定性の評価が不可欠です。必要に応じて動的解析や数値解析(有限要素法)を用いて現地条件に応じた検討を行います。
施工時の留意点と現場管理
- 設計値と現地実測値(実際のN値や地下水位)が乖離する場合は設計の見直しを行う。
- 掘削や杭施工は周辺地盤に影響を与えるため、周辺構造物への影響評価と養生が必要。
- 改良材(セメント等)の品質管理、充填量や撹拌の確認を適切に行う。
- 施工後の沈下観測や計測(傾斜計、沈下計、地下水位観測)を行い、設計通りに挙動しているかをチェックする。
費用・スケジュール・リスク管理
地盤対策は工事費の大きな割合を占めることがあり、設計段階での詳細調査により余分なリスクや余裕のある仕様を削減できます。一般に詳細な地盤調査(深度のあるボーリングや室内試験)は初期コストを上げますが、設計変更や追加工事のリスク低減という点で長期的なコスト削減に直結します。
プロジェクト管理では、・早期の地盤調査による情報収集、・地盤改良工法の複数案評価、・施工性や周辺影響の検討、をワークフローに組み込むことが重要です。
実務チェックリスト(設計・発注者向け)
- 周辺の地盤履歴(埋立、盛土、過去の災害)を確認しているか
- 適切な深さ・本数のボーリングと必要な現場・室内試験を実施しているか
- 地下水位の季節変動を考慮した設計になっているか
- 液状化・斜面崩壊リスクを評価し、必要な対策が示されているか
- 改良工法の施工性・品質管理計画が明確になっているか
- 施工後の観測・維持管理計画があるか
まとめ:地盤理解は設計と施工の出発点
地盤は設計者・施工者・発注者の共通課題であり、初期の十分な調査と合理的な評価、適切な改良・基礎選定が不可欠です。地盤に対する理解が不足すると、予期せぬ沈下や改修コスト増、ひいては安全性の懸念につながります。逆に、十分な情報に基づく設計は経済性と安全性の両立を可能にします。
参考文献
- 一般社団法人 日本地盤工学会(技術情報・ガイドライン)
- 国立研究開発法人 土木研究所(PWRI)(地盤・基礎に関する研究)
- 国土交通省(MLIT)(建設・地盤関連の各種指針・通知)
- 一般社団法人 日本建築学会(建築基礎構造に関する技術基準・設計指針)
- 一般財団法人 日本規格協会(JIS規格一覧)(土質・試験に関するJIS規格)


