圧力損失の完全ガイド:配管・排水・HVAC設計で押さえる計算と低減策
はじめに:圧力損失とは何か
配管やダクトを流れる流体は、摩擦や方向変化、設備との接触などによりエネルギーを失います。このエネルギー損失を圧力損失(または水頭損失)と呼び、建築・土木の給排水、上下水道、空調、消火設備などの設計で極めて重要な要素です。圧力損失を過小評価すると圧力不足やポンプ過負荷、過剰な運転コストにつながります。逆に過大評価は余分な設備投資や運転効率の低下を招きます。
圧力損失の分類
圧力損失は大きく分けて次の2種類に分類されます。
- 摩擦損失(線形損失): 管長に比例して発生する損失。主に配管内面の粗さと流速による。
- 局所損失(局部損失): 継手、曲がり、バルブ、縮径・拡径、入口・出口など局所的な損失。K係数で表現される。
基本式:Darcy–Weisbach式とHazen–Williams式
圧力損失計算の代表的な式は次の通りです。
- Darcy–Weisbach式(一般流体、精度重視): h_f = f (L/D) (V^2/(2g))。ここで h_f は水頭損失(m)、f は摩擦係数、L は管長、D は管内径、V は平均流速、g は重力加速度。
- Hazen–Williams式(実務で水に限定し簡便): 実務的に水道管路で使われる経験式。Q、径、C係数(粗度係数)から求めるが、水温・粘度依存性を明示しない点に注意。
原則として流体の種類や精度要件に応じて式を選択します。冷温水や高精度設計ではDarcy–Weisbachを推奨します。
摩擦係数 f とレイノルズ数 Re、粗さ ε
摩擦係数 f は流れの状態に依存します。
- 層流(Re < 2000 程度): f = 64 / Re。
- 遷移領域(約2000–4000): 非線形で注意が必要。
- 乱流(Re > 4000): 粗さ ε と相対粗さ ε/D により支配される。Colebrook-White式は暗黙式で f を決める代表式: 1/sqrt(f) = -2 log10( (ε/(3.7D)) + (2.51/(Re sqrt(f))) )。
計算実務ではColebrook方程式を反復で解くか、Swamee–Jainのような明示式を用いることが一般的です。Swamee–Jain式(近似): f = 0.25 / [log10( (ε/(3.7D)) + (5.74 / Re^0.9) )]^2。
局所損失の扱い(K係数)
局所損失は次の式で表されます: h_L = K (V^2/(2g))。Kは継手や弁の種類・開度・形状・流速分布に依存します。一般的な参考値はハンドブックやメーカー表に依存します。
- 直角エルボ(90°): 種類により幅があり、R/D、平面か曲線かで0.2〜2.0程度。
- バルブ: フルオープンのゲートバルブは比較的小さく(K≈0.05〜0.2)、ボールバルブやグローブバルブは大きくなる。
- 縮径・拡径、ティー分岐、入口・出口: 場合によってはKが1以上になることもある。
精密な設計ではメーカーの試験データやIdelchik、Craneなどの資料に基づくK値を使用します。
単位と換算、圧力と水頭の関係
圧力損失は水頭(m)で扱うのが便利です。圧力(Pa)との換算は p = ρ g h を用います。例: 1 mH2O ≒ 9.81 kPa(ρ=1000 kg/m3の場合)。配管設計では流量Q(m3/s)、流速V(m/s)、内径D(m)を統一して計算します。
実務での計算手順(概要と注意点)
- 1) 設計流量Qを定める。複数器具の同時使用率やピーク流量を考慮。
- 2) 初期管径を選定し、流速V=Q/Aを算出。流速の目安は用途により決定(給水/給湯/排水/HVACで異なる)。
- 3) レイノルズ数Reを計算し、層流か乱流かを判定。
- 4) 摩擦係数fを求める(層流は64/Re、乱流はColebrook等)。
- 5) Darcy–Weisbachで摩擦損失を算出。各継手のK値から局所損失を算出し合算。
- 6) 管路全体の圧力損失を集計し、必要な供給圧力やポンプ能力を決定。
反復設計が必要になることが多く、流速・管径のトレードオフ(初期投資とランニングコストのバランス)を評価することが重要です。
設計上の指針と実務的な目安
- 給水配管: 流速は通常0.5〜2.0 m/sの範囲が多い(上流での急激な圧力損失や騒音を避ける)。
- 排水: 流速はセルフクリーニング条件を満たす必要があり、一般に0.6〜1.5 m/sを目安にする。
- HVACダクト: 空気流は体積流量と速度に基づき、摩擦損失はダクト抵抗(Pa/m)で扱う。
- 消防用水: 圧力・流量確保が最優先。配管のロスも厳格に計算し余裕を持たせる。
省エネと運転コストの観点
圧力損失は長期の運転エネルギー消費に直結します。配管径を太くすると初期コストは上がるが圧力損失は下がり、ポンプの電力消費は減少します。ライフサイクルコスト(LCC)で最適化することが重要です。設計時に電力単価、運転時間、メンテナンスコストを考慮して配管径やポンプ特性を選定します。
測定と現場での検証
設計通りに動作しているかは現場測定で検証します。圧力計・流量計を配置して圧力降下を測定し、予想との乖離を確認します。乖離原因としては施工不良、内部の沈殿や閉塞、予期せぬ曲がりや短管の追加、弁の部分閉止などが考えられます。定期点検と清掃は重要です。
設計支援ツール・規格・参考資料
設計には以下のようなツールや資料が役立ちます。
- Moodyチャートや摩擦係数表、Colebrookソルバー(Excelマクロや専用関数)
- Crane Technical Paper No. 410、Idelchikのハンドブック、ASHRAE Fundamentals(HVAC)
- 配管設計ソフト(PipeFlow、EPANET、水道局向け解析ツールなど)
- メーカー提供の継手・バルブの損失係数表
まとめ:実務で押さえるべきポイント
- 流量と用途に応じた適切な式(Darcy–Weisbach vs Hazen–Williams)を選ぶ。
- 摩擦係数と局所係数は文献・メーカー値で確認し、必要なら試験で確かめる。
- ライフサイクルコストで配管径とポンプ容量を最適化する。
- 現場測定で設計との整合を確認し、メンテナンスで性能劣化を防ぐ。
参考文献
- Darcy–Weisbach equation - Wikipedia
- Hazen–Williams equation - Wikipedia
- Colebrook equation - Wikipedia
- Swamee–Jain formula 解説(参考)
- Crane Technical Paper No. 410 - Flow of Fluids (参考資料)
- ASHRAE - Fundamentals
- Idelchik: Handbook of Hydraulic Resistance(参考文献)
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