SMAW(被覆アーク溶接)とは何か──建築・土木で知っておくべき原理、電極、施工法と品質管理

はじめに:SMAWの位置づけ

SMAW(Shielded Metal Arc Welding、被覆アーク溶接)、日本語では被覆棒溶接・手棒溶接と呼ばれるこの溶接法は、建築・土木分野で長く使われてきた汎用性の高い溶接プロセスです。施工現場での持ち運び性、初期設備費の低さ、幅広い材料・姿勢での溶接適用性から、足場工事、鋼構造、橋梁補修、軽微な溶接補修作業などに重宝されています。本稿ではSMAWの原理、電極の種類、溶接条件、品質管理・欠陥対処、安全衛生、現場での実務的なコツまで詳述します。

SMAWの原理と特徴

SMAWは覆われた消耗電極(被覆棒)を用いるアーク溶接法です。金属心材(ワイヤや棒)が電極として消耗し、電極と母材間に形成された電気アークによって心材と母材が溶融して溶接金属(ビード)を形成します。電極の被覆は以下の役割を果たします:

  • 溶融金属を保護するスラグやガスを供給して大気からの酸化を防ぐ
  • 溶接金属の化学成分を調整して機械的特性を与える
  • アークの安定化、飛散低減を助ける
  • 溶接姿勢を向上させるための粘性(フィレットやルート充填)を生む

特徴として、屋外での使用に強く、風や低温の環境下でも比較的安定して溶接できる点が挙げられます。一方で、TIGやMIGに比べ溶接速度は遅く、スパッタやスラグの除去作業が必要になります。

被覆電極の分類と選び方(代表例)

被覆電極は被覆組成・溶接金属の機械特性・溶接姿勢適性などにより分類されます。代表的な炭素鋼用電極の表記としては、米国AWSの規格(例:E6010、E6011、E7018など)が広く用いられます。主要な分類の解説:

  • E6010/E6011:セルロース棒系でアーク貫通力が強く、塗布成分により溶接プールが浸透しやすいため、錆や塗装下でも使用されることがある。ルート通過性に優れる。主に鉛直、オーバーヘッドに強い。
  • E6013:酸化系でアークがソフト、きれいなビードが得やすく初心者向け。薄物や一般的な溶接作業に適する。
  • E7018:低水素系で靭性・強度に優れ、橋梁・構造物など高品質が求められる箇所で多用される。前処理(乾燥)が重要。

日本国内ではJIS規格やメーカーの製品呼称も使われますが、用途に応じてAWS規格やISO(例:ISO 2560)との対応表を確認して選択します。用途(構造鋼、圧力容器、補修など)、溶接姿勢、ベース金属の化学成分、必要な機械的特性(靭性、引張強さ)を総合して電極を選びます。

電流種と極性

SMAWは交流(AC)または直流(DC)で溶接でき、直流でも極性(DCEP:直流逆極性、DCEN:直流同極性)を選択します。一般的な傾向:

  • DCEP(直流逆極性):アークが安定し、入熱量が増え、より深い貫通が得られる。多くの電極で推奨。
  • DCEN(直流同極性):入熱がやや小さく、外観が良くなることがあるが貫通は浅い。
  • AC:現場用発電機や古い送電系で用いる。特定の電極・用途で適する。

電流選定は電極径に依存し、電極メーカーの許容電流範囲を参照します。電流が低すぎるとアークが不安定で欠陥が出やすく、高すぎると過度のスパッタ、溶込み過大、電極の焼け焦げを招きます。

作業パラメータと溶接姿勢

主なパラメータは電流(アンペア)、アーク長(電極先端と母材との距離)、移動速度、入熱管理です。標準的なガイドライン:

  • アーク長は電極径の1〜3倍程度が目安。長すぎるとアーク不安定・スパッタ増。
  • 移動速度は溶け込みとビード幅のバランスを取る。遅すぎると過溶込み・スラグの巻き込み、早すぎると溶け不足・ピンホール。
  • 溶接姿勢(1G平、2G立、3G横、4G天井など)に応じて電極被覆の種類や操作法を変える。

特に立ち・天井姿勢では重力に逆らう操作が必要なため、被覆成分の粘性が高い電極(粘り強いスラグを生成するもの)を選定します。

ジョイント設計と前処理

接合の種類(突合せ、すみ肉、重ね)、ルートギャップ、面取り角度は品質に直結します。厚板突合せでは適切なV形状やルート間隔を確保し、溶接前に母材の錆・油・塗膜・水分を除去することが重要です。特に低水素電極(例:E7018)の場合、電極の吸湿防止や母材の水分除去を徹底しないと割れ(遅発割れ)のリスクが高まります。

欠陥と原因・対処法

SMAWで頻出する欠陥とその主要因:

  • ピット/ピンホール:ガス発生による。主に湿気、汚れや塗装残留。前処理・乾燥で対処。
  • 溶け不足(アンダーカット/不連続):電流不足、移動速度過大、アーク長不適。電流・操作の見直し。
  • スラグ巻き込み:スラグ除去不良や不適切な溶接操作。ビードごとにスラグをきれいに落とす。
  • 割れ(当該部や熱影響部):水素脆化、入熱管理不足、急冷。低水素電極の使用、予熱・後熱管理。

欠陥の検査は目視・磁粉探傷(MT)・浸透探傷(PT)・超音波探傷(UT)などを適宜組み合わせます。構造物では適切な非破壊検査(NDT)計画が求められます。

安全衛生上の注意

溶接ヒューム(特に亜鉛めっき鋼での亜鉛酸化物)、有害ガス、紫外線、熱、火花、スパッタに対する対策が必要です。実務上のポイント:

  • 局所排気(LEV)や全体換気を確保すること。屋内や狭所では特に重要。
  • 適切な保護具(溶接面、皮手袋、難燃性作業着、防塵マスク/呼吸保護具)を使用する。
  • 高所作業・足場上では転落防止や火災対策(消火器、水バケツ)を準備。
  • 低水素電極は使用前に指示温度での乾燥保管を行う(弁当箱保管や電気オーブンを使用)。

設備の保守と現場運用のコツ

溶接機(トランス/整流器)の定期点検、ケーブル・ホルダの接触抵抗管理、電極保管(湿気対策)を徹底します。現場での実務的なコツ:

  • 各電極の推奨電流帯を守る。太い電極は高電流で用いる。
  • 短めのアーク長を保ち、安定した手の動きを心がける。
  • ビード毎にスラグを完全に除去して次層溶接を行う(特に多層溶接)。
  • 予熱と後熱管理で材料の熱ひずみや割れを抑制する。

SMAWと他の溶接法の比較

MIG/MAG(被覆のないワイヤフィード)やTIG(ガスシールドTungsten)と比較すると:

  • 利点:シンプルで持ち運びやすく、風の影響が少ない。初期設備コストが安い。
  • 欠点:溶接速度が遅く、スラグ処理が必要。見た目の仕上がりや高生産性ではワイヤ溶接が有利。

したがって現場補修、屋外作業、低コスト設備での作業にはSMAWが今なお適しています。一方で大量生産ラインや見た目重視の外観部位には他法が選ばれることが多いです。

建築・土木での代表的な適用例

橋梁補修、鉄骨接合、重機の補修、配管補修、現場での一時的な仮接合作業、狭小スペースでの補修などでよく使われます。特に橋梁や鋼構造物では低温靭性・割れ対策を重視した電極選定・予熱管理が必須です。

まとめ:品質確保の要点

SMAWを現場で安定的に使うための要点は次の通りです:

  • 用途に応じた電極選定(AWS/JIS/ISO等の規格参照)
  • 適切な電流・アーク長・移動速度の管理
  • 前処理(脱脂・除錆)とスラグ除去の徹底
  • 低水素電極や高靭性部位では予熱・後熱管理を実施
  • 安全対策(換気・保護具)を常に優先

参考文献