カノン形式を徹底解説:歴史・理論・作曲と名曲分析で学ぶ完全ガイド
カノンとは何か — 定義と語源
カノン(canon)は、西洋音楽における対位法的技法の一つで、ある声部(導入部:dux)が提示した旋律(主題)を、一定の時間差と一定の関係(同度・転回・逆行・増大・縮小など)をもって他の声部(従属部:comes)が模倣する形式を指します。語源はギリシア語のκανών(kanón、「規則」「法」)に由来し、文字どおり“規則に従って模倣する”ことを意味します。カノンは非常に厳格な模倣を特徴とし、模倣の度合いや変形の有無によって多様な種類があります。
歴史的背景と発展
カノンの起源は中世後期まで遡り、ルネサンス期にはポリフォニー技法の中核として発展しました。対位法に関する理論書の伝統(たとえばヨハン・ヨアヒム・クヴァンツやペトルス・ヴェツキなどの中世・ルネサンスの理論家)がカノンの原理を記述しており、バロック期には特に高度な技巧として花開きました。ヨハン・セバスティアン・バッハは『音楽の捧げもの』や『天啓のカノン』などでパズルカノンやメンシュレーション(計量)カノンを用い、その中には逆行(retrograde)や転回(inversion)を組み合わせたものもあります。
主要なカノンの種類
- 単純カノン(simple canon):同一旋律を一定の時間差でそのまま模倣する最も基本的な形。
- 転回カノン(canon by inversion):主題の上行・下行を逆にした旋律で模倣する(鏡像カノン)。
- 逆行カノン(retrograde or crab canon):主題を逆順(時間を逆に)にして模倣する。バッハの『カノン輪舞(蟹のカノン)』が有名。
- 増大・縮小カノン(augmentation/diminution canon):模倣声部の音価を長く(増大)または短く(縮小)することで時間的伸縮を与える。
- メンシュレーション(計量)カノン(mensuration canon):異なる拍子や異なる拍価で同一主題を同時に演奏するもの。時代的にはルネサンス後期〜バロックに現れる高度な技巧。
- パズルカノン(riddle canon):楽譜に直接な説明がなく、解読(ルールを解く)を必要とするタイプ。しばしば作曲者の謎解きが組み込まれる。
カノンとフーガの違い
カノンとフーガはどちらも模倣を基礎としますが、性質が異なります。カノンは基本的にひとつの旋律を厳密に模倣することに重きがあり、模倣のルール(間隔や時間差)が厳格に定められています。一方、フーガは主題(テーマ)にもとづく自由な対位法展開や転調、応答・エピソードなどを含み、必ずしも正確な逐次模倣を必要としません。フーガは構造的により自由かつ大規模に発展することが多い点が特徴です。
代表的な作品と実例分析
最も広く知られるカノンの一例がヨハン・パッヘルベルの『カノン(カノンとジーグ) ニ長調』です。これは「三声のカノン(同音模倣)」で、低音に繰り返されるグラウンドベース(バス・オスティナート)を伴います。基本的な和声進行は8小節を1単位とし、ニ長調における進行は次のように記述されます:D — A — Bm — F#m — G — D — G — A(ローマ数字で表すと I — V — vi — iii — IV — I — IV — V)。
パッヘルベルのカノンでは、上声の3声が導入の旋律を一定の間隔(時間差)でユニゾンまたは同度で模倣し、低音は8小節のパターンを繰り返すことで和声的な基盤を提供します。和声進行そのものの安定性があるため、模倣による一時的不協和(掛留音や経過音)が和声内で自然に解決される設計になっています。
またバッハの『Musikalisches Opfer(音楽の捧げもの)』に収録された複数のカノンは、謎めいた表記や異なる計量での同時演奏(メンシュレーション・カノン)を含み、16世紀〜18世紀の対位法的実験の到達点といえます。
理論的なポイント:調性と対位法
カノンを作る際に留意すべき理論的要素は以下です。
- 模倣の間隔:模倣が何度の音程で行われるか(同度、八度、五度、第三度など)。間隔によって和声の色彩や転位時の不協和が変わる。
- 時間差(エントリーの遅れ):何小節遅れで次声が入るか。短ければ短いほどクロス・ポリフォニーが濃密になる(ストレッタ的効果)。
- 和声進行との整合性:固定ベース(オスティナート)や和声進行がある場合、模倣が和声を崩さないよう配慮する必要がある。特に転調やシンクレティックな和声では計画が重要。
- 対位法ルールの遵守:声部間の並行五度・八度の回避、音程の処理(隣接音・跳躍音の処理)、解決されるべき不協和の種類(非和声音、ススピコンなど)を考慮する。
作曲アプローチ:実際にカノンを書く手順
以下は入門的なカノン作曲の流れです。
- 主題を定める:リズムと動機を明快にし、模倣に耐える構成にする(明確な輪郭、対位上で解決しやすい音程関係)。
- 模倣の規則を決める:時間差(何小節遅れ)、模倣間隔(同度・八度・五度・第三度など)、変形(転回・逆行・増大・縮小)を決定する。
- 低音と和声設計:グラウンドや和声進行を先に決める場合は、それに合う主題を作る。あるいは主題から和声を導出する方法もある。
- 対位法的チェック:二声・三声間の進行を検証し、並行五度・特徴的な不協和を除去、解決の設計を行う。
- 変奏や展開:メンシュレーション、転調による彩り、ストレッタによる密度上昇などを計画的に導入する。
近現代におけるカノン的手法の応用
19世紀以降も作曲家はカノンを用いて作曲技法を拡張しました。バッハ以降の作曲家たちは教育的練習(対位法の訓練)としてカノンを重視してきましたが、近現代ではパズル的要素や和声の拡張、十二音技法やシリアル技法との融合も見られます。またミニマリズム(スティーヴ・ライヒ等)におけるフェーズ・シフティング技法は厳密なカノンとは区別されますが、時間差の重ね合わせという点でカノン的な発想を共有しています。ポピュラー音楽でもカノン的な重ね(ボーカルハーモニーの模倣やリフの遅延模倣)は広く用いられています。
分析の実践例:よくあるチェックポイント
- 主題が入る各声部の開始位置と間隔(小節数)の明示
- 各声部が和声的にどのように解決しているか(不協和の処理)
- 転回・逆行・増大など変形の適用箇所とその音楽的効果
- 進行中の転調やモード変化の扱い
- 同一主題の経時的な変化(装飾、リズム変化、音価調整など)
作例的な練習課題
- 4小節の短い主題を作り、ユニゾン・カノン(2声)を4小節遅れで作成する。
- 同じ主題を転回し、元の主題と同時に奏することで転調を回避しつつ対位法的に調整する。
- 8小節のグラウンドベースを作り、その上で三声のカノンを書く(バッハやパッヘルベルの手法を模倣)。
まとめ — カノンが与える音楽的価値
カノンは厳格な対位法の技法であると同時に、知的な遊びや作曲課題としても魅力的です。和声的な安定を背景に、時間と空間を用いた鏡像や反転、時間伸縮といった多様な変形を駆使することで、単純な模倣が豊かな音楽的効果を生み出します。また教育的な側面でも対位法の規則を学ぶ上で不可欠な形式であり、歴史的にもバッハやパッヘルベルといった作曲家たちによって様々なかたちで応用され続けてきました。
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参考文献
- Britannica — Canon (music)
- IMSLP — Pachelbel: Canon in D
- Bach Cantatas Website — Canons and Bach
- Johann Joseph Fux, 'Gradus ad Parnassum'(対位法の古典) — Archive.org
- Wikipedia — Canon (music)(概説、参考用)
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