マスターファイルとは何か──音楽制作・権利・配信まで徹底解説

2025年12月28日 最終更新日時 : 2025年12月28日 エバープレイ編集部

マスターファイル（マスター）の定義と重要性

マスターファイル（以下「マスター」）とは、楽曲の最終的な音源＝オリジナルの録音データを指します。音楽制作における「原盤」と同義で、ここからCD・配信・ストリーミング向けの複製が作られます。マスターは音質や編集情報、メタデータ（トラック名・ISRC・クレジット等）を含むため、楽曲の公開・商用利用において中心的な資産です。

歴史的背景（アナログからデジタルへ）

かつてはアナログ磁気テープがマスターの役割を担っていました。テープのヘッド位置・テープ速度・ミキシングの工程が最終音に直結していたため、物理的な保存と取り扱いが重要でした。デジタル化の進展により、マスターはWAV/AIFFなどのファイル形式で保存されるようになり、品質保持や複製の精度が向上しました。現在では24bit/96kHzやそれ以上のサンプリングレートでのアーカイブが業界標準として推奨されます。

マスターの技術的要素

  • ファイル形式：配信やマスタリング作業ではリニアPCMのWAV/AIFFが標準。アーカイブ用にFLAC（非可逆でない圧縮）やDSDを使う場合もある。
  • ビット深度とサンプリングレート：一般的な配信用は24bit/44.1–48kHz、アーカイブやハイレゾは24bit/96kHz以上が推奨される。
  • ステムとバウンス：楽曲全体のステレオマスターに加え、ボーカル・ドラム・ベースなどのステム（別々のサブミックス）を納品するケースが増えている。将来のリミックスやハイレゾ配信で有利。
  • DDPとCDマスター：CDプレス用にはDDP（Disc Description Protocol）が使われる。PQコードやトラック間のギャップ等の情報を含められる。
  • メタデータとISRC：ISRC（International Standard Recording Code）は個々の録音を識別するコードで、配信や売上の追跡に重要。

権利関係：マスター権と著作権の違い

音楽に関する権利は大きく分けて「主題（作詞・作曲）の著作権（パブリッシング）」と「録音物の権利（マスター権）」があります。作曲家・作詞家は譜面や歌詞に関して権利を持ち、演奏・録音を行ったレーベルやアーティストがマスターに関する権利を持つことが一般的です。マスター権の所有者は、その録音を複製・販売・ライセンス（例：映像作品への使用＝シンクライセンスでのマスター使用許諾）する権利を有します。

収益の流れとライセンス

配信・ストリーミングの収益は複雑で、配信事業者→配信会社またはレーベル→アーティスト／権利者という流れになります。シンク（映像への使用）ではマスター所有者に対して別途使用料が発生し、作詞作曲家にもパブリッシング料が支払われます。マスターの所有がロイヤリティや作品使用のコントロールに直結するため、契約条項（マスター権の帰属・譲渡条件・契約期間など）を慎重に確認することが重要です。

マスターに関する契約上の留意点

  • 所有権（Who owns the masters）：レーベル契約では多くの場合レーベルがマスターを所有するが、近年はインディペンデント契約やアーティストが自己所有する形も増えている。
  • 再録音条項（Re-recording restriction）：契約期間中および期間後にアーティストが再録音を行えない期間を定めることがある。再録音はオリジナル・マスターを回避して新たなマスターを自作し収益を得る手段。
  • 譲渡と売却：マスターは資産として売買可能。過去の大口取引や問題が話題となることがある（例：著名アーティストと初期マスターをめぐる案件）。

マスター制作〜配信までの実務フロー

一般的なワークフローは次のとおりです。録音→ミックス→マスタリング（最終音質調整）→マスター作成（ステムや最終WAV）→メタデータ付与・ISRC登録→配信・CD製造向け納品（WAV/DDP等）。配信プラットフォームごとのフォーマットやラウドネス要件に合わせた納品が求められます。

ラウドネス正規化とマスター作成の影響

主要ストリーミングサービスはラウドネス正規化を行い、リスナーの再生音量を均一化します。これは曲のピークだけでなく平均ラウドネス（LUFS）に基づくため、過度なリミッティングで音圧を上げたマスターは結果的にダイナミクスを失う可能性があります。参考値としてSpotifyは-14 LUFS付近、Apple MusicはSound Checkを用いるため-16 LUFS前後が目安とされますが、サービス側の仕様は随時更新されるため最新情報を確認してください。

リマスター／リミックスとマスターの保存

古い録音を現代に合わせて音質向上するリマスタリングや、ステムから新たにミックスを作るリミックスは、元のマスターが適切に保存されているかで結果が大きく変わります。劣化したアナログテープのデジタル化や、ノイズリダクション、EQ調整などの復元作業は専門的な技術を要します。原盤（オリジナル・セッションファイルやテープ）の保存は将来的な収益化のためにも不可欠です。

サンプル使用とクリアランス

他者の録音をサンプリングする場合、マスター所有者と作曲権者双方から許諾を得る必要があります。マスター所有者が許諾を拒否すれば、その録音を正規に使うことはできません。サンプル使用は法的リスクと費用が伴うため、使用前の確認が必須です。

アーティストがマスターを守るためにできること

  • 契約前にマスターの帰属・再録音制限・権利譲渡条件を弁護士と含めて確認する。
  • マスターは高解像度（例：24bit/96kHz）でバックアップを複数の場所に保存する。
  • ISRCを適切に登録し、メタデータ（作成者・著作権表記・クレジット）を正確に管理する。
  • ステムやセッションファイルを保管し、将来の用途（リミックス・リマスター）に備える。

実例：マスター所有をめぐる話題

近年、マスターの所有と移転が大きな話題になることがありました。例えば、2019年にあるレーベル資産の売却により特定アーティストの初期作のマスター所有者が変わり、その結果アーティスト側が再録音を行って新しいマスターを作成し権利回復を図るという動きが注目されました。こうした事例はマスター所有の経済的・戦略的価値を明確に示しています。

まとめ：マスターは音楽ビジネスの中核資産

マスターファイルは単なる音源データ以上の意味を持ち、音質・法的権利・収益・将来の利用可能性を左右します。制作側は技術的最良策（高解像度保存・ステム管理）と契約的最良策（所有権の明確化・再録音条項の確認）を併せて実行することが重要です。

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