音楽制作での「カット」完全解説──編集・ミキシング・カッティング・DJまでの実務と理論
カットとは何か:概念と多義性
音楽における「カット(cut)」は、文脈によって複数の意味を持つ用語です。最も一般的には音声データや楽曲の一部を切り取る編集行為を指しますが、ミキシングやマスタリングの処理(周波数を落とす=カット)、レコード製造におけるカッティング(盤へ音を刻む工程)、DJやヒップホップのターンテーブル技術としてのカット、さらには譜表上の拍子記号の「カットタイム(alla breve)」の略称的な用法など、多岐にわたります。本稿ではそれら主要な意味を整理し、実務的なテクニックと注意点、関連工程について深掘りします。
1. 制作現場でのカット(オーディオ編集)の基本
DAW(Digital Audio Workstation)上でのカットは、録音素材やオーディオリージョンを任意の位置で分割・削除・移動する操作を指します。非破壊編集(リージョン単位で扱い、元ファイルは温存)と破壊編集(実ファイルを書き換える)という概念があり、現代の制作ワークフローでは非破壊が主流です。
- 基本操作:分割(split)、削除(delete)、トリム(trim)、リップル(自動詰め)
- フェード/クロスフェード:カット時に生じるクリックやポップを防ぐために使用
- グリッド/テンポスナップ:ビートに合わせた切断でタイミングが揃う
- トランジェント検出:打楽器などの明確な開始点を基に自動でスライス
正確なサンプル単位の編集やフェードの使い分けで音質劣化や位相ずれを避けることが重要です。短いクロスフェードはリズムの切れ味を保ち、長めのフェードは音の自然なつながりを優先します。
2. ミキシング/マスタリングにおける「カット」:イコライジングとダイナミクス
ここでの「カット」は、特定周波数帯を削る操作(cut)を指すことが多く、サブトラクティブ(削る)イコライジングの一部として使われます。代表的な例はローエンドの不要な情報を落とすハイパス(ローカット)や、マスキングを起こす周波数を狭いQで狙って削ることです。
- ローカット(ハイパス)で低域を整理し、ボーカルやギターのクリアさを確保
- 中域の不要なピークを削ることでミックスの透明感を向上
- サイドチェインやゲートなどで不要な間欠的音を「カット」する(例:ベースのコンプにドラムをトリガー)
ミキシングでは“どこをどれだけ削るか”が音の色を大きく左右します。過度なカットは存在感を奪う一方で、適切なカットは音像の輪郭を整え、各要素の共存を可能にします。
3. レコードのカッティング(カッティング・ラッカー)
アナログ盤制作におけるカッティングは、マスターラッカー(または金属マスター)に音溝を物理的に刻む工程を指します。カッティング・ラッター(cutting lathe)と呼ばれる専用機が用いられ、溝の振幅(音量)と形状(周波数・ステレオ幅)を機械的に刻みます。ここでは以下の点を理解しておく必要があります。
- RIAAイコライゼーション:低域のレベルを抑え、高域を持ち上げて刻む。再生時に逆補正される
- ランニング・タイムと振幅のトレードオフ:収録時間を長くすると、溝振幅を下げざるを得ず音圧が低くなる
- 内側の歪み(inner-groove distortion):盤の内周は針速が遅く、特に高域の再現で問題が出やすい
- ステレオ幅の管理:低域はモノにまとめる(L+R)ことでトラッキングを安定させるのが常套
レコードカッティングは物理的制約が色濃く出る工程で、マスタリングとは別に専用の知見が必要です。
4. ラジオ/配信用の「カット」:ラジオエディットとシングルカット
ラジオエディット(Radio edit)やシングルカットとは、放送時間、規制、商用目的に合わせて楽曲の構成を短縮・改変することを指します。セクションの削除(長い間奏、ブリッジ、アウトロ)、不適切表現のモザイクや差し替え、イントロの短縮などが一般的です。
- 意図:放送フォーマットに合わせる、流通での受け入れやすさを高める
- 注意点:曲の流れやエモーションを損なわないよう、重要なモチーフは残す
5. DJ/ターンテーブルでの「カット」技術
DJやヒップホップの文脈での「カット」は、曲の特定部分を瞬間的に繰り返したり差し替えたりする技術を指します。これには“cut”と呼ばれるスクラッチの一種や、2台のターンテーブルを使ってビートを継続させる操作(ブレンドやバックコーントロール)などが含まれます。ターンテーブリズム(turntablism)では、手首のスナップやトーンアームの操作で精緻に音を断ち切ります。
- 手法例:チョップ(chop)、バックspin、forward/reverse punch-in
- 応用:曲の構造をライブで再編集し、独自のパフォーマンスを作る
6. カットの実務テクニックと注意点
具体的な編集時の実務アドバイスを列挙します。
- クリックを防ぐ:波形のゼロクロスに合わせる、短いフェードを入れる
- クロスフェード幅の使い分け:パーカッシブ素材は短め、持続音は長め
- タイムストレッチの品質:素材に応じて高品質アルゴリズムを選択(トランジェント維持が重要)
- 位相管理:ドラムオーバーレイやステレオ化で位相破綻が起きないかチェック
- レベルとメーターリング:編集後の平均音量(LUFS)とピークを確認する
- バージョン管理:元ファイルは必ずバックアップ、編集履歴(DAWのundo履歴やバージョン名)を残す
7. 良いカットは芸術でもある:音楽的判断
カットは単なる切断作業ではなく、楽曲の流れ、ダイナミクス、感情表現に直結します。あるフレーズを残すか切るかは、その楽曲が伝えたいクレッシェンドや解決の方向性を決めます。例えばイントロを短くすることで即時性を高める一方、余韻を残すためにアウトロを残す判断もあります。編集者やプロデューサーは技術だけでなく「いつ切るか」を音楽的に判断する力が求められます。
8. よくある誤解とFAQ
- Q: 「カットを多用すると音が不自然になる?」 A: 適切にフェードやクロスフェードを用いれば自然に繋がるが、切りすぎは楽曲の文脈を損ねる
- Q: 「レコードはCDより音が良い」という話は? A: レコードは物理的な特性と再生系に依存するため一概には言えない(ラッカーのカッティングやプレス工程、針・トーンアームの品質が重要)
- Q: 「全ての素材をノイズレスにカットできるか?」 A: ノイズや環境音は編集でかなり改善できるが、原音の品質が最も重要。録音段階での適切なマイクワークやゲイン設定を怠らない
まとめ:カットは技術と感性の両輪
「カット」は単なる操作名ではなく、音楽制作の複数のフェーズに深く関わる概念です。DAWでの編集技術、ミキシングの周波数カット、物理的なレコードカッティング、DJの現場技まで含めると、求められる知識は多岐にわたります。重要なのは技術的な正確さと音楽的判断のバランスです。適切なカットは楽曲の伝達力を高め、不適切なカットはメッセージを損なう。目的と媒体を理解した上で最適な手法を選びましょう。
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参考文献
- Audio editing - Wikipedia
- Digital audio workstation - Wikipedia
- Crossfade - Wikipedia
- Equalization (audio) - Wikipedia
- Audio mastering - Wikipedia
- Cutting lathe - Wikipedia
- Turntablism - Wikipedia
- Alla breve (cut time) - Wikipedia
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