アトモスフェリック・ドラムンベース入門:音像・制作技法と主要アーティスト
アトモスフェリック・ドラムンベースとは
アトモスフェリック・ドラムンベース(以下「アトモスフェリックD&B」)は、ドラムンベースの中でもアンビエント的・空間的なサウンドデザインを重視する流派です。高速で刻むブレイクビーツとサブベースのリズムを基盤にしながら、広がりのあるパッド、長めのリバーブ、ディレイ、フィールドレコーディングやジャジーなコード進行を組み合わせ、聴覚的に“広がる”“浮遊する”感覚を作り出します。クラブのダンスフロア向けの直線的なドラムンベースとは一線を画し、リスニング向け・深夜的な空間演出に適した作品が多いのが特徴です。
起源と歴史
アトモスフェリックD&Bは1990年代初頭から中盤にかけて、イギリスのブレイクコア/ジャングルから派生する形で形成されました。1990年代初期のドラムンベースは速いテンポとアグレッシブなブレイクで知られていましたが、その流れの中でよりメロウで知的な方向を志向するプロデューサーたちが現れます。LTJ Bukemやその周辺レーベル(Good Looking Records)を中心に、アンビエントやジャズの影響を取り込んだ作品が発表され、これが“インテリジェント(あるいはアトモスフェリック)”なサウンドの基礎となりました。
1990年代後半から2000年代にかけて、PhotekやSeba、Peshay、そしてCalibreらが各々の解釈でより洗練された音像を提示し、ジャンルの幅を広げていきました。2000年代以降はテクノロジーの発展によりサウンドデザインの手法が多様化し、現代では「リキッド」「インテリジェント」「アトモスフェリック」といったラベルが重なり合いながら、サブジャンルとして定着しています。
音響的特徴
- 空間系エフェクトの多用:長めのリバーブやディレイを用いて奥行きを演出する。
- パッドとテクスチャー:シネマティックなパッドやアンビエントノイズ、フィールドレコーディングが背景を形成する。
- リズムの繊細さ:ドラムは速いが、アレンジは余白を残し、スネアやハイハットの配置で空間を作る。
- ベースの表現:サブベースは温かく丸みを帯びることが多く、過度に前へ出ないバランス重視のミックスがされる。
- 和音進行とジャズ的要素:7thコードやテンションノートなどを取り入れ、メロディーとハーモニーで感情的な深みを出す。
制作テクニック(プロダクション)
アトモスフェリックD&Bの制作では、音色選びと空間処理が重要です。以下はよく用いられるテクニックです。
- レイヤリング:同じパッドをEQで役割分けし、高域と低域で異なるリバーブ量を与えることで奥行きを作る。
- ダイナミクス処理:サイドチェインやマルチバンドコンプレッションでベースとキックの干渉を制御し、低域をクリアに保つ。
- リズムの人間味:ブレイクビーツを切り貼り(編集)しつつ微妙なクオンタイズオフやベロシティ変化を与え、人間らしい揺らぎを残す。
- モジュレーション:フィルターの自動化、LFOによる微細な揺らぎで動的なテクスチャーを実現。
- 空間音の活用:フィールドレコーディングや環境音を遠くに配置して「聴く空間」を拡張する。
キーアーティストとレーベル
アトモスフェリックD&Bの形成と発展に寄与した主要人物・団体は以下の通りです。
- LTJ Bukem(Good Looking Records):インテリジェントな方向性を象徴する存在で、コンピレーション「Logical Progression」シリーズなどでジャンルの基礎を築きました。
- Photek:ミニマルかつ映画的なプロダクションで知られ、精緻なサウンドデザインがアトモスフェリックな領域と接続します。
- Calibre:リリース数が多く、メロディックでソウルフルな作品群は“リスニング向けD&B”の代表格です。
- Seba、Peshay:よりジャジー、アンビエント寄りの作品を残し、ジャンルの多様性を支えました。
- Good Looking Records、Hospital Records(リキッド系も含む):アトモスフェリック/リキッド方面の重要レーベル。
聴き方・プレイリストの作り方
アトモスフェリックD&Bはクラブのピークタイム向けというより、バーの深夜帯、リスニングルーム、ヘッドフォンでの集中鑑賞に適しています。プレイリストを作る際のポイント:
- テンポの揺らぎを活かす:同じテンポ帯(160–175 BPM)でも雰囲気の異なる曲を並べ、流れで深まりを作る。
- 環境音とアンビエントを挟む:Tensionを解くために短いアンビエント曲を挟むと全体のバランスが良くなる。
- ダイナミクスを重視:静かなイントロ〜クライマックス的な配置ではなく、フラットなダイナミクスで浸る時間を長く取る。
DJプレイとクラブでの扱い
クラブではアトモスフェリックD&Bは導入部や深夜帯の繋ぎに用いられることが多いです。テンポ感は同じでもグルーヴ感やエモーションを違う方向に導くため、他ジャンル(テクノ、アンビエント)と混ぜやすいという利点があります。DJはEQで帯域を整えつつ、リバーブやエコーを節度ある量でコントロールして空間を損なわないようにするのがコツです。
文化的影響と現代の展開
アトモスフェリックD&Bはドラムンベース全体の表現幅を広げ、映画音楽的なアプローチや、エレクトロニカ/アンビエントとのクロスオーバーを促しました。近年ではハイブリッドなプロデューサーが増え、ポストクラシカルやIDM(インテリジェント・ダンス・ミュージック)的な要素を取り込むことで、ジャンルの境界がさらに曖昧になっています。またストリーミング時代においては、プレイリスト文化と相性が良く、リスニング中心のリスナー層を獲得しています。
制作のロードマップ(初心者向け)
アトモスフェリックD&Bを作りたい人向けのステップ:
- 基礎:ドラム(ブレイクの切り貼り)とサブベースの作成を学ぶ。
- サウンドデザイン:シンセパッド、アンビエントテクスチャーのプリセットを編集して独自の音を作る。
- 空間処理:リバーブ、ディレイ、コンボリューションリバーブで深みを出す訓練をする。
- アレンジ:余白を活かした配置(無音の使い方)を試し、曲全体の流れを設計する。
- ミックス:低域の整理、マスキング回避、ステレオイメージの管理を学ぶ。
おすすめの入門アルバム・コンピレーション(作品に触れる際の参考)
詳細な作品名を挙げると解釈の幅が狭まるため、まずはLTJ Bukem周辺のコンピレーションやPhotekの代表作、Calibreのリリースを聴くことをおすすめします。レーベルではGood Looking Records、Hospital Records、そしてリキッド系のコンピレーションがアトモスフェリック/リスニング向けの良質な入口になります。
まとめ
アトモスフェリック・ドラムンベースは、高速リズムと深い空間表現を同居させることで独特の没入感を生み出すジャンルです。歴史的には1990年代のイギリスシーンを起点に発展し、現在ではプロダクション技術の進化とともにさらに多様化しています。制作においては音色選び、空間処理、ブレイクの編集といった基本技術が重要であり、リスナーとしては静かな環境やヘッドフォンでの鑑賞が最もその魅力を引き出します。
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参考文献
- Drum and bass — Wikipedia
- Liquid funk — Wikipedia
- LTJ Bukem — Wikipedia
- Photek — Wikipedia
- Good Looking Records — Wikipedia
- Calibre (musician) — Wikipedia
- The history of drum and bass — Red Bull
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