持続音(サステイン)の音楽的役割と制作テクニック:ドローンから現代作曲まで

持続音とは何か — 定義と分類

持続音(サステイン、ドローン)は、一定時間継続して鳴り続ける音のことを指します。狭義には単一のピッチが長く保たれる音を意味しますが、広義にはスペクトルや音色がゆっくりと変化する持続的な音場も含みます。伝統的な奏法(タンプーラやシェーン、オルガンのパイプ)、現代の電子手法(シンセサイザーのオシレータやグラニュラー合成)、さらにルーパーやエフェクトを用いた人工的な持続まで、多様な形態があります。

音響的・物理的特性

持続音の音響的な核心はスペクトルの安定性と時間的持続です。単純正弦波の持続は倍音成分が少なく純音に近いため音色が明瞭ですが、弦や管楽器、電気楽器の持続音は豊富な倍音を含み、それが時間とともにわずかに変化します。これらの変化はフィルタ特性、演奏の微妙な変化、空間の共鳴、さらには周波数差(ビート)として知覚され、音楽的効果を生みます。

持続音はまた周波数により生じるビート現象やマスキング(他の音を覆い隠す効果)と深く関わります。微小なピッチ差がある場合、ビートが生じて周期的なうねりやざわめきが聞こえ、これはチューニング確認や音響的緊張の源として利用されます(例:純正律と平均律の差がはっきり出る)。

歴史と文化的背景

持続音は多くの伝統音楽に根ざしています。インド古典音楽のタンプーラは旋法(ラーガ)を支える基底ドローンとして機能し、演奏者のピッチと倍音感を安定させます。中近東や中央アジアの多くの弦楽器や日本の雅楽の笙(しょう)の響きにも持続音の理念が見られます。西洋では中世のオルガヌムやバロックのペダルポイント、そして20世紀以降のミニマリズム(ラ・モンテ・ヤング、テリー・ライリー)やアンビエント(ブライアン・イーノ)の作品でドローンが芸術的実験として再評価されました。

楽器・奏法による持続音の生成

  • 弦楽器:ボウイングやレガートで音をつなぎ持続させる。トレモロと組み合わせて疑似的な持続も可能。
  • 管楽器:連続した息で持続。循環呼吸(サーカルブリージング)により切れ目なく演奏する技巧もある(ディジュリドゥ等)。
  • 鍵盤楽器:ピアノは本来減衰するため、ダンパーペダルやソステヌートペダルで音を持続させる。
  • オルガン・リード楽器:持続空気供給によりほぼ無限に持続可能。
  • 電子楽器:オシレータとエンベロープ(ADSR)で自由に持続時間や音色を制御。e-bowやサステナー・ピックアップはギターの弦を持続させる装置として有効。

作曲技法・和声的役割

持続音は和声の基盤(ドローン)として機能し、その上でメロディや和声変化が進むことで音楽の時間的推移が際立ちます。ペダルポイントは低音を固定し上声が和音を変えることで緊張と解決を生む古典的手法です。逆に、静的なドローンに微小な位相やスペクトル変化を加えることで、ミニマリズムやアンビエントの持続的時間意識をつくり出します。

電子音響・制作の技術

現代音楽制作では、以下のような技術で持続音を生成・変奏します。

  • サイン波や複合波のオシレーション、フィルタで倍音を整える。
  • グラニュラー合成やテクスチャー合成で短いサウンド粒子を重ね、持続音のような雲状の響きを作る。
  • ルーパーやステレオディレイ、リバーブ(特にホールやスプリング)を併用して空間を拡張する。
  • サイドチェインやマルチバンドコンプレッサでダイナミクスをコントロールし、持続音の圧を整える。
  • ピッチシフターやシンプルな位相差で倍音構造を操作し、ビートやうねりを演出する。

心理的・生理的効果

持続音は集中や瞑想に使われやすく、長時間の単調な音場は「時間の歪み感」やトランス状態を誘導します。一方で低周波を強調した持続音は不快感や身体的不調を引き起こすこともあり、音量と周波数帯域には注意が必要です。長時間の大音量曝露は聴力損失を招くため、WHOなどのガイドラインに従った安全な音量管理が求められます。

制作・演奏の実践的ヒント

  • チューニング:ドローンは微小なピッチ差で豊かなビートを生むため、純正律や異なる調律を試して特色を出す。
  • 音色設計:フィルタのQやローパス・ハイパスで不要な帯域を整え、リバーブで空間感を付与する。
  • 動的変化:完全な静止よりも緩やかなモジュレーション(フィルタ、位相、エフェクト量)を加えると聴覚的興味が維持される。
  • アンサンブル:複数の持続音を異なるピッチや倍音で重ねるとスペクトルが肥大化し、独特の“響きの場”が創出される。
  • 安全対策:長時間の制作やライブでは適切な音量で休憩をはさみ、耳栓の使用も検討する。

まとめ — 音楽表現としての可能性

持続音は単なる背景音ではなく、時間感覚、和声の土台、音色の深化、心理的効果までを包摂する強力な音楽素材です。伝統楽器から最先端のデジタル合成まで、その生成手段は多岐にわたります。制作者・演奏者は音響物理と人間の聴覚心理を理解した上で、音色・空間・時間のバランスを調整することで、持続音のもつ豊かな表現性を引き出せます。

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参考文献